絶世の美女が俺の恋人に!? 前世は王女様とその従僕。いや、全部マッチポンプだから!
里奈使徒
プロローグ
「ぐふっ!」
俺の腹に、クラスメートの蹴りが当たる。
腹の中から胃液が飛び散り、床にポタポタと流れ落ちた。
はぁ、はぁ、苦しい。
クラスメートから殴られ、蹴られる。
今まで普通に接してくれていた級友から暴力を受けるのだ。身体も痛いが、心はもっと痛い。
俺は、クラス、いや、学園カーストの最底辺に落ちてしまった。
こんな最底辺と友達になりたい奴などいないだろう。
ただ…だからといって、人はここまで残酷になれるものなのか!
「……お前ら、頭おかしいぞ」
「頭がおかしいのは、てめぇだろうが!」
「そうだ。草乃月さんを襲うなんて許せん!」
「ち、違う。俺は襲ってなんかいない」
「言い逃れするな。恋人の
「貴様は、土下座だ。
うぐっ!
地面に打ち付けられ、額から血が出てきた。
はぁ、はぁ、くそっ! 痛い、痛いぞ。
なんでここまでされなければいけない。
「ゆ、
「お、なんだ? 謝罪か?」
「し、死ね!」
俺は、せいっぱい悪態をついてやった。
「お~い、まだ元気みたいだぞ」
「す、すみません、手加減したつもりはなかったんですが……」
「真剣にやれ。俺の大事な麗良が怖い思いをしたんだ。こいつにはたっぷり反省してもらう。わかったな?」
「「は、はいっ!」」
はらわたが煮えくり返る。
悔しい、悔しい。悔しすぎる。
そして、苦しい。
殴る、蹴る、暴力の嵐だ。もう数十分は、リンチが続いている。悔しくて弱音を吐かなかったが、限界だ。これ以上は、身体がもたない。
「や、やめてく……」
う、嘘だろ?
顔を上げた俺の目に木刀を持った佐々木の振りかぶる姿が映し出された。
佐々木の奴、
佐々木は、お調子者でサディストだ。殴っているうちに暴力がエスカレートしやすい。今回、
あんなものを振り下ろされたら……。
頭から血が噴水のように飛び出す姿が、脳裏に浮かぶ。
やばい。これは死んだ、と思った。
しかし――。
「やめろぉおお!」
教室内に怒声が響く。
クラスメート達がぎょっと振り返る。そこには、憤怒の表情を浮かべる麗良の姿があった。
「……貴様ら、何をしている」
麗良の底冷えのする声が教室に広がる。麗良は怒りで顔を歪めていた。
「れ、麗良違うんだ」
麗良を見るや、
「麗良、聞いてくれ。君が襲われたと聞いて、心配で心配で、そしてあまりに悔しくて、怒りで我を忘れてしまった」
「白石の奴が許せなくて――」
麗良は、
「で、でも、さすがにこれはやりすぎだったね。俺も今、彼らを止めようと――ひぎゃああ!」
麗良が
あれは痛い。
同じ男だからわかる。同情はしないけど。
昨日までクラス公認のカップルであり、
麗良は、そんな周囲の空気も我関せずと言った具合に、ツカツカと歩み寄ってきた。
「く、草乃月さん?」
佐々木が怪訝な表情で問う――瞬間、
「べふえらぁあ!!」
正直、救急車を呼ぶレベルである。だが、誰も動こうとしない。麗良の剣幕に恐れをなしているのだ。
静寂の中、
麗良はそんな二人を無視し、床に倒れている俺の前に来る。
「大事ないか?」
そう言って、麗良が愛おしそうに手を差し伸べてきた。シミ一つない白くすべすべの手が目の前にある。
はは、助かった。
まさに救いの手だ。
体中あちこちが痛いが、骨は折れてないと思う。再起不能の大けがを負ったわけではない。ぎりセーフってところか。
麗良の行動。
罪悪感が少しこみ上げてくるが、こっちも人生が懸かってる。
「……ありがと」
お礼を言い、麗良の手を取り立ち上がる。
ポンポンと制服の埃を払い、額から出る血をハンカチで拭っていると、麗良がじっとこちらを見つめているのに気付いた。
「な、何かな?」
「よくぞ生きて……生きてくれた」
感涙極まったのか麗良は、肩を震わせ抱きしめてくる。
強烈なハグだ。
おほっ、素晴らしい。密着すぐる。
やわらかい。それにすごくいい匂いがする。
レモン? バラ? 柑橘系の類?
いや、そんなもんじゃない。もっと高級な香りだ。庶民の俺には、何が原料かよくわからない。ただ、安っぽいコロンじゃないのだけはわかる。
高価な香水と美少女の匂いが混ざった、そんな香りが鼻孔をくすぐる。
俺は変態ではない。変態ではないのだが、一生嗅いでいたくなる。
う~ん、いい香りだ。
なんかやばい。頭がくらくらしてきた。
それに……。
嗅覚だけでない、視覚もやばいことになってる。
麗良の顔がすぐ近くだ!
ただでさえ、こんなに接近して女の子を見たことないのに。
心臓がバクバクする。
輝く金の髪、磁器のような白い肌、切れ長の瞳、上品な唇。
…間近で見るとよくわかる。
すごい美人だ。それも特上レベルである。
こんな絶世の美少女に俺は抱きつかれ、慕われているのだ。
これは惚れる、惚れるに決まっている。
俺は麗良をより抱きしめようと力を入れる――と、同時にズキンと頭に痛みが響いた。
ズキッ、ズキッと痛みが走る。
はは、そうだよ。
俺は何をやってるんだ!
痛みで冷静になった。
この状況を作り上げた原因を考えたら、とても喜んでいられない。
いじめを受けていなければ……。
俺が普通に暮らしていれば……。
何より"あれ"を使ってなければ……。
絶世の美少女に惚れられるというこの"奇跡"に感謝し、あたふたしながらも舞い上がって喜んでいただろう。
冷静になれ。これは虚構だ。
麗良は嗚咽を交え、俺の胸で泣いている。
王国の王女、レイラ・グラス・ヴュルテンゲルツか……。
長年慕っていた忠臣ショウとの現世での再会だ。
あの一章でのラストシーンから考えたら大泣きも当然の結果である。
麗良、悲しいだろう。
麗良、辛いだろう。
麗良……って、これ、いつまで抱擁してたらいいんだ?
冷静になった頭で考える。女子高生、それも特上レベルの美少女に抱きつかれるという、人が見たらなんともうらやまけしからん状況だ。いつまで続けていいものでもない。
周りの奴らの反応は……?
うん、先ほどよりも唖然としていた。これぞ驚愕の顔である。
そりゃそうか。昨日まで麗良は俺をまるで汚物でも見るかのように
戸惑うなと言うほうが無理だ。
それから数分……ようやく落ち着いたのか、麗良からの抱擁が終わった。麗良は涙を拭うと、表情を一変する。
そして、
「皆、聞け!」
周囲に叫ぶ。声の通る透き通った声だ。そして、力強い。誰もが黙り、麗良の一挙一動に注目する。カリスマという言葉がこれほど似合う女性はいないだろう。
静かになった教室で麗良が俺を抱き寄せ、
「ショウに手を出す輩は、この私が許さん!」
先ほどよりも強く叫び睨む。異論を認めない鋭利で容赦のない視線だ。
「く、草乃月さん、一体どうしたんですか?」
「どうしたとは? 言葉の通りだ。ショウに手を出す輩はこの私が容赦せぬ」
「だから、なんでそんな底辺の――ひっ!?」
麗良の冷たい眼差しを浴び、宮本が悲鳴を上げた。その眼差しには強い殺気が込められている。
「……忠告しておく。今後ショウを侮辱した者は、明確なる私の敵だ。私と敵対したくなければ、言動には細心の注意を払うことだ」
「は、はは、敵って……じ、冗談ですよね?」
宮本が、恐る恐る尋ねる。
「……冗談か。貴様は、私の本気をそう捉えるのだな」
「うっ」
冗談であって欲しい、その思いから尋ねた宮本だが、それは火に油を注ぐ行為だった。麗良の眼差しはさらに鋭くなっている。その剣呑な空気にあてられ、宮本の膝はがくがくと震え始めた。
「そこの腰抜け然り。私の言葉をどう捉えるかは皆に任せよう。ここは自由の国ニッポンだからな。強制はせん。私の敵になりたければ、好きにすればいい」
好きにすればいい、麗良のその言葉に周囲が少しざわつく。反応は様々だ。額面通りに受け取る者、言葉の裏を考える者、ただ、皆が共通している思いは、麗良を敵に回したくないということだ。
頃合いを見て、麗良がさらに口を開く。
「ただし、敵になる者は、それ相応の覚悟をしておけ。敵は、全身全霊で叩き潰してやる!」
麗良は、どう猛な笑みを浮かべている。獲物を狩る鷹のようだ。
ここにきて、半信半疑だった宮本もようやく悟ったらしい。麗良にとって、俺がどういう存在なのかと、自分の言葉が麗良の逆鱗に確実に触れたんだと。
宮本も上流階級の人間である。天下の草乃月財閥の一人娘に睨まれたら、社会的に終わる、それを誰よりもわかっているのだろう。その顔面は蒼白となり、今もがくがくと膝が震えていた。
宮本の醜態を見て、他に続く者はいなかった。麗良の豹変に疑問は腐るほどあるだろうに質問せず、黙って気まずそうにうつむいている。
麗良は、そんなクラスメート達を軽蔑した目で一瞥し、俺に改めて向き直る。その眼差しは慈愛と、贖罪が混じっていた。
「すまない。こんな状態のお前を……ほったらかしにしてしまった」
「い、いや、草乃月さんが謝ることじゃないよ。悪いのは
「違う、違うんだ! 本当は……本当は、一番、罪深いのは私なのだ。知らなかったとはいえ、最も信頼すべき者を信じず、最も侮蔑すべき愚者を信じてしまった」
「そ、そう」
「ショウ、お前を傷つけた。深く深く傷つけてしまった。悔いている。どうか許してくれ」
麗良は、深々と頭を下げてくる。麗良の顔は、後悔で苦渋に歪んでいた。
いたたまれない。
「やめてよ、草乃月さんは関係ないから。謝罪なんて必要ないよ」
「そんなことはない。愚かな行為だった。私が私を許せない」
それから俺が何度「関係ない。悪くない」と言っても聞いてくれない。麗良は、頭を下げたまま「愚かな私を許してくれ」の一点ばりだ。このまま麗良と問答を繰り返してたら、土下座もしかねない状況である。
やめて、まじ勘弁して。
土下座なんてされようものなら、罪悪感が……。
しかたがない。
「そ、それじゃあ、コホン、あ、あなたの罪を許します。だから頭を上げて」
こう言うしかなかった。
すると、麗良がようやく頭を上げ俺を見つめてくる。
上目遣いの涙目で、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「ショウ、私の謝罪を受け入れてくれるのか?」
「う、うん」
「こんな愚かな私を許してくれるのか?」
「うん」
「では、前と同じように仕えてくれるのか?」
「……うん、仕えるというのはよくわからないけど、うん」
本当はわかっているが、そう答える。
「そうか、感謝する。もう私は間違えない。お前を助け、お前を守る!」
麗良が力強く言い、俺の肩に手を置く。
「いつっ!」
ちょうど肩口の傷にあたり思わず叫んでしまった。
「すまない、まだ痛むのか?」
「大丈夫、少し傷に当たっただけだから」
「そうか、可哀そうに。ショウをこんな目に合わせて、奴ら許せぬ。お前が受けた屈辱は、私が必ず晴らしてやる」
「あ、ありがと。ただ、もういいよ。
「だめだ。あの程度では不十分。奴らには死すら生温い」
麗良は憤怒を吐き出すように言う。
あの程度って……。
「やりすぎると
「関係ない。例え世界の全てが敵になろうとも、私だけはお前の味方だ。お前のためなら、財も権も命さえくれてやる」
昨日とは一変、虫を見る目から白馬の王子でも見るかのようだ。麗良の俺を見る目が、完全にハートマークである。もう別人と言っても過言ではない。
やむにやまない事情があったとはいえ、オーバーパーツ「
うん、やりすぎた……どうしよう?
仕方がなかったんだと蓋をしていた心の中で、とうとう罪悪感が爆発した。
頭を抱える。
こんなことになったのも
話は、三ヶ月前に遡る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます