第17話:「船団」

17-1「新たな日々」

 連邦が、王国に対する戦略爆撃の停止を発表してから、1週間以上が経過した。

 最初、王国は連邦が虚偽(きょぎ)の発表を行い、王国に対して奇襲攻撃を行おうとしているのではないかと疑って警戒態勢を維持していたが、どうやら本当に連邦が作戦を中止したのだと判明して、最近になってようやく警戒を解除した。


 王国が警戒を解除したのは、連邦がグランドシタデルの出撃拠点としていた島まではるばると偵察部隊を派遣して、直接、連邦軍がグランドシタデルを引き上げている様子を確認したからだ。


 王国から数千キロメートルも離れた遥(はる)か彼方(かなた)、海の真ん中に浮かぶ絶海の孤島の偵察は、潜水艦と呼ばれている船によって行われた。

 内陸部で生まれ育ち、海とはほとんど縁のない暮らしを送って来た僕はあまり詳しくは無いのだが、聞いた話によると、潜水艦と言うのは文字通り、水の中に潜(もぐ)ることができる特殊な船なのだそうだ。


 船と言うのは普通、水の上に浮かぶ様に作るもののはずなのだが、わざわざ沈む様に作るとは、僕には考えもつかないことだ。

 そのまま浮かんでこられなかったら、一体、どうするつもりなのだろう?


 とにかく、その潜水艦という特殊な船は、連邦軍の哨戒機や哨戒艦に発見される危険の大きな昼間は海中に潜(もぐ)って身を隠しながらゆっくりと進み、多少は安全な夜間は海上に出て全速で進んで、グランドシタデルの拠点となっていた島までどうにか接近を果たしたのだそうだ。


 そこで目にしたのは、僕らが知らない間に連邦が築き上げていた巨大な航空基地と、それらを稼働させるために連邦が用意した膨大(ぼうだい)な物量だった。


 元々そこにあった島は人の手がほとんど及んでいない自然の豊かな島で、第4次大陸戦争が始まる前には住んでいる人間もあまりいなかった。

 住んでいるのは鳥ばかりで、それは、それは、のどかな島だったのだそうだ。


 それがいつの間にか、大量の建材を使用して要塞化されていた。

 島は、大型機の離発着が可能な何本もの滑走路と、大小様々な軍用機を整備、運用するための設備、駐留する何万もの連邦軍将兵を収容できる巨大な宿舎群、必要な物資を保管しておくことができる燃料タンクや資材置き場、そして、それらを建設し維持できるだけの物資を海路で運搬してきて楽々と荷揚げすることができる、最先端の設備を備えた港湾を持つものへと変貌(へんぼう)してしまっていた。


 かつて知られていた自然豊かな島はそこには無く、海上に浮かぶ巨大な人工物の塊(かたまり)となっていた。

 島には、接近する敵の軍艦を撃退するための沿岸砲なども多数配備されていたとのことで、連邦は王国を屈伏させるために強固な拠点を念入りに作り上げていた様だった。


 偵察に派遣された王立海軍の潜水艦は、その島の近海に丸2日間も留まり、連邦軍の動向を観察した。

 その結果、何機ものグランドシタデルが島から飛び立って北方の連邦本土へと向かって消えていき、喫水(きっすい)を浅くした船が入港し、喫水(きっすい)を深くして出向していく姿を確認することができたということだった。


 島にはまだ多くの連邦軍が駐留しているものの、その戦力は確実に縮小され、用意されていた物資も船で運び出されている。

 それは、連邦が島から戦力を引き上げている様子以外には見えなかったそうだ。


 潜水艦は偵察任務を終えると、そこでさらに、港湾部に停泊していた連邦の貨物船に向かって魚雷6本を放ち、5本を命中させて大小3隻の船舶を撃沈した。

 魚雷と言うのは、水中を自走して狙ったところへ向かっていく爆弾の様なものであるらしい。

 任務を果たした上に戦果まであげた潜水艦は来た時と同じ要領で島から脱出し、攻撃を受けたために大慌てで反撃をしてきた連邦軍を振り切って、順調に王国へと向かっているということだ。


 潜水艦による大胆不敵な偵察によってもたらされた生の情報によって、ようやく王国が警戒態勢を解いたその日の夜、僕は自室のベッドで思い切り睡眠を楽しんだ。

 ベッドは軍の備品なので必要最低限の快適さしかないものだったが、それでも、その日の夢はすばらしいものだった。

 目を覚ました時には内容はすっかり覚えていなかったが、気分はとてもすっきりとしていて、それから、僕はようやく、連邦の戦略爆撃を撃退することができたのだと実感することができた。


 今度ばかりは王国も負けるしかないのではないかと思わされたが、僕らは、どうにか生きのびることができたらしい。

 戦争はまだ終わってはいないものの、僕らはまだ、希望を抱くことができる。

 王国がこの戦争を耐え抜き、かつての平穏で楽しい日々を取り戻せるという望みだ。


 だが、王国が連邦の攻撃によって受けた被害は大きく、王国南部の都市部の多くが焼け野原となり、数えきれない人々がその戦火の犠牲となった。

 どんなに僕らが努力しようとも、失ってしまったものを完全に取り戻すことは難しいだろう。


 物であればまだしも、失ってしまった人々は、どうあっても取り戻しようがない。

 心にぽっかりと空いてしまった大きく埋めがたい穴と、僕らは向き合って生きていかなければならないのだ。


 それでも、僕らは新しい生活を始めつつある。

 人々は焼け跡の中で立ち上がり、瓦礫(がれき)を撤去(てっきょ)し、使えるものを拾い集めながら、生きている。


 連邦軍の攻撃によって多くの人々が家を失ったが、焼け跡にはすでに、生き残った人々によって新しい家が建ち始めている。

 それらは焼け残った建物を再利用したり、拾い集めた建材を組み合わせたりして作られたちぐはぐなものではあったが、そこには確かに人が暮らしており、新しい生き方を模索(もさく)している。


 軍の宿舎などで受け入れていた人々の内、何割かはすでに宿舎を後にした。

 それらの人々の中には自身の家の跡地(あとち)に仮の家を作ってそこから生活を再建しようとしている人もいるし、親類縁者などを頼って被害の少ない地域へと向かっていく人もいる。


 そういった、自力で新しい暮らしを始めることができる人も少なくは無かったが、多くの人々は長期間に渡って僕らと同居することになりそうだった。

 中には家だけではなく、職場までも失って、生活の基盤そのものを完全になくしてしまった人々も多い。そういった事情の他にも、負傷をしているなど、自助努力だけではどうにもならない様な人々も大勢いる。


 王国ではそういった人々のために、仮設の住居の建設を始めている。

王国は今、戦火を逃れて避難してきた人々や、連邦の空襲によって家を焼かれてしまった人々など、戦争被災者であふれかえっている。

 そういった人々の暮らしを少しでも早く立て直すことが、王国にとっての急務だった。


 戦争は続いていて、これからまた、王国がどんな被害を受けるかは少しも分からない。

 もっとたくさんの人々が家を失い、生計を立てていく手段を奪われることだって、十分考えられることだ。

 それでも、僕らは今日を生きるために必死にならなければならなかった。


 僕らの家、クレール第2飛行場のすぐ近くにも、戦争被災者たちを受け入れるための仮設住居の建設が始まっている。

 元々は飛行場を拡張する必要があった時に備えて用意されていた土地で、ほったらかしの野原だった場所なのだが、飛行場の拡張予定地ということで土地が平らで、仮設住居の建設にはぴったりの場所であったらしい。


 そこでは、家を焼け出され、職場を失ってしまった人々が大勢、働いている。

 空襲で家を焼かれ、職場を失った人々は、言いかえれば、持っていた財産も、生活するための収入も失ってしまった人々だった。

 仮設住居の建設はそういった人々を救済するための公共事業という側面も持っており、建設機械などはほとんど使われず(元々必要とされる工事に対して数は不足がちだったが)、多くが人力によって進められている。


 戦災によって、多くの人々が過酷な生活を強いられている。

 不満や不安、悲しみや憤(いきどお)りなど、人々の胸の中には様々な感情があるはずだったが、どうにか生きていこうと、王国の人々はたくましく働いている。


 僕の母さんも、そんな1人だ。

 母さんは以前の空襲で火災に巻き込まれ、火傷を負って治療を受けていたのだが、つい先日退院するとさっそく、新工場に戻って仕事を始めている。


 退院と言っても、より重症な人のためのスペースをあけるためで、母さんの怪我が完全に治ったわけでは無かった。

 それでも僕の母さんは、職場のマダムたちと楽しそうに笑いながら働き続けている。

 辛そうな様子など、少しも見せたりしない。


 母さんの仲間たちからは、消えてしまった顔も、いくつかあった。

 連邦の戦略爆撃は無差別かつ大規模なものとなったから、それに巻き込まれてしまった人もいる。

 僕にとっては知り合いというほどの関係では無かったが、その、失われてしまった人の中には、僕と言葉を交わしたことがある人も、いる。


 母さんは元気な様子を見せているが、本心では、辛いはずだった。

 友人がいなくなってしまったのだ。

 それでも、母さんたちは前向きに生きようとしている。


 戦火の中で、人々はたくましく生きようとしている。

 僕は、その人たちに、生きていて欲しいと願う。

 その多くは僕にとっては顔も知らない様な人々で、赤の他人に過ぎないとしても。

 僕らは、同じ時代に、同じ場所で、戦争という出来事に立ち向かいながら生きている仲間だった。

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