第14話 不死

 射干玉のあとをついていき辿り着いた場所は広場だった。公園というには遊具がなく、ただ周囲に樹木が植えられているだけである。人気がまるでないのは時間帯のせいでも、この場所が不人気だからでもないだろう。


 その確認のために、月宮は射干玉に訊く。


「人払いがしてあるのか?」


「そうみたいだね」


 答えたのは如月だった。彼女は魔力感知、魔術察知の才能が秀でている。姫ノ宮学園に拾われていなければ、もしかしたら魔術機関に拾われていたかもしれない。


 魔術機関。


 あまり月宮は縁のない組織だが、魔術師であるアイリスや愛栖愛子にとっては、縁の深い組織だ。そこに属さなければ魔術師とは言われない。ただの魔術使いだ。

魔術師たちの目的がそのまま魔術機関の目的である。彼らは《神界》へ到達することだけを、数百年以上志している。いまだに魔術師で到達した者は確認されておらず、魔術機関に属する魔術師たちは日夜、研究に明け暮れているのだという。


 愛栖からそう聞いていたが、彼女を見ていると本当に明け暮れているのかどうか疑わしい。たとえばミゼットは研究に没頭し、その目的を果たそうとしていた。月宮の中では彼が最も魔術師であると言える。


 あの黒い魔術師だけは疑う個所が違う。そもそも本当に魔術師なのか、ただ名乗っているだけなのではないか、と根本的に異なっているように思える。


 考えるだけ無駄な存在も世の中にはあるのだ。


「それで、どこにいるんだ」


 射干玉は指で示し、月宮はその先を目で追った。そこには白い綿毛のようなものが広がっていた。しかしよく見れば、髪の毛であることがわかる。つまり「白い影」は俯せの体勢で倒れていた。


「殺してないよな?」


「生きてる」射干玉が声を出す。少し籠っていた。マスクかなにかで口を覆っているのかもしれない。


「その人喋るんだ……」如月が射干玉を見て驚いたあと、月宮に目を向ける。「自己紹介とかしておいた方がいいのかな? 一応先輩なんでしょ?」


「いらない」と射干玉。


「私は知りたいんだけどなあ」


「教えない」


「あいつ、気絶してるのか?」


「筋弛緩薬(きんしかんやく)で動けないだけ」


 当分は動けない、と射干玉は答えた。


 そういう捕らえ方もあるのかと月宮は感心した。射干玉の場合、その《欠片の力》のことと、アリスの悪影響でもっと残酷な方法をとると思っていたが、意外とあっさりしている。


「とにかく回収して、あとはアリスたちに任せるか」


「使える子ならまた引き入れちゃうの?」


「さあな。事情次第だろ」


「ふうん」如月はにたりと笑う。


 月宮は「白い影」に近づき、生きていることを確認した。呼吸しているが、回数は多くない。仰向けにしてみる。身体から力が抜けているためか、小柄なわりに重く感じられ、少し手間取った。


「女の子だね」


「ああ」


 西洋人形のような作りの顔立ち、肌はかなり白い。髪は透明感のある白さだ。白いローブの下の「衣服はどこかの国の民族衣装のようだ。


 この街の人間ではないと直感的に理解できた。街の外から、というと、やはり魔術師を連想させるが、不意打ちでも使用せず、射干玉が報告しないということは、彼女に筋弛緩薬を投与されるまでも使用していない。


(魔術師ではない――と見るべきか)


 顔や衣服には土や草がついている。切り傷などはない。どうやら射干玉は手間取らずに仕事を終えたようだ。


 事務所まで運ぼうと、月宮は彼女に触れた。


 が、すぐに手を離した。


「どうしたの?」


「冷たい……」


 いや、熱かった。たった一瞬で彼女の身体の熱に変化が起きている。さすがに街の外から来ただけあるようだ。


 なにかの予兆だと判断した月宮は、如月と射干玉に白い少女から離れるように告げる。月宮も彼女を視界に捉えながら、少しずつ後退した。右手にいつものナイフを作り出し、応戦ができるようにする。


 読みどおり、少女はゆらりと立ちあがった。射干玉が「おかしい」と呟いたのを聞き逃さなかった。当然だ。しばらくの間は動けない程度に筋弛緩薬を投与してあるのだ。自らの力で立ちあがることなどできない。


 普通であれば。


 通常であれば、


 常識の範囲内の者であれば。


 その瞳は鮮やかな紫色で、まるで《欠片持ち》が能力を行使しているときのように輝いている。べったりとこびり付く殺気がそこから放たれていた。牽制してきたときは違う。本気で生命を狩ろうとしていた。


 三対一と不利な状況でもなお、彼女は臆していない。対応できる自信と実力を兼ね備えているのかもしれない。


 じりっ、と少女の足が地面を擦った。


「来るぞ」


 その開戦合図とともに、少女の姿が一瞬消失する。そして次の瞬間には月宮の目前まで迫っていた。


 鎌を持っていると思ったが、それは違う。彼女の腕そのものが鎌に変化していた。


 少女が振り下ろすそれを、月宮はナイフで応戦した。


 鎌というのは先端と内側の刃にさえ触れなければ致命傷を与えることができない。曲線を描いているため、最初にナイフで防御する場所を間違えなければ、回避は難しいことではない。


 しかし目測を誤れば、当然その餌食になる。


 ギリギリ、と金属が勢いよく擦れ合う音が響いた。細い腕だがかなりの腕力を持っている。まるで長月のようだ。


 月宮が防御をしている間に、射干玉が攻撃を仕掛けた。


 クナイを持って少女に迫る。


 あと三十センチもないところまで到達したときだ。


 少女の左肩が、その右腕と同じように別のものに変化した。視界で捉えられただけでも多種の刃が六。迫ってきた射干玉を迎え入れるように伸びた。


 月宮は身体を捻り、鎌の重圧から外れる。急に対抗する力がなくなった少女は体勢を崩した。その左脇腹に回し蹴りを容赦なく叩きこむ。


 地面を滑り転げる少女。受け身がとれなかったのか、それともとらなかったのか。一瞬で移動を行う瞬発力と射干玉の攻撃に素早く気付いた察知力から、それなりに戦闘慣れをしていると思っていたのだが、少しばかり修正が必要なようだ。


 すぐに起き上がるだろうと、月宮は追撃を試みる。しかしその足は一歩目で停止を余儀なくされ、二歩目で完全に前進を中断した。


 少女が視界から消えた。


 先ほどのように彼女の瞬発力によるものじゃない。


 光の柱が彼女を呑み込んでいた。


 誰の魔術かはすぐに理解した。如月だ。


 追撃としては正しいのだろうが、しかし目的は果たされない。月宮は似たような魔術を使った魔術師を知っているし、その魔術によって一人の少女が消滅した瞬間も目に焼き付けている。


 まさかとは思うが、月宮は訊ねる。


「やりすぎじゃないのか」


「大丈夫」如月は答える。「完全には焼かないよ。多少の火傷を負わせるだけ」


「それにしたって……」


 どう見ても、それだけで済む魔術には見えなかった。「光の柱」と表現するほどに、それは地面から空に向けて伸び、周囲の土と草を焼いている。焦げた臭いが少しだが漂い始めている。


「もう、心配性だなあ。見た目ほど威力はないよ。外側から見てるからしっかりしてるように見えるけど、中はすっからかんだから。まあロースト的な?」


 やがて光の柱が細くなっていき、最後は粒子のようになって消えた。その中から現れた少女を見て、月宮は驚愕した。それは如月もまた同じだ。


 少女は崩れ倒れそうな身体をなんとか支えている。衣服や肌は焼かれていた。あの中で意識を失わなかったことがまず想定外な上に、彼女の身体、そして衣服までもが少しずつ回復をしていた。


「どうなってんの」と如月。


「《欠片持ち》でもなければ、魔術を使うわけでもないか」月宮は言う。「嫌な感じだ」


 同種である可能性は否定できない。目の前の少女が、月宮や茜奈と同じく“人の身でありながらその領域を超えた力“を持っているのだとしたら。


 茜奈のときのような感覚はない。しかしやはりそれだけでは否定できない。


 どう捕獲するべきか思案していると、背後から殺気を感じた。月宮は身体を逸らしながら振り向く。


 すぐ傍を白い髪の少女が通過した。


 切りかかった右手の爪は異様に長い。


 その姿を追うように、月宮は再び振り返る。


 火傷を負っている少女の横に、もう一人同じ顔をした少女がいた。怒りに満ちた目を向け、殺意と敵意を放っている。


「双子、か」



     ※



 アリスはようやく姉であり、事務所のトップでもあり、最高峰の魔術師でもあるアイリスと面会することができた。彼女は基本的に事務所にはいない。どこに行っているのかはわからないが、なにをしているのかは明白だ。


 世界のバランスを保つ。それが最高峰の魔術師であるアイリスの目的である。誰かが抑止力として働かなければ世界は簡単に均衡を崩してしまう。《終焉の厄災》以降、世界に安定はない。


 だが均衡を保とうとしているのは《狭間の世界》だけだ。《表の世界》は《終焉の厄災》という出来事を人々が忘れかけているし、《裏の世界》は知っていてなお、自分たちの研究の結果を出すために、その偏り、歪みすら利用している。


 魔術機関の上層部が研究を止めることはない。


 だからアイリスが頻繁にどこかへ出向かなければならないのだろう。


 そして今、アイリスは件の機関に連絡をとっていた。


「ええ。なるほどね。事態は把握したわ。それで、機関はどういう考えでいるの? じゃあ彼女たちが『こちら』にいるかぎり手を出さないのね。そちらに送り届けてもいいけどどうする? ええ、まあもちろん高くつくわ。迷惑を受けているもの。いいの? 研究資料としては重宝される存在よね。ああ、なるほど。一応それだけは確保していると。ええ、わかったわ。それでは、ごきげんよう」


 アイリスは連絡につかった術布を破り捨てる。魔術機関との連絡はいつも魔術で行っていた。なんでも、最後に術布を破り捨てることで、蓄積されるストレスを発散しているらしい。


「どうでしたか?」


「ちゃんと正体はわかったわよ」


「なぜ機関が?」


「聞いていたと思うけど、あなたたちが『白い影』と言っている子たちは魔術師の研究資料として重宝されるのよ。だから機関は追っていたの」


「それほどのものなのですか」


「アナトリア姉妹」アイリスは静かに話す。「姉はルーチェ、妹はフェリチタ。とある村の住民を余すところなく惨殺、その後各地で多数の命を奪っている殺人鬼」


 それだけで、とアリスは疑問に思った。村を一つ壊滅させ、その後も数多くの人間を殺害したからといって、それだけで魔術機関が動くとは思えない。


 研究材料として重宝される。


 特殊な魔術を会得しているのだろうか。


 その答えを、アイリスは告げる。


「そして、世にも珍しい吸血鬼よ」

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