E-17「スクレ会談」

 連邦から訪れた外交使節への出迎えも、帝国からの外交使節に対して行われたものと同様に、国賓(こくひん)の扱いだった。


 出迎えの車列が乗りつけ、外交使節が乗って来た輸送機までの間には赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれ、その左右には近衛兵たちが整列して捧げ銃の姿勢を取っている。

 輸送機の扉が開き、タラップに外交使節が姿を現すと、軍楽隊が一斉に連邦の国歌を演奏した。


 連邦からの外交使節は、かなりの高齢の男性だった。

 老人は、きっちりとしたスーツ姿で、背筋もピンとしている。

 肌には張りがあり、その視線からは力強い意志が感じられ、精神的な老いは少しも感じさせなかったが、禿頭(とくとう)に白髪という容姿が年齢をどうしても感じさせる。


 外交使節は王国側からの歓迎に右手を上げて応えながら出迎えの車列へと進んでいき、帝国からやって来た外交使節と同じ様に、古城の方へと向かって走り去っていった。


 怪我の治療が終わり、救急車から降りると、僕たちは現地の王立軍の兵士から宿舎へと案内された。

 宿舎と言っても武骨な兵舎ではなく、湖畔(こはん)に建てられた美しい建物で、平時は国王が特別に招(まね)いた客などのためのホテルとして利用されているという施設だ。


 そこで僕たちは、どうやら、この湖畔(こはん)での滞在が今日や明日に終わる話ではなく、しばらくの間は留まらなければならないということを初めて知った。

 明確にそう言われたわけでは無かったが、宿泊場所がきちんと用意されているなど、あまりにも準備が良すぎる。

 少なくとも数日、長ければもっと長期間、ここに留まらなければならないかもしれない。


 そして、どうやらこの湖畔(こはん)の小さな集落は、スクレという地名で呼ばれているということも分かった。

 景色も良いし、観光地として王国中で有名になっていてもおかしくはない場所だったが、王族が世の中の騒々しさから離れてゆっくりと考え事ができる様にという配慮で、この場所はこれまで秘密にされてきており、誰にも知られていなかったらしい。


 ここの存在を知っているのは、代々ここに住んできた人々と、王族と、王族に近い一部の人々や重要な立場にいる政治家たちの様な、ごく一部の人たちだけである様だった。

 フィエリテ市などからはアルシュ山脈を形作る山々に遮(さえぎ)られて見ることもできないし、この場所に気づく人はほとんどいないだろう。

本当に、隠れ家の様な場所だ。


 僕たちがホテルの従業員から施設とその周辺についての説明を受け終わった頃、僕が起こした不祥事の後始末を済ませて来たらしいレイチェル大尉が戻って来た。


 僕はもう1発くらい殴られるのではないかと思っていたのだが、レイチェル大尉はそうしなかった。

 どうやらあの場で僕を殴ったのは無理やりその場を収めるためであって、必要以上に僕を痛めつけるつもりは大尉には無い様だった。


 僕たちは大尉に呼び集められると、ホテルの1室を臨時のブリーフィングルームとして借り受け、そこでようやく、この特別任務の全容を知らされた。


 僕たちにイリス=オリヴィエ連合王国の国王、フィリップ6世が与えた任務。

 それは、これからこの場所で行われる、連邦、帝国、そして王国の間で正式な講和条約を締結するための会談を、護衛するということだった。


 外交使節が訪れているのだから何らかの大きな会談が行われるのだということは僕も理解はしていたが、ここでこれから行われる会談の重要性は、僕の思っていた以上だった。


 何故なら、この会談のために集まるのはたった3人の人物で、全員、1国の国家元首であるからだ。

 1人はこの会談を開くホスト国として参加する王国の国家元首、フィリップ6世で、後の2人は、連邦の臨時大統領、帝国の皇帝その人だった。


 連邦と帝国それぞれの輸送機から降り立った外交使節は、なるほど、国賓(こくひん)扱いで出迎えるのも当然と思える人たちだ。


 そして、この戦争、第4次大陸戦争を戦っているそれぞれの国家のトップが集まったということは、これから開かれる会談が事前交渉などではなく、一気に正式な講和条約を結ぶ所まで至ろうという、野心的なものであるということだ。


 これは、フィリップ6世が強く主張し、主導して決めたことであるらしい。


 王国は事実上この戦争からすでに離脱してはいるものの、厳密には未だに連邦と帝国と戦争状態にあり、国家の総動員体制を解くことができていない。

 これによって王国は通常の生活や経済活動に必要な物資の生産に集中することができず、深刻な物資不足に陥り、急速なインフレーションと経済崩壊の危機にさらされてしまっている。

 フィリップ6世はこの状態からの脱却を目指し、連邦と帝国に積極的に働きかけを行い、今回の会談の実現にまでこぎつけた。


 もちろん、これは王国にとってメリットがあるというだけではなく、連邦にも帝国にも利益となるから、実現したものだ。

 連邦や帝国が自ら動く理由が無ければ、王国の様な小国がいくら頑張ってみようと、今回の様な会談が実現するはずはない。


 連邦も帝国もお互いのことを不倶戴天(ふぐたいてん)の敵として憎み合ってはいるが、第4次大陸戦争が開戦となってからもの何年も経過しており、超大型爆撃機の大量運用で双方の本土に爆弾の雨を降らせ続けている様な状況にまでなると、さすがに国民が疲弊してきているらしい。


 それは、そうだろう。

 戦争というものは大きな経済的な需要を生み出しはするが、その結果生産されるのは生活に直接役立つことのない兵器だ。

 それは必要とされているものではあったが、兵器は新しい財産を生産するためには使えないものであって、僕らが乗っている戦闘機が正規の規定ではわずか150時間の運用で廃棄されることとなっている様に、ただひたすらに消費されていくだけのものだ。


 兵器のために割かれている生産能力を、新しい財産、より多くの資源や物資を生産するためのリソースとして活用しなければ、経済の発展や、それによってそれぞれの国の民衆の生活が豊かになるということは望めない。


 戦争における生産活動というものは、民衆の生活を豊かにするために使えたはずの生産力をひたすら浪費するものでしかないのだ。

 だから、一時的な戦争は経済的な特需をもたらすのだとしても、それを長期間に渡って続けていれば、膨大な戦費で国庫は空っぽになり、経済は衰退し、国民は物資不足と重税で貧しくなって、国家全体が疲弊してしまう。


 王国はたった1年と数ヶ月しか戦っていないのに、経済崩壊の危機に直面してしまっている。

 王国が戦わざるを得なかった戦争の規模が元々の王国の規模に比して大き過ぎるものであり、王国の国土そのものが戦場となって破壊されたためにとりわけ大きな影響が出たことが原因ではあったが、何年にも渡って戦争を続けているとなると、王国より遥かに巨大な連邦や帝国でも、ダメージは大きい様だった。


 連邦も帝国も決して相容れることができず、自分からは講和はおろか停戦さえ申し出ることができない状況であったから、フィリップ6世が会談を仲介したことはまさに渡りに船、ということだったらしい。


 ただ、会談が実現されるまでには、紆余曲折(うよきょくせつ)もあったそうだ。


 連邦からの外交使節に「臨時」という肩書がついているのは、連邦ではこのほど内々に政権交代が起こり、大統領が交代しているためだ。

 臨時とついているのは、あの老いた臨時大統領が正式な選挙を経ずに議会から特別に選出されている存在であるのが理由らしい。


 これまで連邦の大統領は国民からの直接選挙で選ばれた人物が担(にな)っていたのだが、第4次大陸戦争の遂行のための非常の措置としてもう何年も選挙が行われず、ずっと同じ人物がその地位にあった。

 それが急に変わったのは、連邦が本腰を入れて講和条約を実現するために、そのための政治的な体制を整えたということであるらしい。


 帝国の方でも、皇帝その人が交代する様なことはなかったが、主要な大臣が交代するなど、似た様な政変が起こっているということだ。

 国家がその方針を大きく転換させる時には、その意思決定を行う首脳部にも大きな変更が起きるということなのだろうか。


 講和を結ぶための会談、こういった会談は地名をつけて呼ばれることが多いから「スクレ会談」などと呼ぶことになるのだろうが、そのスクレ会談が行われる間、戦闘機で上空の警備を行うというのが、僕らの仕事だった。


 だが、やはり、腑(ふ)に落ちないことがある。


 連邦も帝国も、建前の上では決して戦争を止めるなどとは言い出せないのだが、フィリップ6世が仲介したとはいえ、それでもこの会談のために国家元首自らが出てきているのだから、本心では講和条約を締結(ていけつ)することに前向きであるはずだった。

 そうでなければ、そもそもここに集まったりはしないだろう。


 連邦も帝国も王国も講和条約の締結(ていけつ)に前向きであるのだから、いったいどこの誰が、この会談を妨害しようというのだろうか。

 帝国からの外交使節を護衛した時にも思ったことだったが、会談の護衛のために大きな兵力が動くのは、やはり違和感がある。


 ここ、スクレには今、僕たち301Aの他に、雷帝の僚機だったグスタフ、王国の防空旅団から割かれた1個戦闘機中隊と、連邦の外交使節を護衛して飛来した、トマホークを部隊章とした1個戦闘機中隊が存在している。


 穏やかなスクレの印象からすれば、あり得ない程の大兵力だ。


 元々このスクレは王国でも王族のための土地としてその存在を秘密にされてきたのだから、そもそも、誰かが会談を妨害しようとしたとしても、大規模な攻撃を実施することは難しいはずだ。

 しかも、その攻撃を行いそうな勢力は、全く見当たらないと来ている。


 そう疑問に思っていたのは僕だけでは無かったらしく、ジャックがレイチェル大尉に質問をすると、同様の疑問が次々と出された。


 僕たちに「何から護衛するのか」とたずねられたレイチェル大尉は、すぐにはその問いかけに答えなかった。


 レイチェル大尉は僕たちを手で制止すると、ポケットから煙草を取り出し、そのままライターで火をつけ、悠々と一服する。

 単純に吸いたかっただけかも知れなかったが、僕たちの質問にどんな風に答えるか、あるいは答えないでおくべきかどうかを、悩む時間が欲しかったのかもしれない。


「すまんが、何から護衛を行うかについては、まだ教えることはできん」


 結局、レイチェル大尉は僕たちにはまだ教えない、という選択をした様だった。


「だが、警戒が必要だ、というのは確実だ。明日からはここの上空直掩任務が始まるが、その時は上下、前後左右、全て怠りなく警戒しろ。特に、いつも言っていることだが、背後の警戒は厳重に、だ」


 レイチェル大尉がまだ教えない、と決めたのだから、僕たちがどんなに食い下がって大尉は何も教えてはくれないだろう。


 疑問は残されたままだったが、僕たちは引き下がって、翌日からの任務に備えなければならなかった。

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