第19話
三機のサンタロボはそれぞれが別々の橇に乗り、一斉に飛び立つ。
真琴機のマップには、真琴の担当する家と修二の担当する家が両方表示された。真琴は現在地から最寄の家へと橇を飛ばす。
一つ一つ、プレゼントを確実に配る。地上から銃を撃ってくるサンタ狩りは無視。子供達の夢のため、サンタロボは雪の夜空を駆け抜ける。
刻一刻と夜明けの時は迫る。一つ、また一つと袋の中のプレゼントは減ってゆく。
「こちら梶村、全件配達完了致しました!」
「こちら坂本&黒柳、僕達も完了しましたっスよー」
他の二機は無事に全ての配達を終えた。修二の袋は既に空となっており、真琴の袋の中も残りはあと二つだ。
いつの間にか雪は止み雲も流れ、少し明るみを帯びた晴れ空に変わっていた。タイムリミットまであと僅か。真琴は橇の速度を速める。
届け先に着いた真琴は、早速煙突を設置して屋内に入った。
一階の子供部屋に移動し、寝ている子供のベッド脇にプレゼントを置く。
物が大きかったので、ガタンと音が鳴った。向こうを向いて寝ていた子供が、寝返りを打った。
「あれ……サンタさん……?」
少女が僅かに目を開ける。冬であるが故まだ日は昇っていないが、時刻的にはもう朝と呼んでいい時間。眠りの浅くなっていた少女は、先程の物音で目を覚ましてしまったようだ。
真琴はロボに何度も頭を下げさせ、起こしてしまったことを謝る。サンタクロースたるもの、寝ている子供を起こしてはならないのだ。
「天宮、お前疲れてるんじゃないのか」
真琴が普段なら絶対やらないようなミスをしたことで、修二は不安に思う。
「まあ、仕方が無いか。徹夜でのミッションだからな……どうした天宮」
真琴がぼーっとしていて様子がおかしいので、修二が尋ねる。
「この子……前に私が助けた……」
その顔を見て、真琴は思い出した。三年経って大分成長しているが、間違いなくあの時の少女。忘れもしない三年前のクリスマスイブ、真琴は彼女を庇って命を落としたのだ。
「凄い! 本物のサンタさんだ!」
目の前に現れたサンタクロースに、少女ははっきりと目を開き喜びの声を上げる。
「よかった……無事でいたんだね……」
彼女に渡すプレゼントが自転車であるのを見れば、彼女が五体満足であることは理解できる。
真琴は彼女を庇ったはいいものの、即死したためその後どうなったのかは知らなかった。田中将軍は無事に助かったと言っていたが、本当は彼女も助からなかったのではないかと、不安に思うことがあった。だがこうして健康に生きているのを見たら、心の中の引っかかりが一つ取れたような気分になったのだ。
「天宮、まだ一つ残ってるんだ。ここに長居は……」
「そうですね」
真琴機は人差し指を口に当てて、内緒のジェスチャーする。そして天井の煙突に吸い込まれるように去っていった。
「よし、次で最後だ。急いで行くぞ」
修二が急かす。真琴は次のプレゼントの情報をモニターに表示させる。
「ん? おい天宮、これって……」
表示されたプレゼントを見て、修二ははっとした。
「隊長、無理を承知でお願いがあります」
真琴は修二に背を向けたまま尋ねる。
「何だ」
「私の実家に行く許可を下さい」
振り返り、修二と目を合わせる。修二は再びモニターに映るプレゼントに目を向けた後、改めて真琴の目を見た。
(そうか、様子がおかしかったのはこれが原因か)
修二の脳裏に、高志の最期がフラッシュバックする。ずっと懸念していたことが、今まさに目の前で起こっている。
暫しの沈黙。真琴は少し震えている。
「…………上には黙っておいてやる。迅速に済ませろよ」
それが修二の答えだった。頭の中に巣食う高志の亡霊を吹き飛ばし、修二は決意をした。真琴を信用するという決意を。
真琴は始め返答が信じられなかったのか、修二の顔を二度見した。だが少しして内容を理解し、満点の笑顔になった。
「はい!」
元気な返事。迅速に済ませろとの上官命令である。真琴はすぐさま前を向き、操縦桿を握った。
橇は意気揚々と真琴の実家へ突き進む。橇を屋根に着けた時点で、真琴は既に少し涙ぐんでいた。
「ほんとに私の家だ……三年ぶり……」
二階の子供部屋の位置に煙突を設置し、高鳴る鼓動の中足を踏み入れる。
三年ぶりに訪れた自分の部屋。誰も使っていないはずなのに、不思議と掃除だけはしっかりされている。そこは驚くほどに、あの日のままだった。
小学校入学の際に買ってもらった勉強机。六年間使った赤いランドセル。漫画ばかりの本棚。可愛らしいピンクのクローゼット。ふかふかのベッド。お気に入りのぬいぐるみ。体操女子日本代表選手のポスター。テレビに繋ぎっぱなしのゲーム機。
何もかも、何もかもがあの日のまま。まるであの日から時が止まっているかのように。
だが一つだけ、見慣れない物が勉強机の上にあった。それは小学校の卒業アルバム。真琴はサンタロボにそれを開かせる。
まだ黒髪で今よりもっと背が低かった頃の自分。クラスの集合写真では、自分一人だけ右上の丸の中。載せられた写真を見る度に、一年生の頃からの思い出が頭の中に蘇る。追悼の意を籠めてなのか、心なしか自分の映った写真が多く見える。巻末の寄せ書きページには、天国の真琴に向けてクラス全員からのメッセージが寄せられていた。
卒業アルバムを読み終えた真琴は、暫く動けなかった。
後ろで見守る修二は口を閉じ、彼女の感傷に水をささぬよう存在感を消していた。
真琴はアルバムを閉じ、机の元の位置に戻す。プレゼント袋に手を入れて中の物を出そうとするが、思うところがあって何も取らず手を抜いた。
「すみません隊長、もう少しお付き合い頂けますか」
「構わん」
修二は簡潔に答える。
真琴機は扉を開けて、階段を下りた。廊下だけでも、階段だけでも懐かしさを感じる。自分の足で歩きたい思いもあったが、この小さな身体ではそうもいかない。
せめて両親の寝顔だけでもと寝室に行こうとしたが、ふとリビングの灯りが点いているのが見えた。真琴は意を決して、リビングの扉を開ける。
いた。真琴の両親が。この時間に既に起きているのか、或いは一睡もできなかったのか。
「お父さん、お母さん……」
「あら、サンタさん」
母親がこちらに気付いて振り返った。
「すみません、うちにはもう子供はいませんが……」
真琴機はプレゼント袋に手を入れて、あるものを取り出す。以前黒柳から渡された、三年前に自分がクリスマスプレゼントとして貰うはずだったゲームソフトである。
「それ、真琴が欲しがっていた……」
母親は口に手を当てて驚く。父親も目を丸くしていた。
「宜しいのですか? あの子はもう……」
真琴は機体に頷かせる。
「ありがとうございます……あの子もきっと喜びます……」
母親は思わず泣き出し、父親が立ち上がって寄り添った。
「サンタさん、お忙しいところ、亡くなった娘のためにわざわざ来て頂きありがとうございます」
父親はサンタに深々と頭を下げた。
真琴はふと、机の上の物に気付く。自分の写真である。
昨日は丁度真琴の三回忌。それで二人は眠れずにいたのだ。
「隊長、ハッチを開けても宜しいでしょうか」
真琴は振り向かずに尋ねる。
「好きにしろ」
修二がそう言うと、真琴はハッチを開いた。カメラ越しではなく自分の目で、両親の顔を見る。三年しか経っていないのに、二人はあの頃と比べて随分と老けて見える。単なる加齢というよりも、娘を亡くしたことによるショックとストレスが原因だろうか。
「お父さん、お母さん……」
二人は不思議そうにコックピットを見下ろす。あちらからしてみれば真琴の姿は見えないため、突然サンタが胸を開いて中の機械を見せてきたのは意味不明な行動だっただろう。
「ありがとうございます隊長。もう戻りましょう、あまり長居をするわけにはいきませんから」
真琴はハッチを閉じ、機体を百八十度回転させた。
「あの、サンタさん」
母親が声をかける。
「今日はありがとうございました。短い時間でしたが、なんだか娘が帰ってきたように感じられて……少し、救われたような気がします」
真琴は再び機体を両親の方に向ける。そして一回頭を下げた後、扉から廊下に出た。
階段を上って、再び真琴の部屋へ。名残惜しみながらも、スラスターを吹かせて天井の煙突に入る。
外に出ると、地平線から一筋の光が差し込み、降り積もった雪を照らしていた。
コックピットの中で、真琴は顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっていた。家の中にいる間は我慢していたものが、一気に溢れ出ていた。
「天宮、ここからの操縦は俺が代わろう。そんな状態じゃ涙で前が見えんだろう」
修二はそう言って、真琴に交代を促す。
「ここまで徹夜で頑張ってきたんだ。お前はまだ子供なんだし、もう寝ていろ。狭いがお前の身体ならギリギリ横になれるだろう」
真琴はその言葉に甘えて、操縦を修二に代わり後ろのスペースで横になる。
座席は真琴の身長に合わせて前に出してあるため、修二にとっては酷く窮屈だった。苦しい姿勢で動かさねばならないが、真琴の寝床を圧迫しないため我慢することにした。
真琴の泣き声を聞きながら飛ぶ夜明けの空。真っ赤な機体を朝焼けがより赤く照らしていた。
基地に着いて格納庫に機体を収めた修二は、泣き疲れて眠った真琴を抱えてコックピットを出る。
「ワーオ、お姫様抱っこ」
「熱いっスねーお二人」
先に帰って待っていた美咲と修二が囃し立てた。
「茶化すな。お前らも一緒に来い」
修二は真琴を抱えたまま、女子寮前まで行く。周りの者達からは妙に見られていたが、それも我慢である。
女子寮前に着いたら、ここからは美咲にバトンタッチ。太股の良い感触もここまでである。
「それじゃあ梶村、後は任せたぞ」
「はいはい任されました」
真琴をおんぶしたまま美咲が言う。
「さて、俺達も寮に戻って寝るぞ坂本」
「りょーかい」
過去至上最も激しい戦いに疲れきった修二に、ようやく骨を休められる時が来た。男子寮の自室に入ると、パイロットスーツのままベッドに倒れた。
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