第22話 ようこそ、魔女の舞台へ
「帝国が私を捨て駒にしたいのはよくわかった」
アドグラースへの道中、揺れる自動車の中でグルニエさんは憤然と呟いた。グルニエさんが帝国に忠誠を誓うようなタイプではないとわかってはいるものの、神聖騎士団に所属する身としてはうまい返しが思いつかない。僕も騎士団や帝国の思惑をすべて理解しているわけではないけれど、今回のグルニエさんのアドグラースへの派遣。これは、無謀という他ないのではなかろうか。
「魔女を相手取るのは相当の準備が必要だ。騎士団を編成するにしても、兵器を用意するにしても、人払いにしてもそこそこの時間をつかってやるものだろうに。それを今、目の前で被害が起きていないからおいそれと放出するわけにはいかない、ってか。天下の神聖騎士団が聞いて呆れるな!」
グルニエが声高に騎士団を皮肉った途端、ガッタン! と車内が大きく揺れた。尻が浮いて思いっきりシートに着地する。悪路に車輪を取られたとは違う、だって大都市間を繋ぐ舗装された道だ。
運転席のドライバーがわざとらしく咳払いをした。そう、これは神聖騎士団の所有する自動車、そして運転手は神聖騎士だ。身内を痛烈に批判されていい気分なわけがない。
グルニエさんはまだ言い足りない様子だが、ここは堪えてもらわないと尻が青あざまみれになる。僕は宥めるための語彙をかき集めた。
「皇帝はグルニエさんの実力を推し量りたいのかもしれませんよ」
「私は戦闘民族じゃないんだ、日がな鍛練している騎士以上の成果を望まれてもな」
グルニエさんは栗色の髪をくしゃりとかきあげた。
「魔女は魔女をもって制す、とはよく言ったものだ」
それはグルニエさんが言ったのではなかろうか。
「奇怪な招待状一枚では動く価値なしと判断したか、怠惰な魔女の試金石とするか……」
気に入らんな、とグルニエさんは吐き捨てた。無策だとは……いや、放任が過ぎるとは僕も思う。このあとはアドグラースの街で神聖騎士の屯所に行くことになっている。そこで駐在の神聖騎士から魔女ガルディアについての情報を確認する手筈だ。もっとも、僕たちが首都ジュリスを発つまでにアドグラースから異変を知らせる連絡はない。魔女の仕業とおぼしき怪奇現象もない。
「クオーツ」
おもむろにグルニエさんが僕を呼んだ。その顔はいつになく険しい。苦い、というべきかもしれない。
「神聖騎士の立場として、お前なら
「……いえ」
僕は躊躇いながら小さく否定した。グルニエさんの不満と僕の疑問は、たぶん繋がっている。
「もし本当に魔女ガルディアがアドグラースに罠を張っているのなら……住民に被害が及ばぬよう、避難をさせなくてはならないと思います。たとえイタズラだったとしても、危害が及ぶ可能性があるなら無視することはできません」
「私もそれが気になっていた」
「アルブレヒト参謀からは現地の状況について詳しくは聞けていません。屯所の神聖騎士が避難誘導をしているならいいんですけど」
僕の懸念にグルニエさんは無言を貫いた。
アドグラースの街は首都ジュリスに次ぐ大都市と呼ばれている。観光業で栄えた街であり、中央広場の噴水は「銀貨を投げ入れると運命の人と結ばれる」などという迷信で有名だ。そんな営業トークに僕は浮かされたりしない。脆く砕け散った初恋を前に僕はそういった類のものに卑屈な目を向けるようになっていた。
そして、自動車は整った街並みを速度を緩めず進んでいく。中央広場の噴水は自動車が入れないので遠目に眺める程度だ。確か神聖騎士の屯所は広場から少し行ったところにあると聞いている。であればもう少しで着くだろう。
そこで僕は気付くべきだった。この違和感に。
「あれ……?」
自動車は中央広場からみるみる離れていく。パステルカラーの屋根が並ぶ住宅街を快走していた。おかしい、屯所は住宅地の真ん中になんて置かれていないはずだ。
グルニエさんの方を向くと、彼女は顎を撫で付けながら唇に笑みを刷いていた。だが目は笑っていない。紫水晶の瞳は厳しい眼差しで運転席を睨んでいる。
「グルニエさん」
「嵌められたな。街に入った時点で乗っ取られている」
グルニエさんの視線を追えば、先ほど露骨な咳払いをしていた運転手の瞳は焦点が定まらず、揚がった魚のように濁っている。虚ろな様子、だが自動車を操縦する手足は機能している。魔術か何か……いや、魔術なんだろう。
「他者を操る魔術ですか」
「それだけじゃない。この街全体に結界が張られている。そのせいでさっきから頭痛が酷いんだ、他人の
グルニエさんはこめかみに右手を添えた。
「人払いが不要なのは幸いだがな、蛇の腹の中から抜け出すことになるとは」
結界に他人を操ったりと、聞いているだけで「煉獄の魔女」ガルディアは恐ろしい魔術を次々と行使している。もうアドグラースの街全体が彼女の支配下に置かれているのかもしれない。だとすれば、アドグラースの屯所から連絡がなかったことも納得がいく。ついでに、
「クオーツ、くれぐれも魔女に心を許すな。私の首輪は万能ではない」
「……はい」
僕は唾を呑み込んで頷いた。すでにここは魔女ガルディアの舞台上。僕たちは彼女の罠に入り込んでしまったのだ。
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