part:2


「守れ」


 ぶっきらぼうで、指示になっているのかも怪しい言葉に少女はあきれ返った真顔を返す。

 疑問が浮かぶ。

 彼女は武器を持っているのか?さっきはどうやって目前の敵を倒した?

 銃声は聞こえなかった。

 もし素手ならば、目の前に集まる両の手では数えられないほどの敵を倒す方法はあるのか?


「・・・やれやれ。主は使い方が荒いですね」


 黒いセーラー服に包まれる小さく細身の体からは、膂力を感じない。着物のように大きな袖から見えるすらりとした腕、膝丈のスカートから見えた足も含めて、十代半ばもいかない少女のようだ。

 彼女は邪魔になりそうな服の袖を白く細い布で締め上げ、背でとめる。戦うための準備を終え、何かを取り出したのと、敵が動揺から戻ったのはほぼ同時。


「銃!」


 形はポンプ式ショットガン。あの大きなトランクケースに斜めで入れてもギリギリなそれを、少女が持つと大きさが際立つ。

 ミスマッチなはずなのに、どこか画になる。違和感があるはずなのに、しっくりとくる。

 いつもの町がどこか違う世界に見えた。映画やアニメーション、コミックの世界に入ったような、確実な違和感が存在する。


「あたしにあなた方への恨みはありません。傷つけていい根拠も、資格もありません」


 少女は五度、銃弾を銃の下に差し込んで敵の方に向けた。

 まさかこのまま、この街中で、これだけの人だかりの中で、あれを撃つのか。

 野次馬達も、ようやくこの事態を飲み込んで逃げ始めた。それが客の男と、トランクケースから出た少女にとって有利に働くのか。


「ただ一つ。主の命令は、守らねばならないのです」


 雪積るストリートには、頭に血が登って収拾をつける気もなくなった十数名の男たちと、あまりにも貧弱に見えるたった二人。

 襲われていた少女をタクシーの陰まで呼び寄せ、私は逃げることなく目の前で起きる事態に息を飲む。

 軽やかに踊るステップはまるでワルツの拍子に合わせるみたいで。舞うような動きで振り回される手足は嫋やか。五回鳴った破裂音の後には静寂が残る。

 顔面と鳩尾を強かに打たれて倒れた十人ほどのチンピラどもの間から、彼らを背にゆっくりと、雪の間に足跡が出来た。


「残念ながらあたしは、人を撃てません」


 背丈ほどにも長い銃身の下をポンプして、最後の薬莢を吐き出した少女は、ショットガンを儀仗隊のドリルのように振り回し背負った。


「けれど、拳銃は撃てます」


 少女は、その言葉の通りに男たちの武器を撃ったと言う。

 街頭の雪には大きな血だまりはない。


「ナイフだって撃てます」


 雪の上にはナイフや角材、拳銃、少女を狙っていた武器全てが地面に叩き落されていた。


「たまたま振り回した銃が当たって気絶した場合は、故意にはなりません」


 肩につける銃床の部分は木製だからまだわかる。けれど、少女は頑丈な鉄製カバーのついた銃身さえも振り回して、武術のように敵を倒した。

 桜の国、日本に伝わる言葉、柔よく剛を制す。名前と共にそんなことを連想せざるを得ない。


「これ以上は何もできません」


 淡い髪を振り回した少女は、武器のショットガンを背負い、髪と同じ色のアームカバーに包まれた細い手を大きく広げた。


「何も出来ないダァ?」


 呆けていたチンピラの一人が抜かした腰を叩いて立ち上がった。


「ただし」


 どう聴いても可愛らしい少女の声で雪上の街頭は再び静寂に包まれる。吹いた風は乾ききって、頬を刺す。冷たささえも、この少女が運んできた。


「あたしは守れという命令を受けています」

「それを超えられる、人に役立つことを命じられるのならば抵抗はしません」


 彼女が何を言っているのか、まるで分からない。場の状況は圧倒的に少女のモノだ。チンピラどもは何もできずに腰を抜かし、怯えている。だというのに、少女は白旗を上げるかのような言葉を語る。


「サクラ、もどかしいのはいい」


 コートのポケットに手を突っ込んで傍観していた客の男が、しびれを切らしようやく声を上げた。


「この場から、消えろ」


 冷え切った声は少女と男の間では共通のものらしい。低い声が響いたところで、後ずさるようにスラムの人間達は逃げ去っていった。

 ストリートには完全に静寂が訪れた。警察さえもこの雪では出てくるのに時間がかかる。

 車の方にゆっくりと歩いた少女は、黒いコートの客をエスコートして縛っていた襷を外す。

 あのタクシーを運転するのは私だ、私は女の子を野次馬に引き渡し運転席に潜り込んだ。


 ▽


「待てとはいったが」

「今すぐ逃げる必要があるでしょう?」


 お客さんはとんでもないことをしたんですよ、そんな当たり前の言葉はようやくかかったエンジン音にかき消された。


「そうだな。バレると厄介だ」


 慎重に、かつ人波を割るように走り出したタクシーの車内には、つい先ほどまで舞うように戦った少女が座っていた。

 まさか。

 まさかこの少女があのトランクケースの中に入っていたとは。道理で重いわけだが、一つの疑問がある。

 どうしてこんな空間に少女が入ることが出来たのか、ということ。

 藪蛇なのは分かっているが、ゆっくりと問うた。


「・・・サクラ」

 ミラー越しの車内、客の男の三白眼が一度下を向いた後に、そう「命令」した。

「分かりました、主」


 太い銃身と大きな図体のショットガンをトランクケースに仕舞い終えた少女が、パッと手をミラーに見せる。


「義手・・・ですか?それにしては随分と機械らしいというか」


 一般的にイメージされる昔のロボットの手、そのものに近いような細い五本指。反対側の手も同様に機械で出来た精巧な手だ。その指によって右手のアームカバーが下げられるのを見た瞬間、ハンドルをきる私の手が震えた。


「カバー、これって機械の」

「もう分かっただろう」


 それだけ言うと客の男が窓の外に興味を向けている。墓地のある丘が見えてきた。


「あたしはアンドロイドです。世界で一番ハイエンドな」

「サクラと申します」名乗った少女は回収した薬莢を弄んでいる。

「ちょっと待ってください」


 頭がこんがらがってきた。

 手と腕は機械、これは義手かもしれないと思う。発展してきた技術は精密な機械製の動く義手さえも作れる。ポンプ式のショットガンを連射するほどの力と強度も用意出来るに違いない。

 アンドロイド、これほど整った容姿は性的なアンドロイド技術のような、高精度の人工皮膚、整形技術がベースなのだろう。

 大きく引っかかる点がある。


「そんな話聞いたことありませんよ」


 おかしい。アンドロイド技術にブレークスルーを起こした博士は一番の理念に「ロボットが戦争に使われない世界を作る」としたのは有名な話だ。

 よって、彼の理論、プログラムは無償で提供されてロボット技術に貢献した半面、武装転用が一切効かなかった。効かないようになっていた。

 精々が運転プログラムや輸送と言った、元より技術開発が行われていた無人技術にしか軍用的には使えなかった。


「アンドロイドが・・・ロボットが人に害を成すなんて」


 何故ならば、銃が撃てないから。人に害を成せないからだ。そういうプログラムが前提となっていた。だからそれが当たり前だった。

 このサクラという少女・・・アンドロイドは、人格の事を考えれば博士の理論やプログラムが応用されているはず。相反しそうな事実に思えた。


「害は」小さな口が開く。

「なしていません」


 至極当然に、先ほどの五回の銃声と近接格闘をすっかり忘れてしまったかのような言葉に耳を疑うしかない。

 車窓はようやく、丘のふもとまでやってきたところ。


「あたしは主の守れという命令に従ったに過ぎません」

「トリガーを引いたのも、ナイフと拳銃と木材だけ」


 確かに武器のみを撃ち抜いた。偶然ではなく、狙い撃った。暴れるようなチンピラの手の中に納まっていたモノを撃ち抜いた。そう言っている。素人考えでもあり得ないと思う。


「じゃあぶん殴ったのは」

「あれは偶然、振り回しいていたイサカがぶつかっただけなので」

「・・・は?」

「偶然です」


 あの場でも「故意ではない」と言っていたか。あくまでそういう建前だ。そうでなければ武術然とした技術のように振り回されたショットガンの振り回し方に説明がつかない。


「害を加えているわけじゃない」


 ようやく客の男が口を挟んでくれた。解説してくれるらしい。


「博士の作った人工知能技術は争いに使えないプログラムを積んでいる、その認識は間違っていない」

「ただ、こいつは訳ありでな」


 世界でも一つしかない。

 客の男が車を止めさせた。


「ここで降ろしてくれ」

「まだ行けますよ?」


 除雪の済んでいない地域まではまだ一キロはある。

 墓地に行くとしても、もう少し車内で楽が出来る筈だ。


「訪れる予定はここなんだ」


 指を差した先は、件の博士とその家族が暮らしていた一軒の家屋。


「俺は、ここに住んでいた男の弟だ」

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