第2話 仲間

 都市警察は日夜動きまわっている印象を持たれているが、実情はまったく違う。日課の仕事さえ終わらせてしまえば、緊急連絡がこないかぎりはやることなどない。特に音無は《欠片持ち》を専門としているため、仕事が舞い込んでくることなどほとんどない。最近では例の爆発事件と事務所関連のことだけだ。


 そんな日常であるからこそ、音無はまるで関係のない事件に乗り出していく。そういう事件にこそ忌み嫌う事務所の連中が絡んできている可能性があるからだ。


 音無はソファに座り、過去の事件の資料を見ていた。なにか“彼”について見逃していることはないかと探っている最中だ。


「だっはあー。なんで、わかんないかなあ」


 そう嘆いたのは、音無と同じ都市警察第五支部所属の導向日葵(しるべひまわり)だった。音無よりも二つ年下の高校一年生で、ここでは情報調査を担当している。明るい茶色の髪にゆるいパーマをかけており、私服にもこだわりがあるのだそうだが、仕事のときは学校の制服に似た格好をしている。半袖のブラウスに、プリーツスカートだ。


 彼女は背もたれに頭を乗せ、天井を向いていた。軽い放心状態に陥っているようだ。休憩を挟んでいるからといっても、昨日から調査を続けている。心身ともに疲労がピークに来ていて当然だった。


「今日はもういいんじゃない?」


「いや、もう少しやる」


 導は再びパソコンのディスプレイと向き合った。


「ぶっちゃけ、この作業しているよりも寝てる時間の方が長いし」


「心配して損した」


「だって、だるいし」


 この状況ならば彼女の一言で風邪を連想するだろうが、これはただの彼女の口癖だった。集中すれば黙々と仕事をこなせる反面、集中できていないと、ことあるごとに「だるい」というのだ。それと同じ頻度に「疲れた」「眠い」がある。


 はっきり言えば、音無の最も嫌うタイプだ。無意味に同じ言葉を繰り返し、周りの気力も削いでいく態度は気に入らない。しかし意外にも導とは相性がよかった。彼女の口癖を聞いても、嫌な気分にはならない。それがどうしてなのかはわからないが、なにかが噛み合っているのだろう、と思えた。


「そもそもなにしてるんだっけ?」


「そっからかよ……」


「私はそういうの疎いから後ろから見ててもわからないし」


「ここ最近、街の監視カメラをジャックしてる奴がいるんだよ。それもほとんど全部だよ? もう意味分からないでしょ」


「点検ってわけでもないわよね」


「違う。そういうことをするには都市警察に許可を得ないとダメなんだけど、そんな申請はきていない。だから完全に悪用なんだけど」


「その犯人が見つからないのね」


「そういうこと。もうどこを探しても手掛かりがなくて参っちゃうよ」


「そうなの。私は向日葵ならできると思うわよ」


「やるだけはやるよ」


 ひらひらと導は手を振った。やる気のなさを示しているようで、実は内心では燃えているのだろう。だからこそ嫌いになれない。


「そっちはどうなの」


「同じよ。手詰まり」


「でも、相手は普通に学校に通ってるわけでしょ? だったらもうそこで捕まえたらいいじゃんか」


「証拠もなにもないのに捕まえることはできないわよ」


「ないなら――」


「それはダメ」


 音無は導の言葉を遮った。「ないなら作ればいい」と導は言いたかったのだろう。けれどそれは音無が言って欲しくない言葉でもあった。証拠の偽造はご法度だ。相手を騙すにしても、最もたちの悪い行為の一つであり、それこそが断罪されるべきものである。


 たとえ悪を裁くためとはいえ、自分たちが悪になってはただ同類になり下がるだけであり、悪の数は変わらない。


「そうですよ。それはダメです」


 綺麗な金色の髪をおさげに結った少女が給湯室から現れた。


 彼女の名前はイヴ・スノードロップ。中学三年生。都市警察に入ったのはつい最近で、事務仕事や雑務を担当している。もともと音無の友達であり、その関係で第五支部に入り浸っていたところをスカウトされたのだ。


 スカウトしたのはもちろん音無と導である。第五支部は人手が足りないため、一人でも多くなにかを担当してもらえると大助かりなのだ。


 それに二人が彼女をスカウトした理由には、彼女が周りを落ち着かせる才能があるから、というのもある。


「イヴはいつだって舞桜に従うからなあ」


「そんなことないですよ。悪いことはダメに決まっていますっ」


 イヴはトレイに載っていたグラスを導に手渡した。グラスの中身はアイスコーヒーであり、少しでも揺れるとカランと涼しげな音が聞こえた。


「さんきゅー」


 と、導が受け取ると、イヴは続けて音無に同じようにグラスを手渡し、そのまま舞桜の横に座った。音無のもアイスコーヒーだったが、イヴのグラスにはイチゴ牛乳が入っていた。最近のマイブームらしい。


「でもさ、悪いことだとしても、そうしてでも捕まえなきゃいけない奴はいるし、そうでもしないと捕まらない奴もいると思うんだよ」


「たしかにそうですけど……。でも、都市警察は街のみんなの手本になっているんですから、そんなことしちゃダメです」


「手本じゃないでしょ」


「手本じゃないとダメなんですっ」


 イヴの主張は街の住人の幻想であり、都市警察はそのために存在しているわけじゃない。悪を討ち、悪を滅ぼすためにあるだけだ。


 悪を討つから正義だと勘違いしてはいけない。


 その正義は別の角度から見れば、悪となんら変わりないのだから。


 とはいえ、そう幻想を抱かせてしまっているのは、都市警察の戦略であるため、否定することはできない。都市警察に深く関わっていないイヴがそこのところを勘違いしているのは、音無が真実を告げないのもそうだが、なにより導がそれを自分の主張として彼女に話しているからでもある。


 今から音無が導の意見に賛同したところで、イヴには冗談にしか聞こえないだろう。彼女に受け止める力がないのではなく、ただ単純に音無に思い描いている幻想を壊したくないからに他ならない。


 不可抗力とはいえ「正義の味方」なのだと深く印象付けてしまった自分の責任でもある、と音無は密かに思っていた。


「舞桜さんはどう思いますか?」


「手本かどうか?」


「そうです。やっぱり都市警察はみんなの憧れでないといけませんよねっ」


「そういう話だっけ?」と導。


「むっ。そういう話でしたよ」


 はいはい、と導は気の抜けた返事をして、調査に戻った。


 なにか言いたそうにしたイヴだったが、作業の邪魔はできないと思ったのか、腕を組み、頬を膨らませて態度でその憤りを表現した。しかし導はすぐに没頭してしまったために、それには気付く気配もない。


 音無はそんなイヴの頭を撫でた。するとすぐにイヴの顔には笑顔が戻る。向日葵のように明るく元気に笑うのは彼女の方だ。


「舞桜さんはなにしてたんですか?」


「私も調査だよ。最近事件が多いから、目を通しておかないといけないのよ。そういうイヴはなにしてるの? 今日は特にやることもないでしょう。整理は常にやっているし」


「わたしはその……これです」


 イヴは近くにかけてあった自分の鞄から勉強道具一式を取り出し、恥ずかしそうにそれを音無に見せた。


 八月三十一日。焦る学生たちの多い日だ。


 イヴもその一人だった。


「今年受験なのに夏休みの課題なんて出るのね」


「でますよぉ。たくさん出るんですから」


「そうだったかしら。うーん、あまり憶えてないなあ」


 ほんの数年前のことなのに記憶にないのは、少し”老い”を感じさせ、がっくりと肩を落としたくもあった。まだ十八歳だというのに、芳しくない傾向だ。


「でも、舞桜さんも今年受験ですよね?」


「私は推薦が決まってるから受験はないよ」


「えっ! そうなんですか? おめでとうございます」


「別にめでたくないよ」と言ったのは導だった。目はパソコンのディスプレイに向けられたままだ。


「どうしてですか」


「舞桜の学校は付属校だからね。ある程度の成績があれば、そのまま大学に進めるってわけ。それに舞桜は都市警察に所属しているし、それなりに活躍しているしで内申は申し分ないんだよ」


 羨ましいかぎりだよ、と今年に受験が終わったばかりの導が嘆いた。


「そうだったんですかぁ。わたし、舞桜さんのことあまり知りませんでした……」


「学校の話はあまりしないからね。今度みんなでしようか」


 ちょうど三人は違う学校にいる。それぞれの学校のいいところや悪いところ、面白い話や変な話を聞いてみるものも楽しそうだ。


「そうですね! やりましょう」


「気が向いたら」


 あと、と導は付け加える。


「イヴの宿題が終わってからだな」


「そうね」と音無は頷いた。


「舞桜さん、向日葵さん。手伝ってくださいっ」


 やれやれ、と導は立ち上がって、音無たちのもとへと向かってくる。なんだかんだいって面倒見はいい。それに「もう少しやる」といった調査だ。少しだけやって本当にやめたのだろう。楽な方に有言実行するのも導の特徴だった。


 音無はテーブルの上に広げた事件の資料を片付けていく。その途中でふと思い出す。


(彼の通う高校は天野川だったわね)


 この街で人気のある学校だ。人気の理由は制服のデザインだったと記憶している。ただ偏差値は高く、それは受験生たちの壁となって立ちはだかっていた。


 なんとなくだが、音無はイヴがそこに通う気がした。彼女の金色の髪や白い肌は天野川高校の制服のデザインに合っている。


 おそらく彼女は進路に迷うだろう。そのときは自由な校風である高校を勧めたい。音無の通う高校は付属校であるためか、校則は厳しい。イヴにはきっと合わないし、下手をすれば彼女が不登校になるのも想像に容易かった。


 人の心を癒せる分、彼女自身の心は酷く脆い。


「そういえば、二人に訊きたいことがあるんだけど」


 資料をまとめたファイルを棚に戻しているとき、音無は思い出した。別に今じゃなくともよかったのだが、思い出したときというのは案外訊くべきときであることが多いため、二人に訊ねることにした。


「なんです?」


「なにさ」


「白いローブを着た人って見たことある? 金色の刺繍が入ってるらしいんだけど」


 金雀枝から聞いた情報を疑っているわけじゃない。事務所の一員だということは、もしかしたら月宮湊と同様に、一般人に紛れて普通の生活をしているのではないかと思ったのだ。白いローブが仕事着だとしたら見当違いだが、しかし白いローブが仕事着としての役目があるのかと考えれば、それはないように思えた。


 返答が一番早かったのは導だった。


「急ぎ用なら監視カメラの映像を調べるよ」


「いえ、そこまで急いでいるわけじゃないの。というかあんまり重要なことじゃない。気軽に答えてもらっていいわ」


「んじゃあ、ない。そんな目立つ奴見たことない」


 呆気らかんと答える導。重要なことじゃないと聞いての反応だ。


「そう、ありがとう。イヴは?」


 うーん、とイヴは腕を組んで、首を傾げていた。必死に思い出そうとしているのだろう。ただ無理をしているのは明らかだ。今にも思考回路がショートしてしまいそうな表情だった。


「気軽でいいんだよ?」


「なんか見たことがある気がするんですけど……。違ったかもしれません」


「曖昧なら曖昧でいいわ」


「すいません……」がっくりとイヴは肩を落とした。


「いいって言ってるんだから気にするなよ」


「でもぉ」


 力になりたかった、と言わんばかりの瞳をイヴは二人に見せた。潤みを帯びたその瞳は、宝石のように輝いている。


 そんな彼女の頭を今度は二人で撫でた。するとやはりイヴは満面の笑みを浮かべる。友達でもあり、後輩でもあるけれど、一番しっくりくるのは妹だった。常々妹みたいだと、導と話している。


 だからこそ都市警察にいて欲しくないのだが、それだからこそ傍にいないと不安だというジレンマを音無は抱えているのだった。

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