落第少女の綺想曲《カプリチオ》 〜〜水の街の魔法使い〜〜

ストロー=クーゲルスタイン

第1話「水の街の魔法使い」

「うわー、遅刻だー!」

初夏の日差しが優しく照らす道を少女は駆ける。

制服に身を包んだ肩まで伸びる栗色の髪をたなびかせ、髪と同じ色の目に焦りの色を浮かべている。

平均的な身長故の平均的な歩幅で、しかししなやかな身のこなしで道行く人を避けていく。

目指すは魔法学校、選ばれし者のみが通うことを許された学府である。

「お願いどいてー!次に遅刻したら課題が増えちゃうのー!」

黒いコートを着た長身の老紳士を掻き分け飛び出したのは、赤信号の横断歩道であった。

「あっ…」

気付いた時にはもう遅く

けたたましい音に首を向けた彼女が見たものは、少女を死に至らせるには十分過ぎる速度で迫り来るトラックだった。

眼前に迫るトラックはスローモーションのように映り、今までの人生が走馬灯のように巡る。

(お父さん…お母さん…ごめん。私、多分死んだ…)

「やれやれ…」

先ほど彼女が押し除けた初老の男性が、懐から何かを取り出し、麗らかな陽射しに銀色の髪を躍らせ振り向いた。

「我が名の元に命ずる…天巡る力ある風よ、今凝縮し、動を静へ、力を無象へと変えよ!」

彼がそう呟き手を振りかざすと、強烈な衝撃音と共に、しかし全くの無傷のままトラックは停止した。

「あ、あれ…?」

覚悟した衝撃も痛みも訪れず戸惑う少女は、

目前で静止したトラックに気付く。

「す、凄い…トラックを止めちゃうなんて…」

目をやるとトラックの運転手も驚きと安堵の混じった表情を浮かべていた。

「…大丈夫か、娘?」

「はい!?あ、ありがとうございます…」

老紳士が声をかけると、少女は気が抜けて道路にへたり込んでしまう

「長生きしたいのなら、もう少し周りをよく見て行動することだ」

そう言って老紳士は立ち去ろうとする。

「ま、待ってください!」

少女は立ち上がり、男性を呼び止める。

「あの、今の魔法ですよね?それも、とんでもなく強力な…」

「だとしたら、なんだ?」

一瞬足を止めた老紳士だったが、再び歩き始める。

「あの、どうやったらそんな魔法使えるように…じゃなくて!その、コツとかあったら教えて…でもない!ええと…弟子にしてください!」

言葉を選ぼうとするも思い浮かばなかった少女は、一番自分の考えに近そうな言葉を叫んだ。

「断る。名前も知らん小娘を弟子に取るつもりは無い」

しかし老紳士は振り返りもせず拒絶する。

「ひん…ま、待って!私、メルラーナ・レーベンテールです!メルでいいです!弟子にしてください!」

「断る」

「そんな、名乗ったのに!?」

そういう問題ではないのだが、必死な少女…メルは気付かない。

「名乗れば弟子にするといつ言った?それより早く学校に行くんだな」

歩みも止める事なく老紳士は去って行く。

「そうだった…!?でも諦めたわけじゃないですからね!」

その背中に叫ぶと少女は学校に向かった。


メルラーナ・レーベンテールは落第生である。

正確には落第生の筆頭候補である。

基礎教育を修了した彼女は自分の夢を叶える為、身の丈に合わぬ魔法学校を進路に選んだ。

本来なら、実力の足りない他の少年少女のように入学試験で落とされてしまうはずだった。

しかし彼女は勘で解いた問題の数々を天文学的な確率で全問正解する奇跡を起こし、魔法学校に入学した豪運の持ち主である。

なお、真面目に解いた問題は全て間違っていた。

そんな彼女が入学後、授業についていけるはずなど当然なかった。

あまりの出来の悪さに周りの話についていけず、友人と言える人間も極々少数。

そんな彼女は今日も、理解出来ない授業に延々と頭を悩ませていた。


「…であるからして、これらの製品の加工には付呪の定着率を考慮する必要があります」

そう付呪の担当教師が言ったところで、終業を告げる鐘が鳴り響く。

「今日はここまで。次回は代表的な符呪について学習するので、各自よく予習しておくように」

眼鏡を外し、授業を終える女教師。

見た目の年齢は30前後、俗っぽく言うなら色白の美人である。

メルも机を片付け、休み時間に入ろうとするが…

「メルラーナ、こちらへ」

女教師に呼ばれ、廊下に連れ出されてしまった。

「さてメルラーナ。なぜ呼ばれたのかはわかりますね?」

「はい、遅刻したからです…」

頭を垂れるメル

「ええ、それも三回目です。二回目の遅刻の際に貴女が約束したことは覚えていますね?」

「はい…」

「では補習の課題です。来週までには提出すること、いいですね?」

女教師が杖を一振りするとペンが紙の束の上を踊り、課題が作られる。

「はい…善処します…」

そのまま手の上に積み上がる紙の束をメルは見つめた。

おそらくメルの実力では半分…いや4分の1も終わらせることは出来ないだろう。

女教師もそれを察してか、去り際に課題は取り組む姿勢も重要であると言い残していった。



「メル、大丈夫?」

課題の束を抱えて机に戻ったメルに、友人のルナが声をかける。

短い黒髪にリボンのワンポイントが可愛らしく、大きな黒目はくりくりと動いて心配していることを伝えてくる。

「うん、大丈夫…ではないけど、悪いのは私だし…あはは…」

力なく答え、肩を落とすメル。

「私が教えてあげられればいいんだけど、最近部活が忙しくて…」

「ありがとう、ルナ。自分でなんとかしてみるよ。」

ルナは面倒見の良い性格で、メルがよく勉強を教えてもらう内に友人となっていた。

しかしルナがアルカナ研究部に入部して以来、共に過ごす時間は減っていった。

「頑張ってメル、応援してるよ!」

ルナがそう言うと次の授業の教師が現れ、話はそこまでとなった。


放課後、寮へと帰る道の途中でメルは朝の横断歩道の前に佇んでいた。

(もしかしたら私、ここで死んでたかもしれないんだよね…)

道路に引かれた白いラインをじっと見つめ、今朝の出来事を思い起こす。

(あんなに凄い魔法を使う人、今まで見たことがない…あの人と同じくらいの魔法が使えれば、きっと色んなことができるはず…!)

そう確信し、顔を上げるメル。

(多分あの人と私はここで出会う運命だったんだ。魔法学校に合格出来たのもそう。次に会った時は絶対に弟子にしてもらおう)

密かに決意を固める少女の髪を、そよ風が優しく撫でた。


週末。

わかる範囲で課題を仕上げて自分の時間を取り戻したメルは丘の上にある公園に来ていた。

海が見えるお気に入りの展望台でジュースを飲んでいると、見覚えのある人影が視界を横切った。

「あれ?…あの人だ!」

飲み干したジュース缶をゴミ箱に叩き入れメルは駆け出す。

先日と変わらぬコートに身を包んだ老紳士は、街の南側に向かっているようだった。

「あの…待ってください!」

なんとか追い付いたメルが声をかける。

「うん?ああ、あの時の小娘か…」

振り返った顔は、やはり先日の老紳士であった。

「はい、メルと呼んでください!」

「ではメル。何の用かな?弟子入りなら先日断ったはずだが」

向き直り、腕を組む老紳士

「えっと、とりあえずお名前を聞いてもよろしいですか?命の恩人なのに名前も知らないのはどうかと思いますし…」

会話が終わらないように、メルは機転を利かせる。

「…いいだろう。私の名はヒースリング。ヒースリング・オストフェルトだ」

組んだ腕を解き老紳士、ヒースリングはそう名乗った。

「ヒースリングさんですね、ありがとうございます。まず、先日は本当にありがとうございました。」

言うと、メルはお辞儀をする。

「構わんよ。目の前で少女が肉片になっては、こんな老いぼれでも夢見が悪くなる。で、用はそれだけかね?」

早く話を終わらせたい事を隠さないヒースリング。

「いえ、本題がまだです」

メルは決意を込めた視線を送り、一度言葉を切る。

「では改めて、私を弟子に…!」

「断る」

言い終わる前に拒絶するヒースリング。

「そこをなんとか!」

「ダメだ」

メルは畳み掛けるも、ヒースリングは繰り返し拒否する。

「私、魔法が使えるようになりたいんです!あなたみたいな立派な魔法使いになって、人の役に立ちたいんです!」

「それは結構なことだが、道は自力で探すべきだ。先日着ていた制服は魔法学校のものだろう?ならば道を示す者たちはそこにいるはずだ。」

必死のメルに、ヒースリングは冷静な言葉を返した。

「それは…その…」

一旦口ごもるメル

「実は私…落第しそうでして…」

「…なに?よく聞こえんぞ。」

小声のメルに聞き返すヒースリング

「私、落第しそうなんです!」

メルはやけくそで叫んだ

「…。」

絶句するヒースリング

次に口を開くまで数秒固まってしまう

「…私が耄碌したのでなければ、まだ入学から二カ月と経っていないはずだが…落第と言ったか?」

「はい…」

明らかに動揺しながら問うヒースリングに、メルは静かに肯定する。

「バカな…中間テストすら行っていないのに落第だと…」

「バカです…すみません…」

頭を抱えるヒースリングと頭が下がるメル

「君は入学試験に合格したはずだろう?それだけの知識があれば、落第などあり得るはずが…」

なんとか取り直し、ヒースリングは言葉を紡ぐ

「実は当てずっぽうで書いた答えが全部あってたみたいで…なんか運命感じちゃいますよね。」

「……。」

言葉が見つからないヒースリングは額を押さえ、目を閉じて静かに首を振る。

「あの…そこで、なんだか凄そうな魔法使いのあなたに弟子入りして現状を変えたいと思ったわけです。あそこで会ったのもきっと星の巡り合わせですよ!」

突き詰めれば他力本願な要求であったが、少女の瞳は真っ直ぐだった。

「では問おう。なぜ私に弟子入りなどしたいのだ?優秀な魔術師ならば、それこそ魔法学校の教師にたくさんいるだろう。」

ヒースリングは改めて問う。

「うーん…なんというか、魔法の波長が合うような気がするんです。多分。」

「波長?魔法に波長など…」

そこまで言ったヒースの脳裏に、ある日の言葉がよぎる。

『そう?私はあると思うな。人と人とが惹かれ合うように、魔法にも引き合う何かが…』

「…」

「どうしたんですか?」

突然黙り込んだヒースリングに、メルは首を傾げる。

「メル…と言ったな?問おう、なぜ魔法を学ぶ?」

「えっと…魔法が使えるようになれば、科学の力だけじゃ助けられない人も助けられるんじゃないかなと思ったんです。」

『だって、私の魔法で助かる人がいるなんて、素敵じゃない?』

「…」

質問の答えに、またも押し黙るヒースリング

それに気づくことなくメルは続ける。

「これでも、理科の成績には自信あるんですよ?魔法学校を卒業した後は大学で科学も学んで、より多くの人の役に立てたらいいな…って、思ったりして。それに…」

『それに…』

「『私みたいな人でも魔法が使えるようになれば、それを見た人に勇気を与えられると思うの』思ったんです。」

昔の情景が現実に重なったヒースリングは、静かに息を吐く。

「…まるで、生き写しだな。」

「へ?なにか言いました?」

聞き返すメルをよそに、ヒースリングは空を見上げる。

「星の巡り合わせ…か。」

先ほどのメルの言葉を呟くヒースリング。

「なるほど、ならば弟子入りを考えてやらんこともない。」

「本当ですか!?」

思わぬ返事に喜ぶメル

「しかし、一つ条件がある。」

「なんですか?なんでもしますよ!」

安請け合いするメルに、ヒースリングは続ける。

「これから君が私の弟子に相応しいかテストを行う。それに合格したら弟子入りを認めよう。」

「テスト…」

その言葉に動揺するメル。

「心配するな。私のテストは筆記ではない。ちょっとした実技で、君の才能を試させてもらう。付いて来い」

そう言うと、返事も聞かぬままヒースリングは歩いて行く。

「あ、待ってください。どこ行くんですかー!?」

その後を追うメルであった。


二人が辿り着いたのは街の用水路だった。

「我が名の元に命ずる…たゆたう水よ、形を成し、我が足となれ。

ヒースリングがそう呟いて杖を二、三振ると、水に幾何学模様が描かれ、そこから船が現れる。

さらにヒースリングが何かを呟くと、どこからともなくロープが現れた。

ヒースリングが「踊れ」と呟くと、現れたロープは生き物のようにうねり、メルの腰と船とを結びつけた。

「え、なんですかこれ?」

「最初の試験だ」

メルは困惑するも、ヒースリングは構わず説明を始める。

「これから君の靴に浮遊魔法をかけ、私の魔法船で引っ張る。途中で頭が落水したら失格だ。」

「え、え…?」

「まぁ、ぶつかった時の治療くらいはしてやるから安心するといい」

そう言うとヒースリングはメルの靴に向けて杖を振り、船に乗り込んだ。

「ま、待って…これが試験なんですか?」

「そうだ。では行くぞ!」

ヒースリングが杖を振ると、魔法船は勢いよく動き出す。

それはたわんでいたロープを一瞬で張らせ、メルを用水路に引き込んだ。

「うわああああ!?ちょ、ちょっと待っ…ひゃあ!?」

辛うじて体勢を立て直し、メルは足から着水する。

すると靴に掛けられた魔法が力場を生じ、水を弾くようにしてメルを浮かべた。

そのまま滑走する形でメルは引きずられていく。

魔法船は激しく左右に動き、それに合わせてメルも大きく揺られる。

「おっ…と…大丈夫、やれる!」

靴の魔法で水を切りながら、メルは完璧に体勢を保っていた。

「まずは及第点。では、これはどうだ?…水面よ…跳ね上がれ!」

ヒースリングが杖を振りかざすと、突然魔法船が飛び上がる。

用水路に浮かぶ船を飛び越えたのだ。

「え、そんなのありですか!?」

困惑するメルだったが、すぐに考えを巡らせる。

「飛び越えなきゃ…足に意識を集中して…」

メルは溜めるように膝を曲げ、全身をバネのように使って飛び上がろうとする。

すると靴の表面に四角を基調とする魔法陣が煌めき、水を跳ね除けるように大きく飛び上がった。

「え?今のって…」

「ほう…越えたか。」

一瞬惚けるメルだったが、眼下に水面が迫っていることに気づく。

「うわああ!?えっと…これをこうして…!」

メルが体勢を整えて意識を集中すると、またも魔法陣が煌き、着水と共に水を跳ね除ける。

若干崩れたバランスを整え、メルは引き続き滑走する。

「よし、ならば次だ!…水よ、流れ、弾け!」

またもヒースリングが杖を振ると、用水路を突如として直角に曲がる魔法船。

ぐいと慣性と遠心力に引っ張られたメルは、その強烈な力に姿勢を崩しそうになる。

「なんて動き…でも!」

スライディングのような体勢で意識を集中し、魔法陣を煌めかせて勢いを殺す。

「ふむ…ならば!…我は命ずる。形よ、その正き姿とあれ!」

用水路の出口へと飛び出す魔法船、地面に付こうというその瞬間、馬へと姿を変える。

「このまま二次試験だ、振り落とされるなよ!」

「は、はいぃ!」

ヒースリングの魔法に驚きながらも、飛び上がって上陸するメル。

靴には今度は円形のみで構成された魔法陣が浮かび、それは柔らかに靴と地面の間に風の層を作り出す。

その結果、メルは滑るように地面を移動し、引き続き引っ張られる。

魔法の馬は街中の障害物を物ともせず走り抜け、後ろのメルも必死に回避する。

階段を滑るように駆け上がり、屋根を渡り、道行く人が振り返る中を突き進む。

それをメルは振り落とされないよう必死に、飛び乗った手すりを滑り、屋根へと飛び上がり、好奇の目に晒されながら引っ張られていった。

「そこの魔法使い、止まれー!」

そう声のした方を向くと、制服姿の警官が走っていた。

「わああ…ごめんなさいー!」

縦横無尽に駆けるヒースリングに追いつくのは無理と判断し、後ろのメルに手を伸ばす警官。

メルは咄嗟に左にロープをしならせフェイントをかけ、反動をつけて右側に大きく避けた。

警官の腕は空を切り、バランスを崩した警官はそのまま倒れ伏す。

「ああ…痛そう…」

それを尻目に、二人は丘の上へと風のように駆けて行く。

そして頂上まで辿り着くと、そこは石碑が立っていた。

「汝の役目は解かれた」

そう言ってヒースリングは魔法を解き、馬とロープを消滅させる。

「さて、ここまでは合格としよう。最終試験だ」

特に労いの言葉もなく続けるヒースリング。

「はい…で、何をすれば…?」

メルも諦めたのか、素直に聞こうとする。

「あの碑文を読み、頭に浮かんだルーンを描け。」

ヒースリングは石碑を指差した。

そこには何かの絵のようなものが描かれており、一見して意味のわかるものではなかった。

「頭に浮かんだ…ですね。」

メルは石碑をじっと見つめる。

ヒースリングは碑文と言ったが、どこにも文章は見当たらない。

そう思った時、メルの頭にルーンの文字列が閃いた。

「もしかして…!」

浮かんだルーンを杖で地面に描くと、いつの間にか魔法陣が完成していた。

「…なるほど。喜べ、才能はあるようだ」

ヒースリングがそう言い終わるが早いか、魔法陣が輝き出す。

「え、なんですか…これ?」

「精霊を呼び出しているのさ」

光りだした魔法陣に戸惑うメルに、淡々と答えるヒースリング

すると魔法陣の光が消え、小さな、しかし大人の女性の姿をした精霊が現れた。

「我を呼んだのはそなたか、人の子よ?」

「は、はい!多分…」

精霊に問われたメルは自信なく答える。

怪訝に思った精霊は、ヒースリングに気付く。

「ヒースリング…これはそなたの差し金か?」

「まぁ、そんなところだ」

「まったく、用も無いのに呼び出しおって…」

「用ならあるさ。その子に祝福をくれてやれ」

淡々と話す二人だが、どこか古い友人と話すような雰囲気があった。

「ふむ…なるほど、いいだろう。ヒースリングの見立てとあらば心配あるまい」

「え、なにかくれるんですか?」

まったく状況が掴めないメルに、精霊が口を開く。

「やれやれ、説明不足は昔から変わらないのだな…。娘よ、そなたに我の加護を与える」

「へ…?カゴ?物を入れるアレですか?」

「我の水の力だ。そなたが魔法を使う時、助けとなるであろう」

メルのボケに動じることなく、精霊は説明する。

「受け取るが良い!」

精霊の両腕が眩く輝き、暖かな光がメルを包む。

光が消えると、精霊の姿もなくなっていた。

「人の子よ、精進するがよい…」

虚空に声が響き、魔法陣は音もなく消え去った。

「なんだろう、なんだか力を感じるような…」

自分の手を見つめるメルに、ヒースリングが歩み寄る。

「おめでとう、と言ったところか。合格だ」

「え…や、やった!ありがとうございます!」

ヒースリングの言葉にはしゃぐメル

「ひとまず今日はここまでだ。来週、あの公園の展望台で会うとしよう。細かい話はその時だ。」

「はい、ヒースリングさん!」

「ヒースでいい。」

「じゃあ、ヒースさん。これからよろしくお願いします。」

「…精霊の庇護を受けたのだ。よろしくやってもらわねば困るさ」

そんなやり取りの後、二人は別れて家路に着く

が、突然メルは立ち止まった。

「あ…寮の門限間に合わない…」

沈みゆく日が照らす中、立ち尽くすメルであった。


すっかり日も沈み、宵闇が辺りを包んだ頃

ヒースは自室で古い写真を見つめていた。

「見ているか、イリス?あの娘は君にそっくりだ。いや、見た目はそうでもないな…」

写真に語りかけ、再び沈黙が満ちる。

夜は静かに、ゆっくりと更けていった。

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