第25話 壊せぬ想い

 記録に残っていた《終焉の厄災》は大地を覆った黒い球体である。国一つを容易に呑み込み、その内部すべてを無に帰した。


 姫ノ宮学園上空に現れた黒い球体は、もしかしたら、星咲の言った通り本当に《終焉の厄災》なのかもしれない。日神や如月たちのことは嘘で、生贄さえ揃えば再現できるのだろうか。


 しかしこれはあくまで《終焉の厄災》のような魔術で、本物には到底及ばない。完璧に再現するのだったら、この国はすでに消滅しているだろうし、そもそも規模が小さすぎる。生贄の数が足りないせいなのかは不明だ。そもそも魔術の生贄に二、三千人使うことなどない。言い換えれば、上空の魔術は、二、三千人の魂を対価に発動している。


 魂を対価にして発動する魔術は禁術に指定されている。魔術としては、絶大の威力と効果を見せるが、人を道具として扱うことになってしまう。


 それが神への冒涜とされている。


 しかし、魔術師の家系には魂の研究をしているところもあるらしい。その辺の帳尻がどのようにして合わされているのかは、魔術師ではない月宮には手の出せない領域だった。


 月宮は地面に描かれる魔法陣を能力で「破壊」しようとしたが、それは不発に終わった。ただ地面が無意味に破壊されただけだった。どうやらこの魔法陣は地面にではなく、空に描かれたもので、それが地面に映っているらしい。


 手の届かない上空に描かれた魔法陣は、どうにもできない。


 対処のしようがなかった。


 月宮が持つことの許されている能力は有能だが、万能ではない。たしかにナイフを作り出し、ハンマーや家屋、魔術を「破壊」することができるが、それにはいくつか条件があった。条件というよりは制限である。


 一つ目は、「創造」の力で作れるのは、月宮の体よりも小さな武器だけであること。


 二つ目は、月宮が構造を理解しているものしか作り出せないこと。


 三つ目は、「創造」の力で作り出した武器にしか、「破壊」の力が宿らないこと。


 四つ目は、月宮の手を離れた武器からは、「破壊」の力が失われること。よって、月宮の投げるナイフには能力が宿っていない。


 五つ目は、人間を「破壊」することはできない。これは、直接的に能力で人間を傷つけることはできないという意味だ。たとえば、「破壊」の能力が宿ったナイフを誰かに刺したところで、その人物はナイフの怪我を負うだけで、能力による傷は受けない。


 たとえ、弓矢を作り出したとしても、撃ち出した矢には「破壊」の力は宿らない。ただの矢と変わらないのだ。銃器も同様に、銃弾には能力が宿らない。


 月宮は空を仰いだまま考える。


 黒い球体が地上に落ちるまで、あと十分もなさそうだった。ついさっきまで手が届きそうになかったのに、今では手を伸ばせば届いてしまいそうな感覚がある。


 そうすれば、この魔術を「破壊」することはできるだろうか。


 否――できない。


 月宮の直感がそう答えを出していた。


 短い時間だが観察していて気付いたことは、この魔術が魔術というカテゴリを超えている可能性があるということだ。


 魔術を超えて、魔法の――神の力の域に。


 人間の到達しえない域に、達している。


 空気が張り詰めていた。


 建物が一つ、また一つと崩壊していく。


 冷たい風が吹き荒れる。


 それでも、星空は変わっていなかった。


 たまに見上げたときに見る空と、なに一つ変わらない。


 たとえ、この黒い球体がこの街を消し去ったとしても、きっと変わらない。


「さてと、どうしたものか」


 月宮は呟いた。


 答えは、最初から決まっていた。


 月宮がなんのために戦っていたのかを考えれば、それは当たり前のことだった。自らの行動理由が、答えそのものなのだから。


 携帯電話を取り出し、ある人物にメールを送る。如月たちのこと、もしかしたら帰れなくなるかもしれないことなどを伝えた。


 姫ノ宮学園はすでに崩壊してしまっている。誰にどんなことが伝わろうと、もう関係ない。すべては学園内で起こったことで、そしてそのすべてが学園内で終わっている。如月たちが責められることはないだろう。


 月宮は集中するために、目を瞑った。


 あとはなるようになるだけだ。


 勝算はある。


 だが、それにはリスクがあった。


 月宮の崩壊――それがリスク。


 冷気を帯びた暴風が強くなったのを感じて、黒い球体がすぐそこまで迫ってきていることがわかった。その暴風の轟音は、いくつもの悲痛の叫びのようだった。その叫びたちが渦巻き、背の高い建物から順に呑み込んでいく。その音もまた苦痛に満ちた叫びのようだった。


 月宮は咳き込み、その場に倒れ込んだ。手で口元を拭うと、赤い液体が付着していた。その赤色は、月宮の瞳の色と同じ。


 腕を使い、仰向けになる。空は、黒と赤の二色に染め上げられていた。星空はそこにない。


 この赤い空がどこまで広がっているのかはわからない。ただ月宮の視界は、黒いなにかが渦巻いた魔術だけに埋められていく。


「お前たちは死にたくなかったはずだ。友達や家族との日常が楽しかったはずだ。お前たちがなにを思って、なにを感じてきたのかは俺にはわからない。でも、こんな終わり方は嫌だよな。だから俺は、お前たちを受け入れる。お前たちの負の感情を背負って、生きてやる。お前たちを背負って、生き残って見せる。俺がいなければ、お前たちは死なずに済んだんだから」


 月宮は迫りくるその魔術に――三千もの人間の悲痛の思いに向け、話しかけた。通じているとは思っていない。彼らはすでに人間ではないのだから、仕方のないことだった。だが、それでも月宮は声をかけた。


 それしか月宮にはできないからだ。彼らを救う方法などない。


 体に走る激痛に耐えながら、月宮は彼らに片腕を伸ばした。

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