16-18「高度10000メートル」

 警報の発令から30分ほどで、僕ら301Aも離陸を開始した。


 これまでの例だと、今から離陸したのでは高度10000メートルまでの上昇が間に合わず、グランドシタデルと会敵することもできずに終わってしまう様な時間だった。

 だが、対空監視網を前進させたことで王立軍は以前よりも早く敵機の侵入を探知することができている。

 今度こそ、僕らはあの銀翼を射程に捉えることができるはずだ。


 それでも、得られる攻撃のチャンスは、1回だけだろう。

 たった、1回だけだ。


 グランドシタデルは、高度10000メートルを、最大速度600キロメートル以上で突入して来る。

 しかも、防御火力が充実しているから、僕らが敵機の後方から追尾して攻撃し続けるというのは難しい。


 グランドシタデルはなるべく多数の機体を集中して編隊を組み、防御火力を少しでも濃密なものとして僕らからの攻撃に備えている。

 僕らはその中に飛び込んでいくことになるから、一撃したらすぐに離脱しなければならなかった。


 そして、一度離脱してしまえば、相手が高速機である以上、再度攻撃位置につくには時間がかかる。

 しかも、今日の空は雲の量が多く、一度敵機の姿を見失ってしまえば、もう1度視認するまでに手間取ってしまう可能性は大きかった。

 その間に、グランドシタデルは彼らの攻撃目標へと到達してしまうだろう。


 だからこそ、王立空軍はできる限りの戦闘機を発進させた。迎撃の手数を少しでも増やすためだ。

 僕らの前にも、そして後からも数多くの戦闘機が飛び立ち、高度10000メートルを目指して上昇を続けている。


 僕らが上昇を続ける間にも、タシチェルヌ防空指揮所からは刻々と敵機の位置が知らされてきている。

 100機を超すグランドシタデルは、やはり新工場を攻撃目標としている様だった。

 編隊を維持したまま敵機は接近を続け、高度10000メートル、時速600キロメートル以上で飛行している。


 戦闘空中哨戒中で、敵機が侵入して来た時すでに空中にあった戦闘機部隊は、すでにこの大編隊へと突入を開始したとのことだった。


 グランドシタデルの防御火力は強力だと聞いている。その上、100機以上もの大編隊が相手ともなると、どれだけの弾量が反撃に飛んで来るか、想像もつかない。

 先陣を切って突入していった部隊が示した度胸に、自然と僕の身体には気合が入った。


 タシチェルヌの防空指揮所からは、僕らに対して細かに敵機の予想針路、高度、速度などの情報が伝えられ続けていた。

 同時に、僕らに対しても、敵機と会敵するために取るべき針路、高度、速度などの指示が与えられる。


 目視だけで当てもなく敵機の姿を探し続けるよりも、こうした地上からの支援がある方が、敵機と会敵できる確率は比較にならないほど良くなるはずだった。

 王国では、国内を飛行する航空機を支援するために地上からの管制が容易にできるよう、様々な設備と組織を整えてきていた。今回の防空戦ではそれが十分に役立っている。


 そして、僕らはとうとう、高度10000メートルへと到達した。

 グランドシタデルがその攻撃目標とする場所の上空へと至る前に、迎撃位置につくことができたのだ。


 そして、敵機の編隊は、僕らの目前にまで迫っている。

 王国の防空レーダーは雲に邪魔されながらもグランドシタデルの編隊の探知を続けており、もうすぐ、僕らから視認できる距離にまで接近するはずだった。


 いつ、雲海の谷間から、あの銀翼の巨人機が姿を現してもおかしくは無い。

 僕は小さな変化も見逃すことが無いよう、必死になって周囲の空へと目を凝らした。


《敵機発見! 2時の方向、同高度、大編隊! 》


 僕らの中で最初にグランドシタデルの姿を視認したのは、アビゲイルだった。

 僕が急いで2時の方向へと視線を向けると、雲の間から、たくさんの機体が姿を現すのを目にすることができた。


 陽光を浴びながら、巨大な翼がキラ、キラ、と光り輝いている。

 連邦が誇る新鋭爆撃機、グランドシタデルは、その翼から飛行機雲を引きながら、王国にとっての最重要施設となっている新工場を目指して迫って来ている。


 僕は、その大きさ、そして数に、圧倒される様な気持ちだった。

 あれほどの大型の機体と直接戦うのはこれが初めてだったし、あれだけの数を相手にするのもこれが初めてだ。

 僕は、緊張のせいで手袋の中で汗が滲(にじ)み、指が滑るのを感じた。


《いいぞ、アビー! 301A各機、攻撃態勢を取れ! 敵編隊の正面を突く! 》

》》》》


 僕らはレイチェル中尉からの指示に答え、機首を敵編隊の頭を抑える針路へと向けた。


 爆撃機に対して攻撃を加える際は、後ろ上方から攻撃をしかけるのが1つのセオリーだったが、それでは大編隊からの防御射撃が長い時間集中して危険だ。

 そのため、中尉は敵編隊の正面から一撃し、そのまま敵機の下方へ向かって離脱するという作戦をとることにした様だ。


 お互いに正面から相対すると、攻撃に使用できる時間も短くなってしまうが、正面から攻撃すればグランドシタデルの操縦系統とエンジンなどを狙い撃つことができる。

 短い射撃時間で成果を上げることには難しさもあるが、ベルランに装備された5門の20ミリ機関砲の大火力を信頼するしかない。


 後は、ベルランの性能と、それを整備してくれた整備班の腕を信じて、敵機の懐に飛び込んでいくだけだ。


 敵機の姿が、徐々に大きくなってくる。

 あちらも僕らの接近には気がついているはずだったが、そんなことは歯牙(しが)にもかけず、その攻撃目標へと前進を続けるつもりでいる様だ。


 その時、僕らよりも先に離陸を開始した友軍の戦闘機部隊が戦場に姿を現した。

 狙っていたわけでは無いが、良いタイミングだ。


 僕らよりも早く離陸できたため、少しだけ時間に余裕のあったその戦闘機部隊は、高度10000メートルよりもさらに高い高度まで上昇していた様だった。

 雲間から現れた友軍の戦闘機部隊は、僕らと同じくベルランD型を装備した部隊だ。機数は僕らよりも多く、10機程度はいる。

 彼らは編隊の側面方向から攻撃をしかけ、グランドシタデルよりも高度有利の状態から突入を開始した。


 友軍戦闘機部隊はグランドシタデルの編隊の上までやって来ると、編隊長機から順番に機体を180度ロールさせて背面飛行の状態となり、そのまま降下を開始した。

 逆落としに攻撃を加え、そのまま降下しながら離脱を図るつもりの様だ。


 100機ものグランドシタデルから、その友軍部隊に一斉に防御射撃が放たれる。

 強力だとは聞いていたが、空に無数に描かれる曳光弾の軌跡(きせき)は濃密なもので、あそこに僕らも突っ込んでいくのかと思うと恐ろしい気持ちがした。


 だが、友軍戦闘機部隊は少しも躊躇(ちゅうちょ)せず、敵機の編隊の中へと飛び込んで行った。

 そして、先頭の1機が、グランドシタデルの1機と交錯(こうさく)し、そのままほとんど垂直に降下して行くのと同時に、攻撃を受けた敵機の1機から炎があがった。


 グランドシタデルには自動消火装置が装備されているらしく、その火災はすぐさま鎮火させられてしまったが、そこへ後続機が立て続けに攻撃を加え、その射撃がついに敵機の翼を根元から砕いた。

 片翼を失ったグランドシタデルは、速いきりもみ回転に入り、くるくると回りながら雲の中へと落ちて行った。


 友軍戦闘機部隊の戦果は、それだけにとどまらなかった。

 後続の機の攻撃も次々と敵機へと命中し、グランドシタデルの1機が被弾して操縦系統を失って墜落していき、もう1機がエンジンに被弾して速度を発揮できなくなったために編隊から落伍し、搭載していた爆弾をその場に投棄(とうき)しながら逃走していった。


 味方戦闘機部隊も、無傷では済まない。

 グランドシタデルからの防御射撃を受けて、1機のベルランが被弾、炎上し、雲の中へと消えていった。

 もう1機、被弾して炎上した機があったが、こちらは自動消火装置がうまく作動して火災が収まり、どうにか離脱することに成功する。


 そして、その2機に敵機からの防御射撃が集中した隙を狙い、友軍戦闘機部隊の最後の2機が突入に成功した。

 2機の攻撃はグランドシタデルの編隊の先頭を飛行していた1機に集中し、そして、発射された20ミリ機関砲弾の一部がその装甲を貫いて爆弾倉の爆弾へと直撃した様だった。


 グランドシタデルの腹部が盛り上がり、膨れ上がった炎が一瞬にしてその機体を飲み込んでいった。

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