第18話
先程と同じく力任せにビームソードを振り下ろす久瀬機だったが、修二は左のビームソードでそれを受け流しつつ、右のハンマーの柄で相手の関節を狙って突く。
久瀬はただの曲芸だと言ったが、これは決して苦し紛れに出したものではない。この状況を打破するのに有効だと判断してのものなのだ。
両手で別々の武器を扱うのは非常に難しい。自分の体でやるのですらそうなのだから、乗って操縦するロボットでやるのは尚更である。しかし修二にとってはその程度さした問題でもなく、片手で防御、もう片手を攻撃に使えるメリットの方が大きいのだ。
達人の如き剣捌きで、久瀬から一撃も貰うことなく少しずつダメージを与えてゆく。修二は執拗に関節を狙って破壊を試みていた。
どんなに強固な装甲を持つ兵器でも、関節部はある程度弱くせざるを得ないもの。ましてやそれが変形機構を備えたものならば。
「ちっ……どうやら先程の言葉は改めねばならんな。お前がそれで俺を攻略したつもりならば、俺の方にも考えがある」
久瀬機は攻撃の手を止め、背中のスラスターを強く噴かせて後ろに跳ぶ。それと同時に、サンタロボ同様穏やかな表情を浮かべていたブラックサンタの顔が、悪魔のように凶悪な顔つきに変形した。
「な、何ですかあれは!?」
寝ているサンタ狩りを全て安全な場所に移し終えて戻ってきた真琴が、驚きの声を上げる。
ブラックサンタの変形はそれだけでは終わらない。腹部が展開して等身が上がり、細身のスタイルへと変わる。赤い手袋状の手からは鋭い爪がせり出す。
変形中の駆動部は、攻撃を与えるには絶好の場所。修二は防御に使っていたビームソードを攻撃に転用し、腹部目掛けて躊躇無く切りつける。だがその時、ブラックサンタの爪がビームを発しビームソードを掴んだ。
「変形中の攻撃への対策は万全だ!」
脚が展開して長くなり、背丈は元のブラックサンタのおよそ二倍。背部スラスターが変形して蝙蝠の羽の如き形状に。大きな口で邪悪な笑みを浮かべた頭部の真横からは、二本の角がせり出す。
「俺の機体は隊長専用特別仕様。奥の手として戦闘能力を大幅に向上させられる、このデビルモードが搭載されている!」
漆黒の体。鋭く尖った角、牙、爪。そして背中の大きな翼。それは聖なる夜に似つかわしくない、禍々しい悪魔を思わせる姿であった。黒いサンタ帽を始め断片的にサンタクロースの要素が残っているのが、尚更悪趣味に感じさせる。
中身は覇天そのものだと思っていた修二は、この隠し玉に度肝を抜かれた。覇天にすら付いていない、ブラックサンタ隊長機専用の特別機能である。
「これを使わせたからには、貴様らを一瞬で消してくれる!」
久瀬は声を張り上げて宣言。次の瞬間、久瀬機のビームネイルが修二のハンマーを輪切りにした。これでもう二刀流は使えない。修二機は相手の右手に掴まれていたビームソードのビームを一旦収め、再び展開。二撃目はビームの刃で防いだ。
デビルモードのビームネイルは、片手に小型のビームソードを五本持っているに等しい。その火力は尋常ではなく、掠りでもしただけで致命的な損傷となる。更にそれが、両手に付いているのである。左手を受け止められたところで、がら空きの頭部目掛けて右手の爪が襲う。
ビームソードは左の爪によって塞き止められ、それを持つ腕はぴくりとも動かない。絶体絶命万事休す。そこで修二は、足下の踏み固められた雪を利用し、あえて足を滑らせた。修二機が転んだことで、ビームネイルは空を切る。
「隊長、私達も援護に!」
「駄目だ下がってろ! こいつは危険すぎる!」
仲間の身を案じ、修二はあくまで一人でやろうとする。
勝算はあった。こんなに強いものを最初から使わなかったということは、それ相応のデメリットがあるからと踏んでいたためだ。
ビームソードと異なりビームを本体から放出し続ける以上、デビルモードはエネルギーの消費が大きい。恐らくは短期決戦用の奥の手であると予想していた。
修二機はデビルモードの細い脚目掛けて肘鉄を食らわせる。この程度では久瀬機に傷一つ負わせられないが、地面が滑りやすくなっている現状では話が別。肘を入れられた脚がその衝撃で少し動き、スリップを起こした。久瀬機のバランスが崩れる。
「させるかああああ!!」
久瀬は両手のビームネイルを全て引っ込め、背中の羽型スラスターにエネルギーを集中。崩れた体勢をジェットを噴かせて立て直すと共に、空へと飛び上がった。
単体での飛行能力に乏しいサンタロボでは、空に逃げられた場合攻撃することが難しい。だがそれはあちらも同じ。見たところ銃火器類が付いているようには見えず、上空から何を仕掛けてくるのか、修二は強く警戒する。
「隊長、あれ!」
上空にいた和樹が、久瀬機の新たな変形に真っ先に気付いた。鋭い牙を生やした大きな口の中から、ビームキャノンがせり出してきたのである。
「マズいぞ! 野郎この町ごと吹っ飛ばす気だ!」
安全地帯からの砲撃。久瀬の狙いが判明し、修二は血の気が引いた。砲内に少しずつエネルギーが溜まってゆく。
「死ね! 人間ども!」
あれが発射されれば、サンタ狩りのみならず罪の無い人間が沢山死ぬ。命に代えてでも阻止せねばならぬ事態。
「天宮! 俺の踏み台になれ!」
「はい!」
修二の咄嗟の指示に、真琴は素早く応じる。
真琴機が駆け出すと、修二機はスラスターを吹かせてジャンプ。真琴機の肩に両足を乗せたところで真琴機が跳び、更にその上で修二機が二段ジャンプ。
「間に合えーーーっ!!」
スラスターを全力で吹かせて跳び、両手で持ったビームソードを久瀬機の砲口目掛けて突き刺す。
辺り一体が眩い閃光に包まれ、爆音が鳴り響いた。溜め込まれたエネルギーはその場で爆発を起こしたが、発射された時の威力と比べれば遥かに弱い。空中で爆発したこともあり、町へと直接的被害は無し。
「お、おのれ……」
久瀬のブラックサンタの頭部は完全に砕け散り、前面の装甲が胸部ハッチもろとも大きく破壊された。コックピット部が剥き出しとなり、額から血を流しながら鬼のような形相で睨む久瀬の姿が見える。
対して、修二のサンタロボも同じく胸部ハッチを吹き飛ばされ、コックピットが剥き出しとなっていた。しかし全体的な破壊規模は久瀬機ほどではない。頭部はサンタクロースの顔の形を保っており、尚も穏やかな笑みを浮かべている。爆発の寸前で急速に後ろに跳び、衝撃を最小限に抑えたのである。
野ざらしとなった二人の顔に、雪交じりの冬の風が吹きつける。
久瀬機は飛行のエネルギーを失いふらふらと落下。修二機はそれに追随するように着地した。
「隊長! 大丈夫ですか!?」
「俺自身は無事だ。だが機体腕部の損傷が激しい。右はかろうじて動くが、左は反応が無い」
適切な判断で衝撃を抑えたとはいえ、ビームソードを握っていた両腕は大きなダメージを負っていた。装甲が完全に吹き飛び、殆ど素体だけの状態となっている。特に左腕は完全にいかれてしまったらしく、力無くだらんと垂れ下がっていた。
「荒巻……お前はどこまでも俺の邪魔をする……」
満身創痍の久瀬だったが、まだ動けるとばかりにビームネイルを展開する。
「隊長、こちらを」
真琴が修二に手渡したのは、ハンマーヘッド部を展開した状態の催眠ハンマー。
互いに機体の損傷部から火花が散る中、二人の男は睨み合う。
「何故人間なんかを護る! 奴らは我々の同胞を沢山殺したんだぞ! お前の部下だって奴らに殺されたんだ!」
「そうだ。だがサンタクロースは子供達の夢だ。人殺しにするわけにも、人類の敵にするわけにもいかない」
「俺は許さねえ……由香里を殺した人間どもも……それを庇うお前達も!!」
叫ぶ久瀬の目から血の涙。怒り狂った久瀬は、頭の無い悪魔を急速に発進させる。最後の力を振り絞って、ビームネイルが剥き出しの修二へと迫る。
だがその時、久瀬の眼前に急に影が差した。穴を塞ぐように迫る巨大なピコピコハンマー。ピコッと音が鳴り、コックピットが暗くなると同時に久瀬の目の前も真っ暗になった。
現在の右腕の損傷具合を基に動く範囲、スピード、反応速度を全て計算した上で、久瀬自身を直接狙ったカウンターの一撃であった。
ハンマーをコックピットから離すと、久瀬は険しい表情のまま目を閉じて眠っていた。
「隊長! 無事ですか!?」
「ああ、なんとかな」
厳しい戦いを終えて、修二はようやく一息つく。
「いたぞ、サンタだ!」
だがそれをぶち壊すように、聞きたくない声が聞こえてきた。
「ちっ、集まってきやがったか」
現れたのは三人のサンタ狩り。先程の爆発が、彼らを呼び寄せてしまったようである。
「サンタは三体か……だが一体はもうボロボロだな」
「でもまだ動けるみたいだぞ」
「俺達でとどめを刺すぞ」
サンタ狩り達は薄ら笑いを浮かべ、弱者を甚振るような感覚で修二に近づく。
「隊長、ここはあたしが」
「待て梶村。奴らは俺をご指名だ」
満身創痍の身で、修二は敵を迎え撃つ。修二の姿は人間には見えないため、剥き出しのコックピットもサンタ狩り達には無人に見えている。
またも勝負は一瞬だった。素体の見えた脚で走り出すと同時に、迫るサンタ狩りの一人をハンマーで打つ。残る二人が挟み撃ちにかかるも、右腕一本でハンマーを回転させ同時に打つ。
あんな壊れかけに負けるはずがないと踏んで舐め腐っていたサンタ狩り達は、わけもわからぬ内にハンマーで叩かれ眠った。
「俺だってこいつらのことは憎いさ。子供の夢であり続けるってのも辛いもんだ」
久瀬の方を見て、修二は本音を漏らした。
ふとそこで、修二はこちらに近づいてくる機体に気付く。あのペイントとエンブレムは憲兵隊のバトルロボだ。
「こちら憲兵隊。久瀬隊は我々が連行致します」
「遅えぞ憲兵隊!!」
通信で修二に怒鳴られ、憲兵はびくりとする。彼らが物陰に隠れて様子を窺い、戦闘が終わったのを見計らって出てきたことは見透かしていた。
「ちぇっ、あいつらが一緒に戦ってくれりゃもっと楽に勝てたろうに」
和樹が愚痴を零す。
憲兵隊は行動不能になったブラックサンタ三機のハッチを開け、パイロットに手錠を掛ける。重い怪我を負っている久瀬は、担架で運ばれていった。ブラックサンタの残骸も憲兵隊が回収していく。
「ところでお前達、今何時だ? 俺の機体の時計壊されたんだ」
修二が尋ねる。
「三時四十七分ね」
「くそっ、随分と時間を食わされたな」
しかも修二の橇と和樹のサンタロボは、完全に破壊され使用不能。修二のサンタロボもほぼ使用不能という状況。果たしてこれで夜明けに間に合うか。プレゼントが全部無事だったことだけは不幸中の幸いだ。
「荒巻隊の皆さーん」
四人の機体に通信が入る。西の空から、一台の橇がこちらに向かってきていた。その上に乗っているものを見て、一同は目を丸くした。
それは普段中央ホールに動体保存されている旧式のサンタロボである。声の主は、プレゼント管理部の黒柳部長。
「黒柳さん! どうしてここに!?」
「皆さんの様子を見て、いてもたってもいられなくなりまして。私も配達のお手伝いを致します」
橇を地上に下ろし、黒柳は言う。
「ですがその機体ではサンタ狩りには……」
「私はこの機体でサンタ狩りからひたすら逃げまくって生き残った男ですよ。それよりもプレゼントが間に合わなくなることが一大事です」
「……ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせて頂きます。黒柳部長は、坂本曹長が担当していたプレゼントをお願いします。坂本曹長は黒柳部長のサンタロボに同乗。私は天宮軍曹のサンタロボに同乗します。梶村准尉はこれまで通り自分の仕事をするように」
「了解!」
総員揃って返事。
修二のサンタロボは、和樹の橇に載せてオートパイロットで基地まで帰す。サンタ狩りに狙われないよう、雲の上まで垂直に飛んだ後基地へと方向転換する形だ。
「すまんな天宮、俺の分までお前に任せることになって」
真琴機のコックピットの中で、修二は真琴に言った。
「構いませんよ。元々隊長は私と同行することになってたんですし。それよりこちらこそすみません、戦って疲れてる隊長に、こんな狭い場所で立たせてしまって」
「いや、構わん。お前が小さいお陰で多少は狭さも改善されてるからな」
真琴は自分の背丈に合わせて座席を目いっぱい前に出しており、その分後ろのスペースが少し広くなっていた。
プレゼント配達を再開する前に、まずやらねばならないことがある。倒したサンタ狩りの片付けである。
いくら傷付けないように催眠ハンマーで倒しているとはいえ、この冬の野外に寝かせておけば当然凍死する。今回自分達で倒した十人のサンタ狩りを毛布でくるんで橇に載せ、近場の交番まで運ぶのである。
野外でサンタ狩りと戦う場合はこれで大きなタイムロスになるので、できるだけ戦いたくないのだ。
交番に着くと、深夜勤の警察官が欠伸をしていた。
「おやサンタさん、今晩もご苦労様です」
サンタ達は倒したサンタ狩り達を警察官に引き渡す。
「これは随分と倒されましたね。ご苦労されたでしょう。彼らの身柄はこちらで預かっておきます。毎年毎年性懲りも無く……こういう連中を法規制できればいいんですけどね……」
警察官は十人という大量のサンタ狩りを引き渡されたことで、つい溜息が出た。
「それではサンタさん、プレゼント配達頑張ってください」
警察官がそう言うと、サンタ達はそれに応じるように敬礼した。
交番を出たら、いよいよもってサンタクロースの本分が再開である。
「いいか諸君、夜明け前までに全てのプレゼントを確実に配り終えろ。ただし、急いでいるからといって雑な仕事はするな」
「了解!」
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