ホシノコ 〜星に願いを〜

くまっこ

第1話 ホシノコ

カンキロコロリン、カンキロコロン

 ホシノコが来るよ。

カンキロコロリン、カンキロコロン

 奇妙な鈴の音が聞こえたら

カンキロコロリン、カンキロコロン

 ホシノコが来るよ。

カンキロコロリン、カンキロコロン

 奇妙な鈴の音はホシノコの合図。

カンキロコロリン、カンキロコロン

 星をまき散らしながら

カンキロコロリン、カンキロコロン

 ホシノコが来るよ。


カンキロコロリン、カンキロコロン


 ホシノコが来るよ……。



◇ ◇ ◇


 ある寒い寒い冬の日のことです。

 街から少し離れた河原の草むらに、一人の女の子が膝を抱えて座っていました。

 誰もいない冬の河原はしんと静まり返っていて、たまに河原の脇を通る人たちも、草むらの影に息を潜めるようにしゃがみ込む女の子には、まるで気が付かないようです。

 河原を照らしていたやわらかな日はすでに落ち、辺りがその色彩に濃紺を纏ってから随分経つというのに、女の子はずっと、身動みじろぎ一つせずにぼう、と川面かわもを見つめているのでした。


 女の子の見つめる川面は、まるでお祭りの日の夜のように賑やかでした。

 雲一つ無い夜空では数え切れないほどの星が瞬きを繰り返し、それに応えるように、川はきらきらと光を跳ね返しています。そしてそのきらきらは、どれも似たような光なのに、ひとつも同じものはないように、女の子には見えていました。

 やがて、さらに夜は更け、賑やかだった川面にはゆらゆらと霧が上り始めました。立ち上る霧は辺りの空気を凍えさせるには十分の冷気を身に纏い、あらゆるものを冷たく包み込みます。

 女の子の切り揃えられた前髪は霧を浴びて氷のように冷たく額にあたりましたが、それでもその場から立ち去ることなく、突き刺さるような冷気の中、女の子はただただじっと川面を見つめているのでした。


 それからしばらく、一時間も経った頃でしょうか。女の子の頭上で、一つの星が流れました。

 霧に包まれた川を眺める女の子はそれに気付きようもありませんでしたが、流れ星は確かな軌跡を描いて夜空を渡り、そのままふうわりと地上に到達したかのように見えました。


 ――カンキロコロリン、カンキロコロン


 そのとき不意に、霧の中から奇妙な音が聞こえてきました。


 ――カンキロコロリン、カンキロコロン


 それは鈴の音のような、高い金属音のような、トンネルの中で鐘を鳴らしたときの反響音のような……それでいて静やかに心地よく耳に響く、とてもこの世のものとは思えない不可思議な音色でした。


 ――カンキロコロリン、カンキロコロン


 三回目の音が鳴り響いた刹那、唐突に、辺りが眩い光に包まれました。

夜の闇に慣れた目はあまりの眩しさに耐えきれず、女の子は手で光を遮り瞼をぎゅうと閉じます。瞼の裏に映る光の残像が和らぐのを待って、女の子は顔に当てた指の隙間から辺りをそっと窺いました。

 すると――

 女の子の目に、一人の男の子が映りました。

 濃く立ちこめていた霧は僅かの間に跡形もなく晴れ、川面には霧の代わりに、白い服を着た男の子が立っていたのです。

「みーつけた!」

 男の子は嬉しそうに言うと、まっすぐ女の子に向かい水面みなもを滑るように移動し、目の前で地に足をつけました。

「君が、カナちゃん。十二才。クッキーが大好き……だよね?」

「あなた、だれ? どうしてわたしを知ってるの? ……もしかして天使様?」

 女の子は見ず知らずの男の子に自分のことを言い当てられ、驚いてそう聞き返しました。男の子の背には大きな白い羽が生えていて、幼いころに絵本で読んだ天使みたいだと思ったのです。

「僕は『ホシノコ』だよ。天使とはちょっと違う――星にかけられた願いごとを叶えるのが、僕の仕事!」

 そう言って男の子は少しだけ頬を赤くしてはにかみ、空を指差しました。


『流れ星に三回願い事を唱えると、お星様が願いを叶えてくれるのよ』


 それはとても聞き覚えのあるお話で、小さかった頃そう言って聞かせてくれたのは誰だったかしら、と、女の子は懐かしく思いました。

 でも――

「でもわたし、星に願いごとなんかしてないよ」

 女の子はずっと川面に映る星を見てはいましたが、流れ星を見てもいなければ、願いごともしていなかったので、ホシノコと名乗るこの男の子が叶える願いなんてない筈です。

「うん、そうだね」

 ホシノコは素直にそう答えると、女の子の様子を窺うように、また口を開きました。

「ねえ、どうしてここにいるの? もう一月ひとつき、ここに座っているよね? ……君のお父さんとお母さん、心配しているんじゃないかなあ」

 女の子はホシノコの問いに顔を強ばらせ、そしてそれを振り切るように空を仰ぎました。


「――ハナが死んだの。わたしが殺したの」


 澄んだ空気と高すぎる空は女の子の声をかすかに震わせ、その声は川のせせらぎにかき消えてしまいそうでしたが、ホシノコはそれを静かに見つめ、女の子は空を見上げたまま言葉を続けます。

「あの日、ハナがお庭でとっても寒そうだったから、お父さんに内緒でお部屋に入れてあげたの。そしたら――そしたら、気付いたら、お家が燃えてたの。わたしのお家、火事になったの。わたしは消防士さんが助けてくれたけど、ハナは駄目だった。誰もハナが家の中にいるなんて知らなかったんだって。外にいなかったから、きっと先に逃げたんだと思ったって……。

 お母さんとお父さんはね、わたしが助かって良かったって言ってた。「命があってよかった」って……全然よくないの。だって――だってハナの命は、なくなっちゃったもの。全然よくないよ……」

 女の子は、抱えたままの膝に顔をうずめました。今まで誰にも言えずにいた気持ちを白い息とともに吐き出し、そうして、この河原に来て初めて女の子は涙を流したのでした。

「ねえ……星に願いをかけたのは、ハナだよ」

 ホシノコは女の子の隣に座って、優しい声で言いました。

「君とハナがまだちっちゃくて、出会ったばかりの頃、ハナと一緒に星に願いごとをしたの、覚えてる? ――ハナは覚えてたんだって。僕は、ハナの願いを叶えにきたんだ」

「ハナが? ハナはなんて? わたしのこと――」

 恨んでいるんじゃないの? と言おうとして、女の子はその言葉を言えずに飲み込みました。

 女の子は、ハナを殺した自分はこのまま死んでもいいとさえ思っていましたが、それよりも、大好きなハナに嫌われてしまったという事を突きつけられるほうが、とてつもなく恐かったのです。

 女の子は、飲み込んだ言葉を吐き出すように息をひとつ吐いて、落ち着いた目をホシノコに向けました。

「ハナがもし、わたしを恨んで、星にお願いをしたのなら、殺しても、いいよ」

 そうゆっくりと言ってまた、何かを見逃していないか確かめるように、女の子は川に視線を戻します。

「ほんとうはね、ハナに謝りたかったの」

 女の子の暮らすこの地域では、死んだ者は皆、星になるのだと信じられていました。夜の川に映る星とともにその魂はこの川を下っていき、その途中で、本物の星に生まれ変わるのだと。

 女の子はハナと別れた日からずっと、ハナが川を通るのを待っていたのです。ハナが星になり手の届かない所に行ってしまう前に、どうしても「ごめんなさい」と直接言いたかったのです。

「……会わせてあげるよ」

 そう言いホシノコが手を取り立ち上がると、女の子の体は地面からふわりと浮き上がりました。驚く女の子にニコッとはにかみ、背の翼を羽ばたかせます。

「さあ、行こう!」

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