クリスマスの夜に

嬾隗

魔法使い

 今年も、このイベントがやってきた。リア充が街中に大量発生するイベント。カップルがイチャイチャしながら街を歩き、大勢の友達と騒ぎ、周りのぼっちや陰キャに多大なるダメージを与えるイベント。そして、男はうまくいけばお持ち帰りができるイベント。


 そう、クリスマスである。


 この時期は、パートナーがいない人は、家族と過ごさざるを得ない。さらにそれすらいない人は、一人で酒でも飲むしかない。ただのやけ酒だ。


 俺も、何もない人の内の一人である。すでに二十代後半であり、もうすぐで魔法使いになれるのである。仕事に時間を消費し、趣味という趣味もなく、仕事をして家に帰り、酒を飲んで寝るだけの日々を過ごしている。合コンには参加しない。というかできない。以前、悪酔いをしてしまい、出禁をくらってしまったのである。だから、出会いなんてものに縁はない。


 今日は、上司にこっぴどく怒鳴られた。なんでも、娘とクリスマスパーティーをするから早く帰りたいらしい。仕事に私情を持ち込まないでほしい。俺だってこんな浮ついた街になんかいたくない。早く帰りたい。


 結局、終業時間を少し過ぎてしまった。それだけならいい。だが、会社の近くのホテルで、パーティーがあるらしく、リア充どもが大量にいた。会社から出た瞬間にぶつかりそうになった。


 危ない危ない。


 穢れた人間になんか触れたくない。このあと別のホテルにも行くのだろう。穢らわしい。まさに獣である。


 会社の最寄り駅に向けて歩く。そこかしこに幸せそうに歩く人々を見ると、魔法を使いたくなる。吹き飛んでほしい。視界に入らないでほしい。ああ、魔法でパートナーを作れたらいいのに。


「ん?」


 駅前のベンチに、フードをかぶっている人がいた。体格からして、女の子のようだ。そばにはスーツケース。疲れて座っているらしい。……ううむ、自分は思っている以上におせっかいな人間のようだ。


「どうしたの?」

「え? あ……」


 かわいい。


 顔を見た瞬間、そう思った。


「一人? 待ち合わせじゃなくて?」

「う、うん……」

「どこか行く予定だったの?」

「うん……」


 そのとき、彼女のおなかがかわいらしい音を立てた。


「あ、ちょっと待ってて」

「え、ちょっと」


 小走りで近くのコンビニに行き、かろうじて一つだけ残っていたチキンを一つ買い、彼女のもとへ戻る。


「はい、食べて」

「あ、いただきます」


 もぐもぐと食べる女の子。元気になったみたいだ。それなら俺はいらないだろう。


「じゃ、俺はこれで」

「え、ちょ……」


 何か聞こえたが、無視して駅に行き、電車に乗って帰った。ただの意味不明な奴かもしれないが、自分でもなぜあんな行動をしたのかわからなかった。自分に対しても恐怖を感じたので、その場を離れた。離れる際に、千円札を置いていった。完全にエゴである。


 俺の家は、ぼろアパート。そんなに収入がない俺の財布に優しい。大家さんも優しい。いい関係を築かせてもらっている。


 さっきコンビニに行った際に一緒に買ったビールを開ける。疲れた体に染みる。そのまま、クリスマスの特番を見ながら、寝入った。


 寝そうになっている途中、インターホンの音が聞こえた気がしたが、体が重く、無理だった。


「……こんな生活なんだ」


 女の子の声がした気もしたが、夢だろう。



 ◇◇◇



「んん……?」


 覚醒してすぐ、異変に気付いた。カーテンが開いている。いつもは閉めているのに。


「っ!?」


 部屋の中に、巨大な箱があった。それも、プレゼントボックスだ。緑の箱に、赤のリボンがかけられている。


 浮かんできた感情は恐怖のみ。誰が、どのようにしてこの部屋に忍び込み、箱を置いたのか。


 とりあえず、排除せねば。そう思って、箱に手を伸ばしたとき──


「メリークリスマス!」

「どわあ!?」


 箱が開き、女の子が飛び出してきた。


「ふ、不審者!」


 スマホに手を伸ばし、通報しようとする。


「ちょっと! 私! わかるでしょ!」

「……え?」


 よく見ると、昨日の女の子である。……ん? 見たことあるな?


「あれ?」

「思い出した? あなたの大事な幼馴染だよ!」

「なんで昨日気付かなかったのかな」

「私も同意。全く……」

「あれ? ていうかどうやって入った?」


 そう言うと、得意げに胸をそらして。


「大家さんにあけてもらった!」

「何してんのあの人!?」

「彼女です! って言ったら大丈夫だった!」

「そこはまあいいや。否定はしない」

「ふへへ」


 かわいいな。って、大事なこと聞くの忘れてた。


「なんでこっちきたの?」

「来年からこっちの大学行くからだよ? メール見てないの?」


 スマホを確認すると、親からメールが来ていた。同棲の下見か。……え?


「一緒に住むの?」

「そうだよ。だって最初からその気だもん!」

「まあ、いいか。これからもよろしくな」

「うん!」


 クリスマスプレゼントは、彼女だった。クリスマス限定で、魔法使いになれたようだ。

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クリスマスの夜に 嬾隗 @genm9610

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