第24話「ナイスミドルからの刺客(後編)」

 帰宅途中、黒塗りの高級車に無理やり乗せられ拉致されてしまった。

 

 犯人は、ナイスミドルな男……草乃月財閥の現当主であり、麗良の父親でもある草乃月涼彦である。


 ここに麗良パパがいるってことは、麗良の交渉は完全に失敗したようだ。

 

 はぁ~これはけっこうまずい状況かもしれない。

 

 麗良、全寮制の修道院に強制入学とかさせられてないだろうな?

 

 麗良パパに状況を確認してみようか。


 でも、なんて声をかければいい?

 

 円滑な会話スキルを持ち合わせていないコミ障の俺には荷が重すぎる。

 

 うぅ、どうしよう?

 

 と、とにかくまずは落ち着くべきだな。車内でも観察しよう。

 

 うん、すごいな。

 

 車内は広々として小型の冷蔵庫がある。中に高級ワインまで入ってそうだ。シートはふかふかだし、エンジン音も静かで少しも座席が揺れない。

 

 さすがは高級車、普段乗っている我が家の車とは違いすぎる。


 見るもの触るもの全てが新鮮で非日常の空間だ。

 

 普段であれば大いに楽しめるところだが……。

 

 ブルリと身震いする。

 

 今の俺にそんな余裕はなかった。

 

 麗良パパから無言の圧力を受けている。

 

 麗良パパは高級そうな葉巻を取り出し、口にくわえて息を吸いながら火をつけふかしていた。


 張り詰めた空気が辺りを漂っている。

 

 こ、怖い。

 

 これがちまたでコストカッターと恐れられている敏腕社長の力なのだろう。言葉を発せずとも、その存在感だけで空気をピリピリさせる。

 

 俺は就学生ではないが、まるでブラック企業の圧迫面接のようだ。この人の前では、木っ端就学生なんてビビりまくって何も言い出せないだろうね。

 

 うぅ、沈黙が辛い。

 

 何か言ってくれ。

 

 時間にして数分だろうか……。

 

 ようやく麗良パパが口に加えていた葉巻をトントンと灰皿に消し、その口を開いた。


「単刀直入に聞こう。娘に何をした?」

「えっ!?」

「……聞こえなかったのか?」

「い、いえ、聞こえてます」

「聞こえているならとくと答えなさい」

「は、はい、えっと何をしたって言われましても……そ、その、あのですね」

「……グズは嫌いだ。グズを相手にすると時間を無駄にする。だが、これは重要な案件なので、グズに時間を取ってやろう。もう一度聞く。娘に何をした?」

「な、何もしてません」


 実際は何かしているため、しどろもどろになってしまう。クロかシロかで問われれば、俺はクロである。いじめられて心神喪失状態だった。使うつもりはなかったけど、やむを得ず使ってしまった。言い訳はいくつもある。だけど、この人には通用しないだろう。


「本当か? 紫門ゆりかど君が言うには、君が娘をたぶらかすために薬(ヤク)でも盛ったんじゃないかとな」

やく!? そんなもの使うわけないじゃないですか!」


 やくは自分だけでなく周りの大事な人達まで不幸にする。そんな親不孝な真似をするわけがない。シートから立ち上がり反論する。


「嘘をついても無駄だ。私は警察の上層部とも懇意にしている。署長に頼んで君の家を家宅捜査させてもいいんだぞ」

「家宅捜索!?」

 

 まじか。

 

 薬(ヤク)はないが、宇宙人からもらったチート機械は持っている。

 

 万が一あの小箱を没収でもされたら……。

 

 あれはボタンさえ押せば、誰でも使うことができる。警察を通して、洗脳機械(ブレインウォッシュ)の存在が世に明るみに出てしまう。


「なんだ? そんなに青い顔をして図星だったか?」

「ち、違う。薬(ヤク)なんて使っていません」

「まぁ、そうだろうな。これでも私は現実主義者だからね。薬で精神を操る? 馬鹿馬鹿しい。現代の科学で惚れ薬など茶番だ。人の精神を捻じ曲げる薬などあるわけがない」

「そ、そうでしょ」


 た、助かった。

 

 麗良パパが常識人で助かったよ。

 

 家宅捜査されたらやばかった。


「だが、薬でなくても何かがあると私は睨んでいる」

「な、何かって?」

「それはわからん」

「わからないって……それじゃあ言いがかりですよね? 僕が何をしたって言うんです?」

「君の手口は不明だが、君が麗良に何かをした。それは絶対だ」

「し、証拠もないのに……」

「証拠ならある。事実、麗良は君のようなうだつのあがらない男にのぼせあがっているんだからな!」

「くっ、あまりな言い方ですね」

「事実だろ。学園長に聞いて君のことは調べた。成績も優秀とは言えない馬鹿者。身体も貧弱で頼りない。顔も家柄も凡百の一つだ。とても麗良とつりあう男じゃない」


 く、悔しい。

 

 麗良達とのスペックの差は実感している。だけど、面と向かってそこまで言うことないだろう。バカにするな。なんとか言い返してやる。


「庶民だって頑張れば、エリートに勝てるかもしれません!」

「そういうのはね、結果を出してから言うもんだよ」


 麗良パパがあきれたように言う。その眼は庶民をどこまでも馬鹿にしているように見えた。


「ひどい」

「ひどい? どちらがひどいか。近頃は君のおかげで娘と喧嘩ばかりだ」


 麗良パパは、ぽつりとつぶやいた俺の非難の言葉に反応する。


「そ、そうなんですか」

「あぁ、君をけなすと烈火の如く怒るんだよ」

「はは……」


 レイラのショウへの愛情を考えれば、ショウを貶めるなど自殺行為である。自分の父親といえども辛辣な言葉を放つだろう。


「笑い事ではない。私は娘に殴られたんだぞ。君にはわかるまい。手塩にかけて育てた娘から裏切られる気持ちは!」


 それはお気の毒にって言ったら火に油を注ぐよな。ケンカの原因は俺だし……。

 

 話題を変えよう。そうだ。この流れで麗良の状況を聞いてみるか。


「それで麗良さんは元気にしてますか? 学校を何日も欠席しているし、心配です。今どちらに?」

「君には関係ない。話す義理もない。話す価値もない。わかるな」

「そ、そんな……」

「それと娘の名を気軽に呼ばないでもらおう。非常に不愉快だ」

「は、はい」


 と、取りつく島もない。無理だ、これ。


「はぁ~悲しいよ。紫門ゆりかど君ならともかく、君のようなうだつの上がらない男の口から『麗良さん』なんて聞く日が来ようとはな」


 麗良パパは首を何度も横に振り溜息をつく。

 

 紫門ゆりかどめ、ここでもそのエセ優等生ぶりを発揮するのかよ。

 

 どうして大人達は、紫門ゆりかどをたやすく信じるのか。

 

 言わずにはおれない。


紫門ゆりかどは最低最悪の男ですよ!」

「最低最悪なのは君だろ」

「違う。紫門ゆりかどはいじめをするようなクズです」

「君より紫門ゆりかど君を信じるよ。彼は品行方正で立派な青年だ」


 まただ。学校と同じだ。善人より悪人の紫門ゆりかどが支持されてしまう。

 

 悔しい、悔しすぎる。


「信じてください。紫門ゆりかどはクソです。女性を襲う犯罪者でもあるんですよ」

「そんな世迷言を信じるとでも?」

「本当なんです。娘さんも危ない目に遭うかもしれない。だから娘さんを守るためにも紫門ゆりかどをこれ以上信用しないでください」

「娘を守る? 凡愚な君が一端の騎士(ナイト)気取りか。そう言えば、娘は君を『翔』と愛称で呼んでいたな。まるで恋人同士のようじゃないか!」

「い、いえ、そんな……恋人じゃありません」

「当たり前だ」


 麗良パパが真顔で答える。


「当然恋人同士ではない。断じて違う。だが、娘は君のためなら死ねるそんな覚悟を持っていた」

「……はは」

「否定しないんだな」

「あ!? いえ」

「まぁ、いくら愚鈍な君でも娘から好意を受けているぐらいわかるか」

「は、はい」

「くっく、羨ましい限りだよ。私はまるで物わかりの悪い馬鹿者のように責められるというのに。君は娘から救国の英雄のように扱われる」

「そ、そんな違います」

「違わないよ。君は娘を骨抜きにしている」

「え、えっと……」

「さぁ、教えてくれ。落ちこぼれの君がどうやって娘の心を盗んだ? あそこまでどうやって人を惚れさせることができる? ちまたのプレイボーイなんて目じゃない。君はまるで恋泥棒、令和のルハンだよ」

「い、いや。そ、そんなルハンだなんて買いかぶりすぎですよ。僕はそんな大した奴じゃありません」


 かっこいい男の代名詞……憧れの怪盗ルハンと呼ばれて照れてしまう。


「謙遜するな。あれほどの覚悟を娘から見せられたのだ。君はルハン以上の盗人だ」

「はは、そんな照れますよ」

「はっははは、そんなにおかしいか?」

「はは、おかしいですよ。僕がルハンなんて言い過ぎです。それより考えたんですけど、麗良さんともう一度話をしてみたらどうですか? なんなら僕が間に入りますよ」

「くっく、あっはははは! 君は恋泥棒するだけでなく、親子の仲裁までしてくれると言うのか?」

「はい、僕でよろしければ」

「そうか!」

「はい、令和のルハンが仲裁しますよ」

「くっく、あっはははは! そうかそうか」

「あはははは! はい頑張ります」


 俺が笑い、麗良パパもつられて笑ってくる。

 

 不思議だ。あんなに険悪だったのに、わだかまりが解けたかのように笑い合っている。緊張の連続だったし、変なスイッチが入っちゃったのかな。


「「はは、はっはっはははははは!」」


 しばらく二人で大笑いする。


 そして……。


「若造がぁああ! なめるなよ!」

「がっ!」


 笑い声から豹変、激高した麗良パパにぎりぎりと首を絞められる。


「小僧、調子に乗るな」

「ち、ちょっと……く、苦しい」

「知ってることを話せ」

「し、知らない」

「親はな、子のためならなんでもできる。なんだってできる。どんなことでもだ!」


 麗良パパは、締め付ける力を徐々に強めていく。


 く、苦しい。息ができない。


「こ、これ以上は……し、死ぬ」

「ならば死ね!」


 こ、怖い。なんという迫力だ。


 これが草乃月財閥を巨大コンツェルンにまで押し上げた男の力か。麗良パパの本気モードは、ヤクザ顔負けだ。手に籠める力も半端ない。必死にもがいているのに、麗良パパの腕を一ミリも動かせないのだ。


 麗良パパは、俺の必死な抵抗をものともせず、さらに絞殺する力を強める。

 

「ごふっ!?」


 も、もうだめ。


 頑張って息を継いでいたが、限界が来たらしい。気管から変な音が出てきた。

 

 視界はぼやけ、意識がなくなる。落ちる……死んでしまう。

 

 失神する寸前、

 

「社長、そろそろ時間が……」


 運転手が運転をしながら背後ごしに話かけてきた。


 麗良パパは苦々し気に舌打ちすると、拘束した手を緩めていく。

 

 けほっ、げほっ!!

 

 激しく咳き込む。そして、大きく息を吸う。

 

 スゥーハァースゥハァー。


 数十秒深呼吸を繰り返し、息を整える。

 

 はぁ、はぁ、死ぬかと思った。まじで三途の川が見えた。


 殺す気か! 殺す気か!


「今回は警告だ。すぐに娘の傍から離れろ」

「い、いや、それだけですか?」

「それだけとは?」

「ひ、人を殺しかけておいて……」

「なんだ? 殺して欲しいのか? ならばもう一度、首を絞めてやろう」

「ひっ!?」


 麗良パパの淡々とした口調に血の気が引いた。思いっきりのけぞってしまう。


 クレイジーすぎる。あやうく死ぬところだった。

 

 ここは逆らわず、麗良パパに話を合わせたほうがいいようだ。


「わ、わかりました。娘さんと学校で会っても話しかけたりしません」

「勘違いするな。今更貴様が麗良と同じ学校に通えると思っているのか?」

「そ、それってまさか……」

「ふん、貴様の想像通りだ。学校に退学届けを出しておく」

「そ、そんな勝手に」

「もう一つある。貴様の父親はうちの系列会社に勤めているようだが、今日限りクビだ」

「なっ!? 父は関係ないでしょ」

「関係ある。貴様のようなクズを育てた。子の責任を親にも取ってもらおう。貴様達は、即刻東京から出ていけ」

「無茶苦茶だ」

「無茶じゃない。本来であれば、国外にでも追放したいところだがね」

「やめて下さい!」

「なら知っていることを話せ」

「し、知りません。一体何を証拠に僕を疑っているんですか?」

「……まぁ、いいだろう。何分忙しい身でな。今日の尋問は、これくらいにしておいてやる。家に帰って、じっくり考えることだ。正しい身の振り方をな」


 麗良パパが、恐ろしい形相ですごむ。


 改めて思う。金も地位もある巨大な権力者に睨まれたら、庶民はおしまいだ。


「ま、待って……」

「話は終わりだ。さっさと降りろ」


 車が路上に停止し、後部座席のドアが開いた。


 まずい。まずい。非常にまずい。


 権力者に家族が狙われる……というかもう狙われた。父さんが会社をクビになってしまった。

 

 俺のせいだ。俺がいじめられたせいで、家族を巻き込んでしまった。

 

 どうしよう?

 

 権力者に狙われていつまでも耐えられない。もっとえぐい拷問を受けたら隠していることを全部ゲロってしまう。洗脳機械(ブレインウォッシュ)がばれたら没収、いや、報復でどんな目にあわされるかわかったもんじゃない。

 

 草乃月財閥の社長だ。いくつもの企業を傘下に治めていて、日本の経済をけん引している。一国の総理大臣よりも権力があるって噂だ。

 

 紫門ゆりかどどころの話ではない。麗良パパは、最強で最悪の敵になりうる人物である。


 こうなれば紫門ゆりかどへの報復は後回しだ。

 

 父さんがクビにされる前に決行する。

 

 機会は今しかない。

 

 麗良パパの肩口を見る。

 

 右肩にはない。

 

 じゃあ左肩は……ある!

 

 よし!


 麗良パパの肩を掴む。もちろん、毛髪が落ちている左肩だ。


「き、聞いてください。本当に何も知らないんです。父さんがクビになるなんてあんまりだ」

「くどい!」


 麗良パパは、俺が掴んだ手を振り払うと、すぐさま拳で頬を殴ってきた。


 痛い。頬がじんじんする。

 

 でも、手に入れた。

 

 麗良パパの毛髪だ。無くさないように、しっかりと手の中で握りしめる。

 

 その後、叩き出されるように車内から外へほおり出されてしまった。


 したたかに腰を打つ。

 

 アイタタ……くそ、覚えてろ。

 

 庶民の力を見せてやるよ。反撃の狼煙を上げる。【洗脳機械(ブレインウオッシュ)】発動だ。

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