立花くんは、話したい
橘花 紀色
立花くんと始まり
私が彼を初めて見たのはちょうど2学期の始業式の日のことだった。彼がこの学校に転校してきた。まだ8月の暑さが残っていて、蝉もうるさいような季節。でもその日だけは気持ちの良い風が教室の窓からさらさらと吹き出していた。夏休みが終わったばかりで、まだ頭が働いていない。私は遠くにある美味しそうな雲のことを考えていた。
「転校生だって??」
「えー男の子かな?女の子かな?」
「イケメンがいいー!」
「ばーか!美少女が来るに決まってんだろ!」
みんなが騒いでいる。でも私は転校生なんてどうでもよかった。自分から仲良くなろうとは思わない。自分から行動するなんて、そんなものは危険を招くだけ。もうあの時から面倒な人間関係はやめると誓った。ましてや恋愛なんてしたくない。もう、平和に暮らしたい…。だから転校生が来るにしろ来ないにしろ、私の気持ちの変化はない。今度は外で遊んでいる鳥たちをぼーっと見ていた。
そのとき、先生が教室のドアを開けた。みんなが一斉に静まる。
コツ、コツ、コツ
先生のあとに続いて彼は入ってきた。全員の視線が集中する。そのたくさんの視線の先には…とても端正な顔つきの男子が立っていた。消えそうなほどの透明感に包まれている。おまけに背も高い。いかにも女子が騒ぎそう。しかし、髪の毛が長くてあまり表情が受け取れない。
「か、かっこいいね…」
「まじか…女子じゃない…」
案の定少しのざわつきが起こる。
「では、自己紹介をお願いね」
「…」
その子は黙って黒板に文字を書き始めた。
〝立花 彪人 〟
〝たちばな あやと と読みます〟
〝よろしくお願いします〟
一瞬柔らかい風が彼の頬をくすぐると、綺麗で真っ黒な瞳が見えた。私はその彼の瞳から目が離せなくなった。けれどすぐにはっとして、彼の書いた文字に急いで視線を移した。…そこには無駄がなく、優しい文字があった。字が上手いとはこのことを言うんだな。深い緑色の上に書かれた淡い白い線がとても彼に合っていた。でもなんで黒板に書くんだろう。私と同じ疑問を持った子がすかさず質問をした。
「なんで書くんですか?言えば早いのに」
彼は黙ったままだった。全員の視線がもっと集中する。しかし彼の顔つきは変わらない。真っ直ぐ、遠くを見ている。すると先生が口を開いた。
「…立花くんは耳が聞こえないの。ごめんね、先に言えばよかった」
…!
(そうなんだ…)
「へえ…そっか…」
「あーなるほどね…」
クラスが一瞬変な雰囲気になってしまった。私はその変な空気をすぐさま全身で感じ取った。
「はい!」
先生が手をパンッと叩く。
「では、あと少しで今年が終わってしまうけれど、みんな立花くんのことよろしくね!」
無駄に元気に張り上げたその声が教室に響き渡る。
「「はーい」」
みんながどんな目で注目をしても、彼は少しも視線を動かさない。
…私はまた彼から目が離せなくなった。
(…この人…)
昔から人の気持ちを読むことが得意だった。みんなの空気を感じることも。色々な環境が私をそうさせてきた。でも…
(…この人は…何を考えているの…?)
…これが彼との初めての出会いだった。
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