新月の花が色めく夏に

葦ノ原 斎巴

1章

1.夕焼け小道 一

 世界に二人だけだとか。

 俺は正義のヒーローで、千佳ちかがお姫様だとか……。

 そんなことを恥ずかしげもなく本気で信じられたガキの自分。


 これから始まる夢はそう。

 崖から足をすべらせて、生死の境を彷徨さまよったこと。


 その時にきざまれた心的外傷トラウマが記憶の底から呼び起こす、幼き頃の憧憬しょうけいだ。


『――またまたぁ~、そんなはずないじゃない、ゆうったらおかしなこと言うんだからっ!』


 頭にかぶった麦わら帽子を大きく揺らして笑うのは、いつもボクを外の世界に連れ出してくれる女の子。


『――ねぇねぇ、ゲンじいがこんど、すっごくおっきな花火あげるんだって!』


 遊び疲れて家へと帰る夕焼け小道。話題は週末に行われる花火大会のことだった。


『あのねあのね、――』


 夢はいつも断片的で、ところどころ細部は抜け落ちている。けれど何度も見た夢だ、繰り返し見るなかで拾えた部分もちらほらあった。


『――だからわたし、いいことおもいついちゃった! いつものうらやまから見たら、すっごいきれいに見えそうじゃない?』


 いつもの裏山とは、神社の裏手から繋がった先の高台だった。山の中腹にあり、確かにそこからの見晴らしはとても良かった。

 千佳はボクの耳元に口を寄せ、こしょこしょとささやく。


『――こっそりぬけて、うらやまから花火を見よう?』


 危ないよ、と言ったんだ。


『――だいじょーぶ、いままでだってへいきだったし』


 夜にいったことないし。


『――あかりもってくよ』


 でも抜け出すなんて。


『だって――』


 ボクは反対してたんだ。でも結局ボクは、頷いていた。


 この頃ボクはヒーローに憧れていた。

 願えば、思えば叶うとそう信じて疑わなかったんだ。そして花火が見たいと千佳が、お姫様が言ったんだ。だったらヒーローボクお姫様千佳を守らないといけないだろう? そう考えたんだろうと思う。


『――にしし。それじゃ、まねしてね?』


 千佳はボクと向かい合い手を前に出す。

 ボクも千佳にならって手を前に出し、薬指を絡ませた。


『――いくよ? せぇ~のっ』


 嬉しくてたまらない。そんな千佳の表情にボクも堪らず笑ってた。


「「ゆびきりげんまんウソついたらはりせんぼんのーます、ちぃ~ぎった!」」


 花火大会当日、祭り会場の神社には露店が並び賑わっていた。

 打ち上げ時刻が近づいてくる。

 大人の目を盗み二人会場を抜け出して、新月の闇を懐中電灯の明かりだけを頼りに高台へ。


『――もっとよく見えるから』


 駄目だ、


『――もうすこし』


 行くな。


 崖の先に近づいて。

 大輪の華が咲き誇るなか、気づけばボクは宙に身を投げ出していた。

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