メリークリスマス 2019

NEO

聖なる夜は……

 時は深夜の入り口。

 とあるド田舎の街灯もない真っ暗な道を、凄まじい爆音を立てて疾走する真っ赤なフェ○ーリF50がありました。

 要するに、ぶったまげるほど高価なスーパーカーというものですが、そのリア部分は大きく改造され、真っ赤に塗られたソリ……いえ、車輪があるのでリヤカーが道路の段差を拾っては、派手に跳ね上がっていました。どうやら、空荷のようです。

「ったく、あの野郎がシフト飛ばして穴を開けたせいで、代打で俺が出勤になっちまったじゃねぇか。今日明日は一年で一番忙しいってのによ。ヒゲ剃ってる時間もなかったぜ」

 F50のハンドルを握り、真っ赤な上下の衣装を着込んだ若い兄ちゃんが、豊かに蓄えられた真っ白な顎髭をそっと撫でました。

「これで出勤するなって怒られたばかりだってのに、今日はこれじゃねぇともう一個の仕事に支障が出るんだよ。ったく、これだからダブルワークは面倒くせぇ」

 ぶつくさ文句を垂れながら、F50は道端にポツンとあったコンビニの駐車場に乱暴に突入し、駐車枠など無視して適当に駐車しました。

「さて、まずはこっちだな。配達遅延のチラシは各戸にばら撒いてきたし、クレームにはならねぇだろ。こっちは体が一つしかねぇんだよ!!」

 不機嫌にF50から降り、白いヒゲに真っ赤な上下というお兄さんはポケットから葉巻を取り出し、吸い口をシガーカッターで切って、軸の長いマッチで反対側に点火した。

「ああ、やっときてくれたね。のんびり一服なんかしてないで、早く仕事してくれないかな。今日はもう米飯の納品がきてるんだ。それと、クリスマスチキンもバカ売れで、供給が間に合わないんだよ」

 人の良さそうなおじさんが店から出てきて、白ヒゲお兄さんに笑みを送った。

「うるせぇ、こっちは機嫌が最悪なんだよ。こんな状態でレジやってみろ。ウザい客がきたら、間違いなくぶん殴っちまうぞ!!」

「そこをなんとか頼むよ。待ってるから早くね」

 おじさんは田舎のくせに……いや、田舎故にか大盛況の店内へと戻っていった。

「ったく、あのオーナーも人が良くて優しいからな。どうしても、しょうがねぇなって思っちまうぜ。はぁ、なんでイブにコンビニで夜勤なんだよ。どっちの仕事も夜勤は夜勤だけどよ、今日だけはヤバいんだって。前から休みにしてあったのに、あのクソ野郎。クビにしろ!!」

 ……まあ、とにかくお兄さんは機嫌が悪かったのです。

「よし、しょうがねぇ。今日はユニフォームこれでいいだろ。浮かれた店員みたいで笑っちまうがな」

 白ヒゲお兄さんは、葉巻を駐車場に投げ捨て、ため息を吐きながら店内へと向かいました。


 コンビニの店内はどこから人が湧いて出たのか、レジには大行列が出来ていて、オーナーと二人でギリギリの戦いをしていたもう一人の夜勤野郎が、ホッとしたような顔をしました。

「サンタさん、おはようございます!!」

「おはよう。お前じゃこの客数のレジは捌けねぇよ。俺が代わるからお前は検品と品出しをやれ!!」

 そこはバイトでも一応はお金をもらっているプロなので、サンタと呼ばれた白ヒゲお兄さんも機嫌の悪さを引っ込め、柔らかな営業スマイルでレジに立ちました。

「……フン、どいつもこいつもチキンとケーキしか買わねぇのかよ。あと酒な。温かパーティぶっこいてるんじゃねぇよ。まあ、ここもある意味パーティ会場だがな。さて、派手にパーティやろうぜ。レジの旦那!!」

 サンタはレジにそっと話しかけ、ポンとその筐体を叩きました。

 これが、サンタにとって負けられない戦いの始まりだったのです。


 あれだけお客さんがいた店内も静まった、翌未明。

 地味ですが気が抜けない鮮度チェックという、もう販売時間が過ぎたから売っちゃダメ。捨ててねという、シビアな判定をする時間がやってきました。

 ここで漏れるともう販売時間を過ぎてるからこれは売るなと、レジが拒絶反応を起こしてしまって受け付けず、お客さんがムッとしてブチ切れたり、すぐ食べるからそれ売ってとか、捨てるならタダでくれなど、とにかくトラブルの原因になるので、それはもう嫌でもマジになる作業をサンタは黙々とやっていました。

「ったく、おにぎりとか弁当の発注多過ぎなんだよ。廃棄何個出てるか分からねぇぞ。今日は、弁当なんて食わねぇだろ」

 ちなみに、このチェーン店の廃棄時間は、ラベル記載時間の二時間前と決まっています。これを過ぎていると、レジが拒絶反応を起こすのです。

 一通り作業が終わったサンタは、一つ思いつきました。

「そうだ、プレゼントを揃える暇がなかったから、この廃棄の山をパクってプレゼントにしよう。最後は半透明の袋に詰めてゴミ捨て場行きだから、最低限袋には入っている。よし、問題ない」

 こうして、サンタの夜勤は続いたのでした。


 コンビニの夜勤が明けると、サンタは次の仕事に速攻出かけるため、本来ゴミ置き場に持っていく廃棄弁当の山を自慢の真っ赤なリヤカーに満載して、飛び散らないように網とロープで固定し、F50のエンジンをスタートさせました。

 もはや爆撃という爆音が早朝の空気を震わせ、サンタは暖機運転なんか知るかとばかりに、アクセルを踏み込みました。

「よし、今からサンタクロースだぞ」

 お馴染みの高笑いをしてコンディションを整え、F50をかっ飛ばして田舎の家々を回り、リアカーにある廃棄弁当をひたすら配りました。

 全て終わった時にはもう昼間という時間でしたが、忙しすぎてアドレナリン全開のサンタは家に帰っても眠れませんでした。

 そこで、酒棚から取っておきのボトルを取り出し、グラスに注いで一口飲みました。

「まあ、なんだ………。メリークリスマス!!」

 サンタはテレビをつけ、クリスマス特番をぼんやり眺めながら、笑みを浮かべました。

近所にコンビニなど一軒しかないので、職場に大クレームの嵐が吹き荒れているとは、まだ知るよしもなかったのです。








 



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