13 想いを告げる資格

13-1 少なくとも嫌がってはいない

 このひと月ほど、リカルドは平穏な日々を過ごしている。

 いや、以前より更に充実した日々、と言ってよい。

 ジュディに過去を打ち明けてから彼女に対して必要以上の遠慮がなくなり、変に身構えることが少なくなってきた。なので以前より自然体で彼女に接することができる。


 リカルドとしては本当は自分の過去は話したくなかった。

 だが以前、結が「ジュディさんが聞きたいと言ったら過去を話してもいいと思う」と後押ししてくれたことを思い出して、告白した。


 結は、そういった状況が近々訪れるかもしれないと予想していたのだろうか。洞察力の高い彼のことだ、ありえるかもしれない。

 なんにしろ、リカルドにとっては今回も結のアドバイスはありがたいものとなったのだ。


 ジュディとの距離が少し縮まってリカルドとしては満足しているのだが、しかし周りはそうは思っていないようだった。


「そろそろデートに誘ってもいいんじゃないのか?」


 探偵事務所で、レッシュがソファに座って茶をすすりながらリカルドを見上げて言う。


 おまえは老人か、と言ってやりたいところであったがそこは溜め息に替えて、リカルドはゆるくかぶりを振った。


「今のいい雰囲気がもう少し定着したらな」

「そんなのんびりやってたら、あんたじぃさんになっちまうぞ?」


 などと言いながら茶をすすり終えると、レッシュは「っあー」などと息を漏らす。

 老人めいたしぐさのおまえに言われたくはない、と言い返してやりたいところであったが、そこもまた溜め息に替えておく。


「余計な世話だ。性急にアプローチして嫌われたら老いる以前の問題だ」

「それでも、周りからすればそろそろいい頃合いだと思うんですけどね」


 透がレッシュの援護をした。

 不思議なもので、レッシュから言われるとつい反発したくなるのだが、透が言うと「彼が言うならそうなのかもしれない」と思えてくる。


「いきなりデートという誘い方に抵抗があるなら、ショッピングに誘ってみるとか?」

「……なるほど」


 丁度、この数日は秋の深まりとともに空気も冷ややかになってきたところだ。そろそろ新しい服を買ってもいい頃合いだろう。

 またジュディに見立ててほしい、と言えば、きっと彼女も悪い気はしないだろう。


「……まったく、いちいちおれらがせっつかないと先に進めないのかよ、この恋愛音痴は」


 レッシュが、なぜだかふてくされたような言い方をしているが、リカルドは無視することにした。




 さらにひと月ほどが過ぎた。

 結局、透らのアドバイスに乗る形でリカルドはジュディとショッピングを楽しみ、それからというもの、何かにつけて二人で出かける機会が増えた。


 買い物であったり、彼女が見たがっていた映画であったり、という感じで誘ったり誘われたりを繰り返した。特に用事はないが食事でも、と気軽に声をかけられるほどにもなった。


 ジュディと過ごす時間がとても幸せだ。今までの人生の中で一番充実している。

 ふと、そろそろデートに誘ってもいいんじゃないのか、というレッシュの言葉を思い出した。

 今のこの状態はデートを重ねていると言える。ジュディも楽しんでくれているはずだ。少なくとも嫌がってはいない。

 ならばもう一歩先に、と考えるのは自然なことだ。


 十一月ともなると街はすっかりクリスマスムード。華やかなイルミネーションや大きなツリー、サンタクロースとトナカイの飾り付け、リースなどを見ると、リカルドもクリスマスをジュディと過ごしたいという気持ちがわいてくる。

 だが、それを伝えるには、今一つ勇気がわかなかった。


 気になるのは、彼女との年の差と、彼女には好きな人がいるのではないかという所だ。

 彼女との距離が縮まってきていることを感じながらも、その二つ、特に後者は大きな問題であった。


 美味しいお店を見つけたからと食事に誘い、楽しい時間を過ごした帰りにジュディをアパートに送って行くさなか、リカルドはこの幸せな時間の終わりが訪れる寂しさとともに、クリスマスの誘いをするべきかどうなのか、という葛藤に悩まされていた。


「リカルドさん、よかったらよって行かれませんか? 美味しいって評判のコーヒーを買ってみたんです」


 いつもはジュディのアパートの駐車場で別れるのだが、今夜はジュディが誘ってくれた。


「そうなのですか、それは是非」


 彼女との時間が増えた、しかも誘ってもらえた、とリカルドは嬉しさに即答していた。

 ジュディが笑みを浮かべて車を降りるのにリカルドも続いた。


(そう言えば、普通に客人として彼女の部屋にあがるのは初めてだな)


 彼女の部屋に向かう間、リカルドはそんなことを考えていた。


 ジュディが部屋のドアを開ける時に、隣の部屋から男性が出てきた。

 前にここに来た時にも顔をあわせた青年だ。


「こんばんは」

 前と同じように二人が挨拶をする。

「こちら、お隣の香田さんです。――この方は、友人のリカルドさん」

 ジュディが丁寧にも隣人とリカルドを紹介してくれた。


 友人と言われて内心小躍りだ。恩人や知人と言われるより距離の近さを感じる。

 ジュディを見ながらにこやかな笑みを浮かべていた香田という男は、リカルドが友人だと言われると驚いた顔になった。


「どうして」


 ほんのかすかな声だったが、彼がそう言ったのをリカルドは聞き取った。


 どうして友人なんだ。親子じゃないのか。そんなところだろうか。


(あぁ、この人はジュディさんを好きなんだな)


 直感的に悟った。

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