第22話 消失しない意志と意思

 途切れることのない精霊の攻撃に、月宮は攻めあぐねていた。充垣の勝利への貪欲さをトレースしたところで、月宮は充垣にはなれない。彼のような技術があっても、彼と同じ経験を持っているわけではないからだ。充垣の優れている個所は、勝利への飢えもそうだが、なにより敗北に対する嗅覚だ。直感というべきそれは、考えるまでもなく己のすべき行動を導き出せる。


 月宮ができるのは思考のトレースであり、その場面で充垣がどう対処するのかを思い浮かべることができるまでだ。たとえば月宮の身体能力を上回る動きはできないし、月宮の知らないことはできない。


 あくまで思考のトレース。


 彼の思考が、自分の立場に置き換えられたときの行動を選択するしかできない。


 それ以上のことを求め、再現できるというならば、月宮の知る中でもっとも突破力のある琴音の思考と行動をトレースしている。しかし彼女には未知の領域の方が多く、再現するにはあまりにも材料が足りない。


 そしてそれにも限界が来ていた。四本の光の帯、三つの翼から放たれる光線は、徐々に月宮の体力を奪い、反応速度を落とし、少しずつ追い詰めていた。月宮の出現させたハルバードはいくつも破壊されている。


 そして、それもまた月宮の弱点だった。


 人体以外のあらゆるものを「破壊」できるその力は、作り出した武器のすべてを覆っているわけではない。切っ先や刃など攻撃に使う場所は常として、柄の先などは状況に応じて纏わせている。


 つまり、武器のどこかには必ず能力の宿っていない個所がある。ミゼットはそれを見極め、かつ誘導してくるのが上手かった。隙をつき、武器を破壊してくる。


 その対策はやはり能力を武器全体に纏わせること。当然そうなれば長時間の使用はできなくなる。またそれに気付いているミゼットの長期戦を持ちこまれる。


 これは駆け引きだった。


 どちらかが限界を超えたとき訪れる、そのときを待つための戦い。


 月宮は少し距離を縮めることができた。距離を縮めれば、反応速度の高さを求められる。精霊の攻撃は休みなく行われた。光の帯は鞭のようにしなり、月宮がその四本に構っていると三つの光線が放たれる。厄介なことに感覚をずらしてきていた。


 一瞬でも気を抜けない。


 それでも、できた隙に精霊の攻撃は通る。


 反射を利用しても、武器の崩壊は免れない。


 崩壊すればすぐに新しい武器を作り出す。この作業に合間ができれば、月宮の身体は簡単に消し飛ぶ。


 常に両手に武器を持っている状態で、ようやく防げるのだから。


「なかなかにしぶとい。だが、それでこそだ」


 ミゼットにも疲労の色が見えた。直立もままならないようで、今は片膝立ちになっている。ミゼットもまた月宮と同じだ。人の身でありながら、それを超える力を制御している。「精霊の力」を存分に引き出すというのならば、これまで経験したことのない疲労が襲ってきているはずだ。それでも隙を見せないのはもはや意地であろう。


 月宮は経験をしているためにある程度の心構えとペース配分を知っている。しかしそれがこの戦いで有利になることはない。月宮は「神の力」を扱っているのだ。「精霊の力」を超えるそれを使用している以上、消耗が激しいのは月宮だ。


 なによりも、器としての回復が完全ではなかったことが大きい。こればかりは時間をかけなければならなかった。


「くっ――」


 最初にぐらついたのはミゼットだった。精霊の動きが若干だが鈍くなり、鋭かった連撃にも甘さが窺えた。


 月宮は放たれた光に向かってナイフを振るう。次の攻撃はなく、前に出ようと走り出した。


 だがさすがにミゼットも精霊も黙っていなかった。ミゼットは宝石を一つだけ月宮に向けて放った。予備動作がすべて見えていただけに防ぐことは簡単だった。


 しかし問題は次からだった。月宮が宝石を防いだと同時に、精霊の剣そのものが飛んで来たのだ。四本の剣は月宮を囲むように飛び交う。


 月宮は一本目を、身体を捻らせて避け、その動作に合わせてナイフを振るい、剣の破壊に成功する。そして残りの二本に気を配りつつ、二本目の迎撃準備に入る。


 嫌な予感がした。


 ふいにそう思い、精霊本体を見ると翼に光を集めていた。自分の剣もろとも月宮を消し去ろうとしていた。


 二本目を避け、残りの二本を見やる。同時に向かって来ていた。そして今避けた剣も方向転換をしようとしている。


 三つの翼に集まる光が強くなっていた。


 持っていたナイフをミゼットに向けて投げ、瞬時にハルバードを作り出す。投げたナイフは下段の翼が撃ち落とした。これで光はあと二つ。


 地面を蹴る力を込め、一気に駆け出した。相手はミゼットではなく精霊だ。ミゼットが苦しんでいる今ならばリンクしている精霊の動きは鈍い。たとえミゼットを倒したからといって精霊が消える根拠など、考えてみればないのだ。


 しかしここで思いもよらない行動を精霊がとった。


 月宮は驚いた。


 精霊の翼が大きく広げられたのだ。その先に蓄積された光も合わせて広がり、小さな光の粒が出来上がっていた。その数は、五十はくだらなかった。月宮への対抗策として一番の攻撃が向けられる。


 個々の光が膨れ上がっていく。いつ弾けてもおかしくないそれは、月宮が精霊の懐に入るよりもずっと早く大きさを増していった。


 あの数の攻撃を放たれれば、回避はできない。それに背後からも三本の剣が迫ってきている。


「チェックメイトだ……」


 そんな呟きが聞こえたような気がした。もしかしたらそれは光の収縮する音だったのかもしれないし、あるいは膨張していく音だったのかもしれない。はたまたそれとはまったく別の音だったのかもしれない。


 しかし、月宮にとってそのどれでもよかった。


 どうでもよかった。


(どうする……)


 月宮は必死に考えた。普段の何倍もの速さで思考していく。だが、今の月宮の身体へのダメージは大きく、器として不完全な彼の身体は正常に機能していない。だからこそ思考に必要なエネルギーをまともに摂取できていない状態で効率的に行動できる充垣の思考をトレースしていたのだ。つまり今の月宮は、考えようとすればするほど考えられなくなっていく。もしくは動けなくなる。


 そもそも精霊の放とうとする攻撃の範囲から見ても、およそ人間が回避できるものではない。たとえ月宮が「神の力」を行使しようとも、対処し切れる量ではなかった。


 チェックメイト。


 詰み。


 まさにそのとおりだった。


 膨張した光が放たれる。


 その瞬間がわかった。


 光は一度その輝きを弱めた。


 嵐の前の静寂のように。


 力を溜めこんだかのように。


 そして一気に輝きを強めた。


 月宮の命を奪う、その無慈悲な攻撃は、しかし放たれることはなかった。


 確かにそこにいたはずの精霊の姿がぶれたのだ。それと同時に五十を超える光の玉は音もなく消え去った。月宮の背後で、重量のある物体が地面に落ちた音が三つ続けて鳴った。


 さすがの事態に月宮は足が止まり、地べたを転がってしまう。


「なんだ、これは!」


 ミゼットが叫んだ。


 月宮は精霊に注視していたため、すぐに視線をミゼットに移した。彼もまた月宮と同じように地べたに伏していた。体力が尽きたせいだと思った。しかしそれにしてはあまりにも突然だ。ミゼットが計算できていなかったとは思えない。


 転がった際にハルバードを落としてしまったため、もう一度作り直し、それを支えにして立ち上がった。


「いったいなにが起きてんだ」


 その答は、風が示してくれた。風に乗って飛んできた一枚の葉が不自然に急降下したのだ。まるでなにかに抑えつけられたかのように、あっという間に地面と接触した。


 ミゼットもその様子を見ていた。


「バカな……。まさか『重力』が変化しているだと」


 彼の周りだけが、重力の負荷が大きくなっているらしい。


 少なくとも事務所の人間の仕業ではない。彼らがペナルティを科せられた月宮を助けることなど、天地がひっくり返ったとしてもないだろう。


 どこかの誰かが意図的に能力を使わなければ、こんな限定的な重力変化など起きない。なんのためにやったのかは不明だが、月宮の命は、その誰かによって救われた。


「神の力」を借りている月宮だが、神が嫌いだった。


 神の仕業じゃないことを祈り、その誰かに感謝した。


 ハルバードを片手に持ち、精霊に近づいていく。そして変化している領域を見極め、ハルバードを振り下ろし、その変化ごと精霊を「破壊」した。もしこれが自然的な現象であったのならば、手に負えない事態になっていたのだが、どうやら本当に誰かの能力だったようだ。


「これで、終わりだな」


 ミゼットに精霊を再び呼び出す魔力は残っていないだろう。もしそれだけの力が有り余っているというのならば、二体目を召喚していたはずだ。


 しかし限界を迎えているのは、月宮の方だった。


 急激に意識が遠のき、まともに立っていられなくなる。


 今まで動けていた方が奇跡だった、と言うべきだろう。気力で動いていたわけでもないが、月宮が立っていられたのは身体の機能がまともに働いてなかったからだ。


 ミゼットが不気味に笑いだす。月宮にはそれが笑い声には聞こえなかったし、彼の姿が精霊と同じようにぶれていた。


「ああ、終幕とはあっさりしているものだな」


 ミゼットは震えながらも、ゆっくりと起き上がりその場に座り込んだ。


「時間をかけて入念に準備をしていても、今みたいに簡単に形勢を覆される。精霊を出現させるまでで私の運は尽きていたようだな。やはり積年の願望は人を狂わす。隠してきた本性が表に出てきてしまうほどにな」


 なにかを感じ取っていた月宮だが、身体が言うことを聞かなかった。今までどうやって指示を出してきたのかも判然としない。


「さて、私はきみに負けたわけだが、このままでいいだろうか?」


「な、に……?」


「魔術師としての研究は失敗に終わった。しかしそれは人間の内に秘める願望を叶える可能性あるものだった。ここは人間らしく失敗させられた恨みを果たす方が自然じゃないか?」


 ミゼットはコートの中から宝石を取り出した。それを右手に持ち、右腕を前に突き出した。


「今のきみなら回避もままならないだろう?」


 精霊の相手をするだけで月宮の体力は充分過ぎるほど削り取られている。今ほど魔術を当てるチャンスはないだろう。たとえどんなに大きな力をその身に秘めていても、扱えないのならば意味がない。


 もしかしたら、ここまでも計算なのかもしれない。姫ノ宮学園にできた歪みは、今回の戦闘でさらに大きくなっている。ミゼットならば一日程度休息をとれば再び精霊を召喚することができるだろう。


《精霊界》への道を開くことができるだろう。


 ただしそれは邪魔者がいなければ、だ。


 特に月宮のように厄介な力を持っている相手ならば、疲労困憊の今を狙って始末をした方が今後のためだ。


「今度は誰が助け船を出してくれるんだい?」

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