マエストロ・ザ・ストーリア 〜学校知識は異世界で役に立ちます〜
momotetu
第1話 万能参考書
ポキッ。
シャーペンの芯が折れる。
一気に勉強をしようというやる気が失せる。
「……はぁー。」
弥太郎は焦っていた。
その理由は分かってるし、単純明快だ。
学校の成績が悪いのだ。
昔はまだ良かった。
中学の時は常にクラスのトップにはなれなくても2・3番の地位には落ち着いていたし、毎回努力圏という結果を、突きつけられていたこの進学校にも奇跡的に合格する事ができた。
全てはうまくいくと思っていた。
でもそれがとんでもない驕りだと気付かされるのにはそれ程時間は掛からなかった。
その学校で初めて受けた試験では学年で下から数えてそれ程手間のかからない順位をとり、3学期最後のテストでもその地位が変わる事はなかった。
周りの皆は当たり前のように勉強ができ、うまくクラスに馴染めなかった自分は疎外感を感じていた。
だからこそ2年生が勝負だった。
新しいクラスが決まり、新しい学期が始まろうとしていた。
そういうのもあってだろう。
僕がこんな物を買ってしまったのは。
椅子の上で背中を伸ばしながら部屋の片隅に放置してある大きな物体を見る。
万能参考書。
そんなタイトルを掲げ、本屋で誰も見向きもしないであろう死角、辺境に置いてあった。
その大きさというのも表紙は赤チ○ート並の大きさで厚みは実に広○苑5冊を一冊にした感じである。
正直今だから思えるが、馬鹿じゃん。
僕のその時の状態がどれだけ異常だったかは理解して欲しい。
そして衝動買いをした。金額は五万円だった。
もう一度言おう。
馬鹿じゃん!
……重ね重ね言うが、その時の僕の精神状態が度重なるテストのストレスの連続でぶっ壊れていたのを理解して欲しい。
加えてその日たまたま正月から、財布に入れっぱなしにしていたお年玉の合計がぴったり五万円だったのも、背中を思い切り押して崖に突き落としてくれた。
椅子から立ち上がり、その本の元へと歩く。
持ち運びも大変だったなぁ、と思いながら、買った時の様に抱える様にして机の上まで運ぶ。
「……………よしっ!」
気合を入れる。
そして僕はその本とも呼べない、鈍器のような物の第一ページ目を開いた。
それがこれからの悪夢の始まりだとも知らずに。
〜半年後
「はぁっ、はあっ、はぁ…………。」
僕は相もかわらずに僕の机で万能参考書と格闘していた。
いやっ、あの日からずっと引き篭もっていた訳ではない。
ただいかなる時も、体育祭の時も、曽祖父の葬式の時も、風呂の時も、ただ一度として参考書を手放す事がなかっただけだ。
万能参考書には何というか、見ずにはいられない魔力があった。
これまで学校知識なんて将来使う事ないよ、なんてほざいていた僕ですら見事やる気を出すスイッチを押されたし、今も押され続けている。
クラスとの親睦、恋愛、全てを切り捨て、勉強の為に全てを費やした半年間だった。
だがそれも今日までである。
そう、僕は今最後の一ページにてをかけていたのである。
現代文、古典、数学のあの分厚さに何度絶望を感じただろう、なんて思い出がフラッシュバックする。
「これで終わりだ!」
最後一ページをめくった。
最後のページには何も書かれていなかった。
ただよく見るとページの下の方に聞いた事のないような出版社の名前が書いていただけだった。
呆気ない最後であったが、僕には関係ない。
終わった。
そんな感情に浸りながら裏表紙を閉じた。
「終わった……。」
こうして振り返ってみれば寂しいものである。
何かに取り憑かれたように勉強に励み、その成果もあってか成績はうなぎ上りだった。
この参考書は勉強をする楽しさも教えてくれた。
そういう意味では僕がその参考書に抱く気持ちは感謝、その一言に尽きた。
「終わった……か……。さて……。」
寝よう!
あの日以来一度も出来なかった安眠だ。
参考書に追われ、参考書を追いかけてきた半年だった僕に安眠などなかったのである。
そういえば明日から夏休みだ。
まぁ進学校ゆえに補習はもちろんあるのだが……。
「明日くらい休んでもいいでしょ……。」
僕はベッドに横たわる。
ベッドには参考書の付録の英単語帳を切り取って貼りつけていた。
勿論寝る前に確認して起きた後に確認する為だ。そんな単語帳も適当に集めて床に放り投げた。
早く寝たかった為だ。仕方ない。
「はぁ………おやすみなさい。」
参考書に向かっておやすみと言う奴は多分この世に1人もいないと思うが、許してやってほしい。最早四六時中共にしたその参考書がなければ眠れない程彼の頭はぶっ壊れていたのだ。
参考書に抱きつくようにして眠りに落ちる弥太郎。
彼は実に半年ぶりの8時間睡眠をとる事ができたのだ。
「13928ページ!」
そんな風にして飛び起きるのも、もう病気だと思って目を瞑って欲しい。
僕の頭はもう参考書に支配されていたのだ。
しかしそんな頭でも少しおかしい事に気づいた。
いつもと同じベッド、いつもと同じ寝巻き、いつもと同じ参考書、そしていつもと違う……日差し?
あれっ、カーテン閉めてたし、僕の部屋は朝日が入らない筈じゃ……
寝ぼけた目を擦って周りを見渡す。
そこは森だった。
見た事のない青々とうねった木々と、見た事のない紫色の巨大な植物。
そして見た事の虹色のグラデーションの……虫。
「うぎゃあああ!」
布団の上の虫を手で追い払う。
そして僕は直感的に気付く。
ここ異世界だ!
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