ものぐさ魔女は謎をご所望です

有澤いつき

一章 スローストローク・ミスティカ

第1話 青年よ、祝福あれ

「あの、さ。僕と、つきあってほしいんだけど」


 理想を言えばもっとスマートに決めたかった。合格祝いの派手なパーティー。高倍率の壁を乗り越え、「入団が決まれば将来は明るい」とまで言われるエリート中のエリート、神聖騎士団の入団試験に僕は晴れて合格した。ここまで辛かった。入団可能年齢である十八歳から試験を受けるも不合格。それが続いた上での三回目。二十歳の誕生日に迎えた最終試験は心臓が過労死するくらいバクバクで、生きている心地がしなかったものだ。だがそれもいい思い出。春になれば白銀の薔薇をあしらった団服に身を包み、国民から尊敬と信頼の眼差しで見つめられるだろう。なにせ念願の神聖騎士の仲間入りだ。気が大きくなっていた、それは否定しない。

 十年来のつきあいになる幼馴染に、何気ない風を装って好意を告げた。初恋だった。けっして恋愛経験豊富ではないが、この感情がただの幼馴染を超えたものであるとは理解していた。それで背伸びをしながら告白するタイミングを伺い、合格の決まったこの機会しかないと思った。


 イーリスは――僕の幼馴染の名前だ――目を丸くして、たいそう驚いている様子だった。動かしていたナイフの手がぱたりと止まってしまうほど。本当に予期していなかったんだなと思う。驚愕ばかりが色濃く出ているその表情かおから、これはなのか推理することは難しい。

 イーリスがナイフから手を離し、僕をまっすぐに見据える。


「ありがとう。クオーツが私を好きだなんて、考えたこともなかった」


 十年間、家族みたいな関係だ。苦しいときに泣き楽しいときに笑いあった。同志という言葉も近いかもしれない。僕が神聖騎士団の入団試験に落ちたとき、真っ先に励ましてくれたのがイーリスだった。

 だけど、と静かに言葉が落ちる。逆接が来ていい予感はまったくしない。僕は身体中の筋肉が強張っていくような感覚に陥っていた。


「ごめん。私、クオーツのこと……そんな風に見られない」


 そこから先のことは、よく覚えていない。


 ***


 がたごと、がたごと。

 何が嬉しくてなどという前時代の移動ツールに揺られているのだろう。レンガで舗装されていない悪路に車輪が容赦なく嵌まり、そのたびに尻が思いきり浮きあがる。重力に逆らえない僕の身体は木の板を張っただけの長椅子に尻で着地し、そのたびにじんじんという痛みに襲われている。

 最悪だ。ケツは痛むし道は悪いし列車は走っていないし。おまけに雨でも降りだしてきそうな曇天だ。鉛色した雲に唾を吐きたくなる。


「スローストロークまで、あとどのくらいかかりますか」


 試しに馭者に問いを投げてみる。自分の声に疲労感が滲んでいることは自覚していた。老いぼれの馭者は耳が遠いのか「あんだって?」と大声で聞き直し、僕はもう二回同じやり取りを繰り返した。それから訛りの強いアルミナシオ共通語が返ってくる。


「んだな、あと三時間くらいかかるかねえ」

「そんなに……」


 長い、と愚痴を吐こうとした瞬間また馬車全体が跳ねた。高く跳んだせいで舌を噛む。想像以上の痛みに僕は縮こまって耐えた。到着するまで二度と口を開いてやるものかと決意した。


 こんな僻地のド田舎にやって来たのも、あの陰険で陰湿なクソメガネのせいなのだ。エリート中のエリートが集う神聖騎士団は、神聖帝国アルミナの元首である神聖皇帝直属の部隊だ。入団できれば将来は明るい、と言ったのはどこのどいつだったか。僕もそれを信じたし国のために働きたいと思った。三度目の正直で合格した。はずなのに。

 難関を突破した僕は有頂天になっていた。ブチ上げテンションのまま片思いをしていた幼馴染に告白、そして玉砕。自棄酒をあおって店内で暴れまわり、その醜態が同じ店で飲んでいた神聖騎士団の人事担当に見られていた、という顛末。

 地獄か。

 入団前の素行不良。下手をすれば合格取り消しもあるのが世知辛い世の中だ。僕は翌朝騎士団の本部に呼び出され、そこで弁明と哀願に追われた。プライドもへったくれもない手段を使い果たした。冷たい床に額をくっつけて、なんでもしますから入団取り消しだけは勘弁してくださいと泣きすがった。その結果、首の皮一枚で生き長らえたわけだが、その代償が辺境の街スローストロークへの赴任である。


 神聖騎士の仕事は主に治安維持だ。科学技術と人の力を信じて発展してきた我が国は、街の様子をつぶさに観察するため各地に神聖騎士を配置している。民の意見を吸い上げ、街の小競り合いを解決し、犯罪者がいれば取り締まる。街のパトロールが日課であるからと揶揄する者もいるが、それも神聖騎士の大切な仕事だ。

 そして神聖騎士としての基礎を叩き込まれた僕の最初の赴任先が、エリート街道からはかなり外れたのどかなクソ田舎。何も起こらなければ神聖騎士の手柄をあげることも、ひいては中央に戻るための口実を得ることもできない。第一歩からしてマイナス。もう溜息しか出てこない。

 窓に水滴が張り付く。最悪だ。

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