103.試し焼き 一

「そっちどうですか?」


「いいぞ」


「火力も申し分ないですね」


「このコンロが使いやすくて良かったよ」


 屋台のなか、四口のガスコンロを前に千佳と並んで玉子串を焼き上げていく。


「すごい、かっこいいよ相楽さん! 黒ユニもプロっぽい!」


 屋台の正面、アクリル板を挟んだ向こうには、指先でフレームをつくりのぞき込む小湊さんがいた。まるで取材の下見をするカメラマンのようで、そのファインダーに写るこちらまで照れくさい。

 とはいえ、そうして小湊さんの気持ちも分かる。

 今日の僕らはいつもと違い、お揃いの黒ユニフォーム姿をしている。昨日、千佳がゲンジさんから受け取ったこの服は、胸に『一串入魂ひとくしにゅうこん』の筆字が豪快に躍る特注で、それを着た僕達が屋台で調理している姿は外から見ればまさに夏祭りの絵となるのだろう。

 本来なら須藤もいたはずだが、急にバイトのシフトが入り、今日は遅れての参加となっていた。


「……こんなのでいいのでしょうか?」


 千佳は首を傾げる。しかし小湊さんは、なお食い入るようにアクリル板に近づいて、フライパンの上で黄金色に焼けていく玉子をまじまじと見つめていた。


「いいに決まってるじゃない……! そりゃ派手なパフォーマンスじゃないけれど、匠な感じがすっごい出てる! もうね、職人よ、職人のフライパン捌きよ!」


「ふふ、ありがとうございます」


 そう笑顔を返す千佳は手元を見ていない。見なくても手がその挙動を覚えているのだ。


「ほら、アンタも絵になってんだからね!」


「おう」


「期待してるわ!」


「おう」


「いろんな意味でね?」


「おう。ってなにもないから! 千佳もこっち見んなよ手元見ろ!」


 あぁもうまたそんなことを言うからまた千佳にぞろ疑われてるじゃないか。

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