76.クラフトエリア 一

「っしゃいませー」


 店主だろうか、茶髪のショートボブをした女性が奥の椅子に座っている。特に接客というわけでもないのか、こちらに一声かけただけでスマホを触りだした。


「祐司さん、祐司さん」


 はっとして、慌ててディスプレイに目線を戻す。そこに並べられている商品はどれもが木工細工で、緻密な図柄が彫られたリングや羽根を模したキーホルダーなど、様々な種類が売られている。

 その中で千佳が見ていたのは、まだら模様のブレスレット。


「変わった色だ」


 赤茶と黒が混ざった独特の色合いをしている。


「これ、すごい存在感ですね。幅広なブレスレットですし、どうしても目がいっちゃいます」


 声が弾んでいる。


「こういうの好きなのか?」


 千佳がアクセサリーをつけているところを見たことがない。もしかしたら俺が知らないだけで、友達と遊びに行くときには付けて行っているのかもしれない。


「好きですけど、つけるまではしませんね」


 バツが悪そうに苦笑する。


「あー、それはまたどうして?」


 好きなら付ければいいのに、と単純に思うけど、そういうわけにもいかないのだろうか?


「学校では禁止ですし、それに料理するときにちょっと」


 あぁ、家事の邪魔か。千佳らしい理由だな。


「こっちのお店はシルバーですね」


 隅々まで眺めては、ショップを梯子してまわる。

 なにかいいのがあればプレゼントしようと思っていたが、千佳は手にとっても柄やサイズを見るだけですぐに戻してしまう。


「いいのは見つかったか?」


「惜しい! っというのはちらほらと。でも色々見れて面白いです」


 引き続き楽しんではくれてるらしい。何も買わないから内心クラフトフェアは合わなかったかと思ったが、それなら良かった。


「次は雑貨か」


 最後のインテリアゾーンに差し掛かる。


「見てくださいあの食器棚、それに丸太のテーブル? 持ち帰れます、あれ?」


「流石に持ち帰れないだろ。あとで配達してくれるんじゃないか?」


「あぁそっか、びっくりしちゃった」


「……」


 クスクスとくだけた調子で笑う千佳に、思わず視線が奪われた。


「ぁ、フクロウの木彫り? 玄関に飾ってあったりするあれですね。わ、お高い……。? 祐司さん、どうされました?」


 きょとんと小首を傾げる仕草さえ、あの日までの千佳とダブって幻視える。けれどそれも一瞬のこと、いつもの口調に戻ると同時に掻き消えた。


「あ、あぁ。八万ってそれだけ良い材木なんだろうな」


「いくらイベントだからとはいえ、このお値段は……、買う人は現れるのでしょうか」


「買わなくても、人は集まるんじゃないか? 俺らみたいに」


「なるほど。あ、あっちはアンティーク雑貨ですね。ふふ、ちょこんとしてて可愛いです」


「……」


 次に次にと目線が飛んで、ぴょんぴょんと渡り歩く姿がまるでウサギのように見えて可笑しく見えた。


「ぁ、祐司さんもいいもの見つけました?」


 来て良かった。心からそう思う。


「ちょっとな。向こうに制作体験コーナーあるけど行ってみないか?」


「はい!」


 その後もショップ巡りを続け、クラフトエリアをくまなく楽しんだ。


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