ちょっとズレたクリスマスイブの一コマ【短編】

@Tunasan

第1話

今宵はクリスマス・イブ。

世ではそれを聖夜と呼び、ある人は家族と掛け替えのないのひとときを過ごし、またある人はキリストを崇拝する。

そんな、優しさと笑顔に満ち溢れた一年に一度の記念日ーー


……を破壊せんと目論む不届き者の影が一つ。

それが……


「俊くん!メリークリスマス!プレゼントちょうだい!」


こいつだ。

身をサンタクロースの装束で包み、ムードだけはいっぱしなくせしてプレゼントを要求してくると言うサンタクロースの風上にも置けない奴である。

その上、侵入経路は煙突からではなく部屋のドアからの正面突破。

サンタクロースの理想像なぞ、こいつにはとうに存在しない。


「いいか、お前は既に18歳。つまり既に子供と呼ぶにはグレーよりのアウトだ。加えて言えば不法侵入してる時点でお前はいい子でもなんでもない。よってプレゼントはやらん」


「えーーケチ!……トリックオアトリート!プレゼントくれないとイタズラしちゃうぞ!」


「それハロウィンな、お前ん中のクリスマスどうなってんだよ……」


自身に満ち溢れたその瞳だけは、正直幼稚園児にも引けを取らない気もするが。

……バカなだけと言ってしまえばそれまででもある。


それはさておき、全身サンタコス女であるこいつの名前は鶴原千草。

よく言えば友人、悪く言えば目障り気味な知人である。

何かとかこつけて俺の前に姿を現しては大抵の場合騒ぎ立てる奴であり、良くも悪くももう慣れてしまった。

今晩も例に漏れず、『クリスマス』という絶好の口実をぶら下げてやって来たのだろう。

因みに、奴の目的は現在も不明のままである。


「なら、トーカコーカンだ!私もプレゼントあげるから、俊くんからもちょーだい」


「等価交換ってのは、お互いの価値が見合わない限りは出来ないんだぞ……。俺はお前にあげられる物なんて持ち合わせてないし」


「それはだいじょーぶ!実は私も何も持ってきていないから!」


「それ、自慢になってないぞー……」


笑顔で胸を張る千草を横目に、俺は肩を落とした。

もうすぐ子供ですら無くなるというのに、俺の親戚(8歳)の方が利口そうである。

そんな考えが思い浮かぶ程には、こいつの笑顔は能天気さを醸し出していた。


そんな俺の様子が千草の目に入ると、彼女は人差し指を突き立て、口を開いた。


「ふふ、大丈夫だよ。お互いに今すぐ差し出せる最高のプレゼントがあるではないかー」


「なんだ?まごころ的なあれか?」


俺がそう言うと、千草は今までのご機嫌そうな表情から一変、妙に艶かしい表情となり……。

こちらの右腕腕を掴んだ。


「は?おま何やって「ほら、プレゼント……あるじゃん」」


「ちょ、千草さん……何をやってらっしゃるんですか?」


「コレがプレゼントなら、服はラッピングだよね……?」


そう口にしながら、さながら熟したりんごの様に紅い表情を浮かべて千草は俺の着用しているポロシャツに手を伸ばす。

一つ、また一つとボタンが外れてゆく。

当然抵抗を試みるものの、もう片手で腕をがっしりと掴まれていて簡単に抜けそうにはない。

無理に抵抗すれば引き剥がせるだろうが、それでは確実に千草も痛みを負うだろう。


「悪い事は言わないからやめておけ……。クリスマスイブに彼氏でもない男の服を脱がせるとかトラウマものだぞ」


「ご心配なく、多分事後承諾にはなるけどね〜。それと、俊君は大事な部分を忘れてると思うな」


「大事な、部分?」


「そう、言ったでしょ?コレは等価交換だって」


次の瞬間、彼女は自身の服のボタンに手を掛けた。

一切の躊躇なく、ボタンを外してゆく。

一つボタンが外れる毎に、健康的かつシミひとつない肌が露わになってゆき、否が応でも頰が紅潮するのを感じる。

丁度3個のボタンが外れた時、彼女はその手を止めた。


「ふふ、普段冷静な俊君が戸惑ってる姿はかわいーなー♪

あっそうだ、ここからは俊君が外してみる?」


「は、外す訳ないだろ!?素数数えろ!正気に戻れ!」


「俊君は強情だなぁ……でも、ほらっ!」


彼女がそう口にした1秒後、自身の身体の上に何かが覆いかぶさった。

俺に覆いかぶさっている存在が何かは、消去法で一つしかない。

なんなら、やけに柔らかい物体が俺の胸部の辺りに押し付けられている。


「こうすれば……本当は俊君の方から来て欲しかったんだけど、レディーファーストってヤツかな?」


そう言って、千草は既に近い顔を更に俺の側へと移動させた。

くりくりとした瞳、程よく潤んだ唇から息遣いに至るまで、全てが直に感じられる。

あまりの行動に思考が追いつかず、呆気にとられて思うように声が出ない。

さながら脳が麻痺しているかの様で、生物の本能的な部分である為に抵抗虚しく俺の身体はみるみるうちに制御不能に陥った。


「じゃ、痛くはしないから……」


あ、ヤベ、終わった……

そう思った次の瞬間、『ガチャッ』という大きな音が辺りに響き渡った。


「お兄ちゃん、サンタさんはいつ来るの!?」


部屋のドアが唐突に開いたかと思うと、全長およそ120cm前後の人影が甲高い声を上げながら突入してきた。

俺含め千草が呆気にとられているのが手に取る様に分かる。


「ゆいか……か?」


「?ゆいかはゆいかだよ?」


頭の上に疑問符を浮かべ、我が妹ことゆいかは首を傾げる。

口元には生クリームが付着しており、何かしらケーキの様なものを食べていた事が見て取れた。

寝間着姿なので、布団に入ったは良いがプレゼントの存在が頭から離れず、たまらず聞きに来た……と言ったところだろうか。


「あー、ゆいか。心配しなくてもサンタさんはゆいかの寝てる間に来るから大丈夫だよ」


「ほんと?じゃあゆいか早く寝ないと!」


そう言い残し、ゆいかは嵐の如く部屋から去って行った。

室内には、あからさまに微妙な空気が漂っているのを肌で感じられる。


まぁ、それはさておき。


「さて千草?」


「……あ、その……」


「いくらクリスマスイブとはいえ、やり過ぎたという自覚は?」


「……はい、あります……」


「あー、あれだ。サンタさんは夜更かしする家には来ない。子供の夢を壊さない為にももう寝よう、俺はそうする」


「……しゅみませんでしたっっ!」


そう言うと、千草は真っ赤な顔を両手で覆い隠しながらドアを飛び出した。

俺が見た中では、史上最高の逃げ足の速さある。


「ん?あいつ何か落としてったぞ……」


どうやらそれの正体は長方形の色紙で、上部に小さな丸がぽつんと空いている。

裏返すと、何やら文字が書いてあるのが見て取れた。


「えー、なになに?『俊くんともっと仲良く、あわよくば付き合えますように……』」


……これ短冊じゃねぇか!

やっぱりお前ん中のクリスマスどうなってんだよ!


♦︎


翌日、俊の部屋の窓には

『明日から千草どうやって接したら良いのか、サンタさん教えて下さい』

とだけ書かれた短冊が、観葉植物にぶら下がっていたと言う……。

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