8-2「戦闘空中哨戒」

 戦闘空中哨戒というのは、戦闘機にとっての主要な任務の1つだ。

 防衛するべき目標の上空で哨戒し、敵機の侵入があればそれを迎撃する。

 初陣では、爆装して出撃を繰り返したが、そういった任務はむしろ、戦闘機にとっては専門とは言えない。

 空中で、敵機と戦う。

 それが、戦闘機にとっての本分だ。


 だが、戦闘機パイロットとして本来あるべき任務に就くことができるようになったからといって、僕らに高揚感の様なものは無かった。


 ただ、やっていることが変わっただけだ。

 そして、僕らがなすべきことは、少しも変ってはいない。


 僕らがなすべきこと。

 それは、誰かの家族であり、友人でもある人々を守ることだ。


 それが、対地攻撃支援という手段によって成すのか、敵機を空中で迎撃するという手段によって成すのか、その程度の違いでしかない。


 だが、以前の任務よりも、心地よい、というのは確かだった。


 ファレーズ城への航空支援任務は、僕にとっては窮屈だった。

 敵から発見されることを防ぐために低空で進入し、目標を捉え、爆弾を投下した後は全力で退避する。

 その繰り返しだ。

 決められた行為を、決められた通りに行う。空は、僕の眼の前にどこまでも広がっているのに、僕は自由に羽ばたくことを許されない。


 もちろん、その任務が嫌だったとか、そんなはずはない。

 僕らの行動に、ファレーズ城に籠もる数百名もの将兵の命運がかかっていたのだ。


 僕は、あの選抜部隊の人々のために任務に就き、そして、彼らが自らの任務を達成し、その多くが生きて開城するのに至ったことを、嬉しく思う。


 今の新しい任務と、ファレーズ城への航空支援任務は、等しい重みを持つものだ。


 それでも、やはり、僕は今の任務の方が好きだ。


 まるで、鎖から解き放たれた様だった。


 僕らは、もはや、地面すれすれの低空ではなく、地上から何千メートルも離れた空中を飛んでいる。

 どこまでも広がる空の中を、自由に。

 何も僕らを妨げなどしない。遮ることなどしない。


 敵機が現れれば、僕らは猛禽の様に襲い掛かった。

 自分の機体の性能と、己の技術、体力の限りを駆使して。


 僕らはお互いに飛行機雲を引きながら、攻撃位置につこうと、あるいは攻撃位置につかせまいと、持てる全てを使って戦っている。


 いつしか、僕らはそれぞれ、撃墜スコアを持つ様になっていた。


 僕らの中で最初に敵機を撃墜したのは、アビゲイルだ。

 ジャック、ライカと、それに続き、その上、アビゲイルは2機目の敵機の撃墜を記録した。

 その間、レイチェル中尉は撃墜4機をマークしているのだから、さすがと言う他はない。これによって、中尉は通算で5機以上の敵機を撃墜したことになり、慣例によって「エース」と呼ばれるパイロットたちの仲間入りを果たした。


 僕も、とうとう、1機の撃墜を記録した。


 その日の空中戦は、連邦と帝国の双方を相手にしたものだった。


 フィエリテ市の防空戦では、この様な空戦は珍しいことでは無い。

 連邦軍機、帝国軍機、王立空軍機。

 フィエリテの空には毎日この3者が入り混じり、激しく戦っている。


 混迷の空だ。

 2つの陣営が戦う戦場と言うのは、古今東西に様々な例があるだろうが、3つの勢力が互いに敵対しながら戦い合うものというのは、ほとんど例を見ないだろう。


 こんな風に混迷している戦場では、お互いに敵同士であるにも関わらず、時折、運命のいたずらか、共闘する様な格好になってしまうこともある。

 僕が敵機を撃墜することができた空戦も、まさに、そういった偶然の産物だった。


 僕らの迎撃目標は、敵の爆撃機だった。

 フィエリテ市への補給経路を寸断することを目標に繰り返されているイリス=オリヴィエ縦断線への攻撃の1つで、敵はフィエリテ市から南に向かって伸びていく路線の一部、機関車の整備や点検を行っている機関庫を狙っていた。


 王国の鉄道のみならず、連邦でも、帝国でも、鉄道輸送には多くの蒸気機関車を使用している。そして、複雑な機構を持つ蒸気機関車を満足に走らせるためには、十分な整備と点検が不可欠だ。その重要さは、僕らが搭乗している飛行機と何ら変わらない。

 もし、機関庫を失えば、そこで整備点検中だった多くの機関車を失ってしまう以上に、機関車の整備能力が低下し、鉄道の輸送能力そのものが激減してしまうことになる。


 敵の監視情報を元に、戦闘空中哨戒に出ている王立空軍機の指揮、誘導に当たっている防空指揮所からの指示で迎撃に向かった僕らは、連邦軍の戦闘機部隊と、帝国軍の爆撃機とその護衛機の編隊と遭遇した。


 連邦軍の戦闘機隊は、積極的に空中戦を挑むことで戦場上空の敵対的な航空戦力を撃ち減らすことを目的とした部隊の様だった。ファレーズ城の上空で僕らを待ち伏せていた、大きな顎を持つ戦闘機と同型の機体だ。

 帝国の爆撃機は縦断線の機関庫を狙って爆弾を投下するために飛来した部隊で、以前、フィエリテ第2飛行場を奇襲攻撃してきた機種と同じものだった。そしてその護衛には、マードック曹長たちの機体を撃墜した、あの黒い戦闘機と同型の戦闘機がついていた。


 僕らの優先的な攻撃目標は帝国の爆撃機だったが、護衛の戦闘機がついているとなると厄介だ。


 帝国軍の前線がフィエリテ市に近づき、前線近くに帝国軍が臨時で設営した野戦滑走路が出来上がると、帝国軍の戦闘機隊がそこへ進出を開始した。

 開戦後しばらくは航続距離の長い双発戦闘機が護衛でついてくるのが主で、高速で重武装のその双発戦闘機だけでも手ごわい相手だった。だが、そこに、空中での運動性能にも優れる単発の戦闘機が加わって来たのだ。


 王立空軍も態勢を整え、フィエリテ市上空で防空任務に就く戦闘機の数を増やしつつあったが、護衛を伴ったその帝国軍機の編隊を迎撃することはやはり難しい。


 だが、戦場には連邦の戦闘機部隊が先に到着しており、僕らが辿り着いた時には帝国の護衛戦闘機と空中戦の真っ最中だった。


 おかげで、帝国の爆撃機の守りは手薄だった。


 僕らの直接の指揮官であるレイチェル中尉は、このチャンスを見逃さず、僕らに突撃を命令した。


 帝国の爆撃機は僕らの接近に気が付き、装備した機関銃で激しく応戦してきたが、それで怯んでしまっていては、僕らはこの戦争に負けてしまう。

 僕らはレイチェル中尉を先頭に、次々と敵機に襲い掛かった。


 この時も、レイチェル中尉は敵機を撃墜した。中尉は巧みな操縦で機体を操り、敵機のエンジンを正確な射撃で炎上させ、推力を失った敵機は田園に墜落していった。

 ジャック、アビゲイルがそれに続き、攻撃を成功させた。それぞれ敵機に命中弾を与え、2人共1機ずつ、合計で2機の敵機のエンジンから黒煙を吐かせることに成功した。

 エンジン停止には至らなかったが、それ以上の任務遂行は不可能と判断した敵機は抱えて来た爆弾を投棄し、慌てて逃げて行った。

 ライカは、残念ながら射撃の機会を得ることができなかった。彼女の機には敵機からの反撃の射撃が集中し、無理な攻撃は危険と理解したライカは攻撃を中止して回避運動に入った。おかげで、ライカは敵機にダメージを与えることはできなかったが、機体も彼女自身も無傷で済んだ。


 そしてそれは、僕にとっては大きなチャンスだった。

 僕の方にもいくらかは敵機の反撃が向けられてきてはいたが、ほとんどはライカに向いていたので、僕の方は手薄だった。1発、翼に命中弾を受けたが、小銃弾相当の威力の、中に炸薬の無い通常の弾丸だったために穴が開いただけで、何の支障も無かった。


 僕は照準をつけると、レイチェル中尉から繰り返し言いつけられている通り、敵機のエンジンを狙って射撃を集中した。


 これまでの戦いの中で、その敵機の大きさは、僕ら、王立軍にも理解されつつある。だから目算で敵機との距離はほぼ間違いなく出すことができる様になっていたし、正しい射撃距離で射撃ができたので、命中率も良かった。


 僕らが乗る機体、エメロードⅡBは、12.7ミリ機関砲を2門、装備している。この武装が何故、機関砲と呼ばれているかと言うと、弾丸の内部に炸薬などを詰め込むことができ、大砲と同じ様に榴弾を発射することができるからだった。


 ベルト式で給弾されるこの機関砲には、3つの種類の弾丸が用意されている。

 貫通力に優れる徹甲弾、着弾と同時に破裂する榴弾、弾道を見やすくするのと同時に敵機の火災を狙った曳光弾。

 これが順番に給弾ベルトに差し込まれ、敵機に向かって発射されていく。


 僕は多くの命中弾を与え、射撃を終了し、旋回して退避行動に入った。攻撃の効果を確認するために敵機の方を振り返ると、僕が攻撃を実施した敵機はちょうど炎を噴き上げたところだった。


 そして、その炎はあっという間に大きくなり、爆発となって、その敵機の片翼を千切り取った。

 敵機はバランスを崩し、くるくると回転しながら落ちて行って、地面に激突してバラバラになり、そして、搭載していた爆弾の誘爆を起こして木っ端みじんになった。


 レイチェル中尉はその戦果だけでは満足せず、再攻撃を仕掛けようとしたが、帝国の爆撃機たちはもはや戦意を失っていた。

 もはや重りにしかならない爆弾を次々に投棄すると、旋回して逃げに入ったのだ。


 彼らが投棄していった爆弾が落ちた先に、人家などが無かったのは幸いだった。


 さらに追撃をかければ、より多くの戦果をあげられたかも知れなかったが、連邦の戦闘機と、帝国の護衛機による空戦も収束しつつあった。

 深追いして損害を出すよりは、ほぼ無傷で帰還するべきだと判断したレイチェル中尉は僕らを集合させ、撤退した。

 生き残った敵の戦闘機が何かをしようとすれば、当然、僕らはその阻止に動くつもりだったが、幸いなことに敵戦闘機もこれ以上戦うつもりは無くなっていたらしく、それぞれの基地へと機首を向けて飛び去って行った。


 帰り道で、僕は、他のみんなから口々に祝福の言葉を受けた。

 実際、僕も嬉しかった。


 僕は初めて、敵機を撃墜したのだ。

 敵機を撃墜し、その敵機が爆弾を落として失われるはずだった誰かの命を、僕は救ったのだ。


 だが、心の片隅に、小さな棘の様なものが残る。


 僕の脳裏に、あの日の光景が浮かぶ。


 もう、1カ月以上も前になってしまった、あの日。


 マードック曹長が、2度と空から還らなかった日。


 操縦系を失ったマードック曹長の機体が敵機に撃たれ、紅蓮の炎が吹き上がって、そして、砕け散っていく、あの光景。


 僕は、敵機を撃ち落とした。


 僕は、それによって、その敵機が奪おうとしていた、いくつもの命を救った。

 それは、間違いない。


 だが、同時に、僕の心の中で、何かが囁いている。


 僕が落とした、敵機。

 炎に包まれ、砕け散っていった。


 あの機体には、いったい、何人が乗っていたのだろう、と。


 僕は、その囁き声から、必死に、自身の意識を逸らすことしかできなかった。

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