3-3「新鋭機」

≪バンバンバンバンバンバン! ≫

≪ズダダダダダ! ≫


 必死で回避運動中の僕の耳に、いい大人たちの、事情を知らなければ滑稽こっけいにしか聞こえない大真面目な演技が聞こえてくる。

 これは、訓練などで実際に射撃ができないとき、その代わりに「射撃中」であることを主張するために、よくあることなのだ。


 今回の場合、狙われているのは僕たちだから、実弾で撃たれてはたまったものではない。

 実弾ではなく、演習用の専用弾薬、命中すると命中個所で砕け染料で着弾部分を着色するペイント弾なるものもあるのだが、こちらも、訓練用の標的以外に使うことはめったにない。

 実用機相手に使うと、掃除がとても面倒というのもあるが、一番大きなのは予算だ。


 俗っぽい話になるが、僕らは国民からの税金で飛行機を飛ばし、訓練を実施している。

 これはもちろん、国防のためという立派な目的があるのだが、だからと言って際限なく浪費していいわけでは無い。

 1発、1発は大した金額ではなくとも、演習の度に撃ちまくっていたら、その消費はあっと言う間に数百万発にも達するだろう。

 全体から見れば割合の小さな出費であっても、削る機会があれば削らなければならない。

 そうすれば、その分をもっと有意義に使えるかもしれないからだ。

 そうでなければ、納税者に対して説明できない。


 だから口で演技するのだが、これを馬鹿にしたり、恥ずかしがったりしてはならない。

 何だか小さい子供がするごっこ遊びの様に幼稚ようちで、大人がするにはどうしても滑稽こっけいに思えてしまう様なことであろうとも、だ。


 それができなければ、一人前のパイロットとは言えない。


 僕は、必死で襲撃者の姿を探した。

 操縦桿を引きながら、荷重で重くなった首と身体を精一杯動かして周囲を確認する。


 幸か不幸か、襲撃者たちが最初に狙ったのは、ジャックとアビゲイルの第1分隊だった。

 右旋回で回避運動を取っていた2機の上空をかすめて、襲撃者たちの機影が飛び去り、素晴らしい上昇力で高度を稼いでいく。


 それは、見たことの無い飛行機だった。


 見た限りでは、単発単葉単座の戦闘機で、機体はまだ実戦配備のされていない開発中の機体であることを示す黄色で塗られ、他の王立空軍の単発機と同じ様に機首上面が防眩ぼうげんのための黒で塗られている。


 これだけだと、中尉の乗っているエメロードⅡとあまり変わらない様に思えるが、大きく違っている点がある。


 空冷星形エンジンを装備しているエメロードⅡは機首が円筒形をしており、空気を取り入れてエンジンを冷やすために前面が大きく開口しているのだが、襲撃者たちが駆る2機の試作戦闘機にはそれが無い。

 その飛行機は鋭く磨かれた槍の切っ先の様に、機首に行くに従って鋭く絞り込まれたエンジンカウルを持っている。


 これは、空冷式エンジンではなく、液冷式のエンジンを装着しているためだろう。


 空冷式エンジンは機体前方から空気を取り込んで冷却を行うため、より効率よく空気を浴びるためにエンジンの回転軸周りに放射状にシリンダーを配置している。これが星形と呼ばれる形状になる。この構造のおかげで空冷星形エンジンは構造が簡単で全長が短く作れるのだが、その分大きな直径を持つようになり、これを装備する飛行機の機首は必然的に太く、円筒形になる。


 一方で、液冷式エンジンは、エンジンの冷却を冷却液で行い、冷却液が持った熱を別に設けたラジエーターで放出することで、エンジンの温度上昇を防いでいる。

 空冷式の様にシリンダーに空気を当てる必要が無いため、液冷式エンジンはエンジンの回転軸に対してシリンダーを直角に配置し前後に並べた直列式や、角度をつけて配置したV型、それを上下さかさまにした倒立V型、V型を上下にくっつけたX型といった、様々な形が用いられている。

 空冷式と異なり、冷却のための装置が必要で構造が複雑になる他、全長が長く、総重量が重くなるものの、エンジンの直径を小さくできるという特徴を持つ。

 つまり、空気抵抗をより小さくできるというのが、液冷式の大きなメリットだった。


 飛行場の格納庫には様々な飛行機があり、その中に液冷式のエンジンを装備したものもあったが、僕は、何度思い出しても、その試作戦闘機を見たことが無かった。


 あれは、完全な新型だ!


≪判定、ジャック機、アビゲイル機、撃墜! ≫


 ライカが機体を水平飛行に戻したのでそれに追随しながら、僕は、中尉がそう判定するのを聞いた。


≪ちょっ!? 中尉殿、いきなりはずるいですよっ! ≫

≪そうですよ、あたしらにも反撃のチャンス、くださいよ! ≫

≪だーまーれっ! 撃墜されんのも訓練の内だ! ≫


 ジャックとアビゲイルは口々に抗議するが、中尉の判定はくつがえらない。


≪そういう訳だから、ライカ、ミーレス! 見事僚機の仇を討ってやりな! ≫

≪そ、そんなこと、言われたって! ≫


 中尉のあおりに、ライカは動揺した声で返答する。


 その間に、2機の新鋭戦闘機は高度を取り終え、機首をこちらへ向けて、再度の一撃を加えようとしていた。


 このままでは、僕らも簡単に餌食えじきにされてしまうだろう。


 僕は無線のスイッチを入れた。


≪ライカ! とにかく速度をあげよう! ≫

≪わ、分かった! そうだよね! ≫


 ライカの返答を聞くと、僕は機体の燃料の供給レバーを「巡航」から「常時」へと切り替え、エンジンのスロットルを最大に上げた。

 燃料の節約のために制限され、薄く供給されていた燃料が設計上の上限いっぱいまで濃く供給され、カモミエンジンが力強く鼓動する。

 速度計の数値がぐんぐん上昇し、毎時300キロメートルの巡航速度から、エメロードの全速、毎時440キロメートルまで加速する。


 だが、高度有利で、高度を速度に変換しながら突っ込んで来る新鋭機は、僕らよりもはるかに速かった。

 後方を確認すると、もう、射撃位置につこうとしている。


≪編隊を解いてバラバラに逃げよう! ミーレス、左へ! 私は右に! ≫

≪分かった! 旋回、旋回! ≫


 僕とライカは、新鋭機の攻撃をかわすために別々の方向へ急旋回した。

 エメロードの運動性は抜群だ。それに、今は十分な速度がついているから、射撃して命中させることは難しいはずだ。


 命中しないと判断したのだろう。新鋭機たちは射撃したことを主張しないまま、僕らを追い越し、再上昇していった。


 新鋭機のテストパイロットであるだけに、その2機のパイロットはベテランの凄腕すごうでであるようだった。無駄な射撃をしないという判断ができている。


 しかし、彼らは致命的なミスを犯した!


 彼らは僕の前に出たのだ。

 チャンスだ!

 前方にいるということは、僕の機体の、銃口の先にいるということだ!


 僕は機首を新鋭機の方へ向けると、彼らを追って機体を上昇させ、2機の新鋭機を追った。


 それが、釣りであることも知らずに。


 新鋭機は、その先鋭な機影を垂直に立てると、まるで重力など存在しない様に、真っ直ぐ、高く、登っていく。


 僕は、その性能に目を見張った。

 ダメだ、追いつけない!

 それどころか、僕の機体は徐々に速度を失い、どんどん引き離されていく。


 このまま上昇を続けても、僕が失速してしまうだけだ。


 僕は一度も射撃機会を得られぬまま、追撃を諦めるしかなかった。

 僕は機首を下げると、ライカの機影を探し、彼女と合流するべく機首を向ける。


 だが、僕の機体が速度を失っているこの時、この瞬間は、2機の新鋭機にとっては絶好の攻撃チャンスだった。


 飛行機というのは、一定の速度が無ければ十分な性能を発揮することができない。

 速度がなければその分小さな旋回半径で旋回できるが、のろのろとした速度では機体の実際の位置の時間当たりの変化量は小さく、容易に射線に捉われてしまう。

 その上、今の僕は失速して機体から気流が剥離はくりし、満足に操縦できなくなる一歩手前という、危険な状況にあった。


 つまり、僕は速度を回復するためにただ降下する他はなく、機体は速度を失っているためにのろのろとしていて狙い易く、無理やり旋回をしても鈍い運動性しか発揮できないということだ。


 僕は、罠にはめられた。

 2機の新鋭機のパイロットは、ことさらに隙を作って見せることで、僕をいともたやすくほふることができる状態を作り出したのだ。


≪バンバンバンバンバン! ≫


 無線越しに、新鋭機のパイロットが射撃中であることを知らせて来る。

 直線でしか動けない状態の僕は、いい的でしか無かっただろう。


 2機の新鋭機はそのまま僕を簡単に抜いていくと、たった1機だけ残ったライカに、容赦ようしゃなく襲いかかっていった。


≪ぅぇぇっ!? 2対1とか、無理だよっ!? ≫


 ライカはそんな悲鳴をあげながら、それでもどうにか回避しようと機体を旋回させるが、2機相手ではどうにもならなかった。


≪だだだだだだだーっ! ≫


 2機の新鋭機は短くライカに向かって射撃すると、再び上昇に移り、戦果を主張するためか機体を360度ロール(横転、この場合は1回転)させていった。


 翼が日の光を反射し、綺麗だ。


≪はーい、ミーレス、ライカ、げきつーい。小隊、ぜんめぇつ! ≫


 無線越しに、中尉の判定が聞こえてくる。


 何だかちょっと機嫌が良さそうな声だったのがしゃくさわったが、実際のところ完敗だったので、僕はグゥの音も出なかった。

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