17-11「義勇戦闘機連隊」

 僕らは予定の時間になると、船団の護衛任務を開始し、クレール第2飛行場から一斉に飛び立った。

 飛行場の上空で高度を6000メートルにまで取り、レイチェル中尉を隊長機として、カルロス軍曹、ナタリアの3機で構成される第1小隊と、ジャック、アビゲイル、ライカ、僕の4機で構成される第2小隊が翼を並べる。

 そしてその先頭に、僕らを誘導してくれるハットン中佐のプラティークが位置し、僕らは戦場へと向かった。


 ハットン中佐のプラティークとは、僕らが船団と無事に合流を果たせばそこで別れることになっている。

 これは、空中戦に、飛行性能で劣り、部隊の最高指揮官であるハットン中佐も乗っているプラティークを巻き込まないためだ。


 帰り道、僕らは誘導を受けられないことになってしまうが、心配はいらない。

 僕らの帰り道は、王立海軍に所属する哨戒機が扇状(おうぎじょう)に2重の収容線を張って、戦闘の結果、散り散りになってしまうと予想される僕ら戦闘機部隊を収容してくれることになっている。

 これは、王国がこの戦争を戦いながら、前線で戦った戦闘機をより確実に収容できる方法として、実戦においてぶっつけ本番で体得して来たやり方だ。


 戦争が始まる前は、王国ではこういったノウハウを持ってはいなかった。

 戦闘機部隊の進出距離はせいぜい300キロメートルで、それも、日ごろの航法訓練と、地上からの管制でどうにかなると考えられていたから、それ以上の進歩は当然、生まれなかった。

 だが、実際に戦争が始まってみると、戦闘機部隊にはそれまでに考えられていた以上の長距離進出が当たり前の様に求められ、また、王国が戦場となってしまったことから地上からの管制システムも十分に機能しなかった。

 結果、王国は多くの戦闘機やパイロットを、戦闘以外の理由で失い、危険にさらすこととなってしまった。


 戦闘の結果、自機の位置を見失ったり、他の編隊から離れてしまったりする機が出ることは、避けようの無いことだ。

 そして、そういった機では、損傷を負っていたり、パイロット自身が負傷してしまったりしていることも十分に考えられる。


 機体も貴重なものではあったが、とりわけ、王国にとってパイロットは重要な存在と見なされている。

 十分な技量を持ったパイロットの育成には何年もかかり、王国のパイロットの教育課程は標準で3年間と、長い年月をかけて育てられるものだ。

 機体の損失を減らし、何よりも貴重なパイロットを守るために、王国は今も、もっと工夫ができないかと模索(もさく)を続けている。


 僕たちパイロットにとっては、そういった支援体制が少しずつ充実していくことは、とてもありがたいことだった。

 任務を確実に果たすことができるようになるし、何より、生きて帰って来ることができる確率が上がるからだ。


 僕たちは、たくさんの人々に支えられながら飛んでいる。

 母さんたちの様に機体を作ってくれる人々や、機体をいつでも万全の状態に整えてくれる整備班たち。そして、様々な支援を与えてくれる友軍。


 今回の任務を、僕は、必ずやり遂げるつもりだ。

 301Aの他のパイロットも、同じ気持ちでいるだろう。


 だが、あまり思いつめても、仕方がない。

 僕らが船団と合流するためには、軽く1時間以上は飛び続けなければならないからだ。


 それは、訓練で何度も繰り返し飛んで来た、単調な飛行だった。

 僕らはすっかり見慣れてしまったオリヴィエ海峡の上空を西に向かって飛び、マグナテラ大陸の南端の陸地の海岸線を右に、断続的に続く島嶼(とうしょ)を左に見ながら、飛んでいく。


 訓練と違うのは、今回は僕らと一緒に飛んでいる友軍部隊がいるという点だった。


 後方を見上げると、そこには、12機の友軍戦闘機の姿がある。

 結成されてから日の浅い部隊のはずなのに、その編隊はとても綺麗に整っていて、所属するパイロットの技量の高さを知ることができる。


 それは、今回から初めて前線での任務に参加することになった、義勇戦闘機連隊に所属する第1義勇戦闘機中隊に所属する機体だった。

 部隊は王立軍によって391Aと呼称されており、エメロードⅡC型を装備した部隊で、僕らと同じ様に落下式増槽を胴体からぶら下げ、冬でも暖かな王国南部の日差しを浴びて輝いている。


 義勇戦闘機連隊には、391Aの他に、391B、392A、392Bという中隊が所属している。これはそれぞれ、義勇戦闘機連隊の第1大隊のA中隊とB中隊、第2大隊のA中隊とB中隊という意味合いになる。

 この内、第1大隊がエメロードⅡCを装備する部隊であり、第2大隊がベルランD型を装備している部隊になる。


 船団の護衛のために義勇戦闘機連隊も全力で出撃を実施することになっているが、一番敵機からの攻撃が懸念される時間を担当する飛行隊にベルランD型ではなくエメロードⅡCを装備する部隊を充てているのは、僕からすると少し不思議なことだった。


 噂で聞いたことでしかないが、どうも、義勇戦闘機連隊では、ベルランよりもエメロードⅡの方が好まれているらしい。


 ベルランは高速、大火力が特徴の戦闘機だったが、その分エメロードⅡよりも運動性には劣る部分があり、一度ドックファイトに入ってしまえば、エメロードⅡの方に有利になって来る。

 こういった特徴があるから、ベルランD型を装備している僕らは敵機とのドックファイトをあまりやらず、一撃離脱戦法などをよく用いているのだが、義勇兵たちは王国とは異なる価値観を持っている様で、この戦い方をあまり好んでいないという。


 義勇兵たちはパイロットとしての技量を発揮する余地の大きい格闘戦を好んでおり、多少速度と火力で劣っていようとも、軽快な運動性を持つエメロードⅡの方を信頼している。

 僕ら王国のパイロットは理論や理屈を重視し、作戦で勝つことを心がけているが、義勇兵たちは個人技を持って不利な状況からでも勝利を掴(つか)むことを目指している様だ。

 個人技を生かすのであれば、運動性は高い方が良いし、そう言った意味では、ベルランよりもエメロードⅡの方が優れていると言える。


 僕からすれば信じられない話だったが、義勇兵の中には、「機首のモーターカノンがあればいい。主翼の4門はいらない」と言って、せっかくの20ミリ機関砲を外してしまったパイロットもいるそうだ。

 しかも、そのパイロットはできるだけ機体を軽量化するために、パイロットを保護する装甲鈑まで外してしまったらしい。


 そのパイロットは機体に装備されていた無線機まで「邪魔だ」と言って外そうとしたらしかったが、空中での僚機との連携や、地上から管制を受けるために必須の装備である無線機まで外すのはさすがにまずいと、整備班と他の義勇兵たちが総出で止めに入るという、ちょっとした事件も起こった様だ。


 義勇兵たちと僕ら王国のパイロットの間では、考え方に大きな違いがある様だった。

 だが、見方を変えると、義勇兵たちは自分たちの技量に相当な自信を持っていると言うこともできる。

 少なくとも、旺盛(おうせい)な戦意を持っていることは間違いないだろう。


 彼らが、これからどんな風に戦うのか。

 きっと、僕がこれまでに見たことの無い様な戦い方を見せてくれるはずで、僕はそこから、何かを学べるかも知れない。


 義勇兵たちはマグナテラ大陸から遠く離れた、僕にとっては異世界の様にも思える場所からやって来た人々だ。

 僕は、王国のために遠くから味方をしにやって来てくれた人々がいることが嬉しかったし、何よりも頼もしかった。


 僕らは心強い味方と一緒に、船団へと向かって飛行を続けていた。


 作戦の開始が告げられてから、新たに大きな報告は受けていない。

 現在の状況がどうなっているのか、王国の護衛艦隊と船団は無事に合流を果たすことができたのか、気になるところではあったが、便りが無いのは悪いことでは無い。

 作戦が想定通りに推移し、順調である何よりの証とも言えるからだ。


 だが、そう思ってはいても、やはり、どうしても不安な気持ちは生まれてきてしまう。

 僕ははやる気持ちをどうにか落ち着かせながら、それでも、そわそわとせわしなく、海の青の中に船団の姿がいないかを探してしまう。


 やがて、僕らはとうとう、船団と合流する予定となっている海域へと到達した。

 僕は、そこでようやく、一安心することができた。


 僕たちは予定通りの海域で、船団と、王立海軍の護衛艦隊の双方を発見することができたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る