14-13「父さん」

 父さんが、どうやらこの街にいるらしい。

 僕はゾフィが父さんの名前を知っていることに驚(おどろ)かされたが、その名前の持ち主がこの街に残っていると聞いてさらに驚(おどろ)かされた。

 僕の家族は、すでに遠くまで避難したものだと思っていたからだ。


 ゾフィの方も、僕が父さんの息子であると知って、目を丸くしている。


 何故なら、僕の父さんはこの街で、故郷を防衛するために残った自警団と王立軍の将兵を束ねる指揮官になっていたからだ。

 当然、王立軍の兵士らしい者を救助したという話は父さんにも報告されていたそうだったが、僕が身分証になるようなものを持っていなかったせいで、誰も僕がこの街の防衛指揮官の息子だとは気がつかなかったらしい。


 だが、一度そうだと分かると、話が早かった。

 ゾフィは僕の父さんがいる場所まで案内しようと申し出てくれて、僕を父さんがいる場所まで連れて行ってくれることになった。


 連邦軍の包囲下にあるこの街は、それほど大きな街では無い。

 街道が十字に交差する辺りに人々が集まって自然にできたもので、大きな建物と言えば学校と教会ぐらいのものだ。

 それでも、商店が立ち並ぶ通りや、町工場などが集まっている区画もあって、日常的に必要となるものは大体そろう様になっている。


 その街を守備しているのは、地元の住民を中心に結成された200名ほどの自警団と、撤退中に本隊とはぐれて取り残されてしまった正規軍が500名ほど、そしてゾフィたち近衛騎兵連隊の約200名、合計で1000名弱の人々だった。

 一般的な王立軍の編成と比べると、合計しても1個大隊に並ぶ程度の兵力でしか無かったが、それでも大勢には違いなく、それを指揮するというのは簡単なことではない。


 その指揮官として僕の父さんが選ばれたのは、僕の父さんがかつて王立軍に騎兵として勤務していた頃、少佐という階級にあったことが理由らしい。

 これは、僕などは知らなかったことだ。父さんは何も言わなかったし、当然そのことを知っていたはずの母さんも、一言もそんなことは教えてくれなかった。

 だから、僕は父さんがそんな地位にいたとは少しも思っていなかった。軍曹とか、そういうたたき上げの軍人がなる様な地位にいたのだと思っていた。


 少佐というのは、佐官としては最も下の階級だったが、それでも立派な将校様であり、軍隊の中では地位が高い方だ。

 役割としては、ちょうど、大隊ぐらいの大きさの部隊の指揮をとったり、司令部に勤めて参謀をやったりするような階級だ。しかも、士官学校を出ていなければなるのはほとんど不可能だ。


 さらに驚(おどろ)くべきことに、僕の父さんはゾフィたち近衛騎兵連隊の間では有名人だということだった。

 これは、近衛騎兵連隊に限った話では無い。今ではすっかり廃(すた)れてしまった騎兵という兵科がまだ当たり前に存在したつい10年ほど前であれば、騎兵科に所属する兵士で知らない者はいない、というくらいの知名度があったらしかった。


 父さんが騎兵という兵科に属する人々の間で有名なのは、ゾフィによるとその馬術がとても優れていたというのが第一の理由だそうだが、他にも、騎兵科の改革に先頭に立って取り組んだという経緯があるためだそうだ。


 父さんが現役だった当時、王国内で騎兵科というのは存立の危機に立たされていた。

 先の第3次大陸戦争の折に登場した戦車や自動車といった新兵器が広まり、各国の軍隊で受け入れられるにつれて、騎兵科という存在はそれらの新しいものにとってかわられようとしていたからだ。


 馬は素晴らしい生き物だったが、動物である以上、いろいろな制限があった。

 必要だからと言ってすぐに数をそろえるということができないというのが、まずあげられる。軍馬として適した馬を得るためには子馬を親馬に産んでもらって、そこから育てる必要があるし、相手は生き物だから、必要な時に必要な数をそろえるということが難しかった。


 それに、馬は毎日、世話をしてやる必要があった。草食動物なのだからその辺の草を食べさせておけばいいと思われるかもしれないが、馬にその力を十分に発揮してもらうためにはそれなりの食べ物が必要だったし、まとまった数で一つの所にしばらくいるとあっという間に馬のエサに適した植物は食べつくされてしまう。

 他にも、馬は毎日たくさんの水を飲むから、まとまった数の馬に働いてもらうためには、それだけで膨大(ぼうだい)な量の補給と、適切な環境が必要だった。


 自分の家で役に立ってもらうために何頭か飼うならまだしも、それを何千、何万という単位で実行するにはそれなりの苦労が求められてくるのだ。

 しかも、乗馬の技能を人間が習得するまでにも時間がかかる。簡単に部隊の規模を増やせないし、損失を補充することも難しく、それを維持するだけでも大変だ。


 それに比べて、自動車は楽だ。

 一度生産ラインが整ってしまえば馬を増やすよりもずっと簡単に多数の自動車を用意することができたし、人間側の一方的な都合で作る数を決めることができる。

 その上、馬を維持するために必要なエサなどに比べればずっと少ない量の燃料で、ずっと多くの仕事をこなすことができる。


 しかも、車は疲れないから、馬の様にその健康をいちいち心配する必要が無かった。車だって整備や点検は必要だろうが、その手間は馬よりもずっと少ない。

 さらに、馬と比べて車の運転操作の習得は簡単なものだった。乗馬は馬と心を一つにする必要があるし馬の機嫌や気分を知ることが大切だったが、車はいくらかの操作法を覚えればそれだけで動かすことができてしまう。

 相手は生物ではなく、心の無い機械だからだ。


 自動車は未舗装の不整地の走破性では馬に劣る面もあったものの、全体的に見て馬よりもずっと便利な存在だった。


 こういった理由から、父さんが現役だったころ、世界中で騎兵科という兵種は消滅しようとしていた。

 王国でもそれは例外ではなく、当時若手の将校だった父さんは、騎兵科の存続のために様々な努力をしていたらしい。


 だが、父さんを不運が襲った。

 ある日の訓練中、騎乗していた馬が突然、毒蛇に噛まれて暴走し、父さんは落馬して大怪我を負ったのだそうだ。

 そして、父さんが病気療養中の間に、王国では騎兵科の廃止が決定されてしまい、儀礼のための近衛騎兵連隊を残し、全ての部隊の解散が決まってしまったということだった。


 唯一騎兵科としての伝統を受け継ぐことになった近衛騎兵連隊では、騎兵科のために尽力した父さんのことを今でも語り継いでいて、知らない人はいないということだった。

 一種の伝説の様に受け継がれてきた話らしい。


 僕はその伝説の騎兵の息子なのだが、ゾフィから聞いた話は全て初耳だった。

 父さんが軍を辞めて、そこで何があったのかを僕らに教えてくれなかったのは、騎兵科が廃止になったせいなのか、それとも、自身を襲った不運のせいなのか。

 それは少しも分からなかったが、牧場で父さんは馬を何頭も飼っていて、嬉しそうにその世話をしていたから、少なくとも馬を嫌いになったということは無いはずだ。


 そして、伝説の騎兵であり、僕の父さんであるその人は現在、僕が通っていた学校に臨時に作られた司令部で、街の防衛隊の指揮を取っているということだった。


 ゾフィに案内してもらって、僕は父さんのところへと向かった。

 連邦軍の追手との格闘戦の結果、僕の服はダメになってしまっていたそうだったが、ナップザックに入れていたものや装備品はほとんどが無事な様だった。ゾフィは建物を出る前に、僕の荷物を全て返してくれた。

 それらは全て泥だらけになっていたはずだったが、全部、綺麗に掃除されていた。僕はそれをゾフィがやってくれたのかと思ったが、たずねてみると彼女はそれを否定した。

 掃除をしてくれたのが誰かは分からなかったが、後で、きちんとお礼を言いに行く必要があるだろう。


 ゾフィによると、僕が眠っていたのはおおよそ3日間であるらしかった。僕の最初の予定では、もうとっくに味方の前線近くにたどり着けていたはずの時間だ。

 だが、命があっただけ、幸運だと僕は思うことにした。


 あの夜に僕の心の中にあった感情は今でも鮮明に覚えているが、僕は生きのび、そして、僕の命を、リスクを背負って救ってくれた人々がいる以上、今はその感情のことを忘れるべきだ。


 僕がまだ学校に通っていた頃、毎日馬に乗って通っていた街並みは、時の流れと戦争によって少し変化はしていたが、僕の記憶にある姿とほとんど変わらなかった。

 模型飛行機の構造を学習するために毎日の様に通った商店も、当時と変わらない姿で街角に残っている。もちろん、営業はしていなかったが、とても懐かしい気持ちになった。


 僕が介抱されていたのは、街の数少ない大きな建物である教会の、神父様の私室だった部屋だった。

 教会ではフィエリテ市から避難してきた子供たちを預かっていたのだそうだが、連邦軍の部隊が迫って来たため、街が包囲される前に南へ向かって優先的に脱出させられたそうだ。

 その後、教会は街にある数少ない大きな建物だったことから負傷兵などが発生した時に病院として使われることとなり、その準備がされていた。神父様やシスターたちの部屋は病室になり、今では野戦病院として機能している。そのため、僕もそこへ担ぎ込まれたらしい。


 非戦闘員となった負傷兵が集まる野戦病院ということで、教会の青い屋根の上には、敵や味方からの爆撃を防ぐために、シーツを何枚も継ぎ合わせ、有り合わせのペンキで「病院」と書かれた識別標識が広げられ、ロープで固定されている。


 あまり大きな街では無いので、教会から学校までは数分でつくことができた。

 学校は街と周辺の子供たちを教育するために作られたもので、平屋の細長い建物だ。それがレンガ造りの素朴な塀(へい)と生垣によって囲まれている。

 まとまった大きな建物が街に他にないということでそこに守備隊の司令部が設営され、そこには警備の兵士が何人も巡回していた。


 僕は、ゾフィが警備の兵士に事情を話している間、そわそわしながら待っていた。

 思いもよらないことだったが、もうすぐ、僕は自分の父さんに会うことができるのだ。


 やがて警備の兵士は僕とゾフィを建物まで案内してくれ、僕らを指揮所となっている、普段は校長室として使われている一室へと導いてくれた。


 兵士がノックをすると、部屋の中からくぐもった声で「どうぞ」という返事が返って来る。


 僕らが部屋の中に入ると、校長先生の執務机で街の周辺の地図と睨(にら)めっこをしていた50代ほどの男性が顔を上げ、それから、驚(おどろ)きと感激の入り混じった表情を浮かべた。

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