現実 第十六部

 式も終わり、会場を後にする人がいる中、俺もその流れに乗るように一人席を立ち歩き出した。

 坂波さんは焼香で、もう一度眠っている綾さんを見てしまったことで、涙が止まらなくなり、俺が心配するのもおこがましいと感じ、そっと一人にするように何も話しかけなかった。


 ここからは、俺たち一般人は綾さんの出棺を見守るだけ。それ以降は親族など、綾さんの親しい人たちが本当の最後の別れをする場。俺はその中に入っていないので、俺の最後の別れはここだ。

 外にはすでに多くの人が列を作り、俺なんかが割って入る隙間もなかったので、大人しくホールの中で綾さんの出棺を待つ。


「やっぱり来ていたのね」


 隣から女性の声がしてそちらへ視線を向けると、そこには姫野萃香の姿があった。

 その装いは当たり前ではあるものの、俺と同じ制服を着ており、綾さんの最後を見送りにきているようであった。


「姫野さんがいるなんて、びっくりしました」

「そうね、彼女と私の関係から考えればびっくりね。一番驚いていたのは彼女のご両親だけれど」

「でしょうね……」


 顔を覚えていなかったとしても、香典などで名前を見れば一瞬であの二人なら気付いただろう。締め出されてもおかしくないのにも関わらず、よくこの人は来たなと思う。


「どうして、来たんですか?」


 締め出されてもおかしくなく、彼女の場合友継さんたちから連絡をもらったはずもない。にも関わらず、姫野さんはここへ来た。

 それは完全に自主的行動であり、何かの思いがあって彼女を動かしたことになるということだ。

 その思いを聞かずにはいられなかった。


「正直。園田綾についてはどうでもいいの」


 姫野さんの言葉にすぐに周りを見渡す。幸い、周りには俺たち以外に人らしい人はおらず、皆入り口近くへと移動していた。


「言葉に気をつけてください」

「あなたが聞いてきたのでしょ?」

「それでも、さっきの前振りはいらなかったはず」

「そうね。以後気をつけるわ」


 二度とこんなことはないとわかっていてそんなこと言うのは彼女なりの綾さんに対する最後の悪態なのだろう。


「あなたよ、緑川くん」

「はい?」

「今日、私がここへ来た目的は一つ。あなたと会うため。そして、話すためなの」

「俺は姫野さんと話すことありませんし、それに、俺と話すだけなら別にここじゃなくとも──」

「いいえ、ここじゃないとあなたは逃げるから」 


 姫野さんにその言葉を言われ、改めて考えてみると、学校で彼女から話がしたいと言い寄ってくると、逃げる選択肢がまず最初に出てくる。そして、姫野さんと俺の共通項は綾さんのみ。彼女が俺に話しかけてくる話題となれば、綾さん以外にいない。そんなことを、綾さんがいなくなったころに聞いてこられても、俺としてもいい気分はしない。

 姫野さんなりの礼儀と、計算の上での今日の来場だったのだろう。


「それで、なんですか」

「簡単よ。あの日のことは解決したのかしら?」


 あの日のこと。間違いなく彼女と過ごした喫茶店での出来事。

 あの時は確か綾さんの“ごめんなさい”の言葉の意味を求めて動いていた時だったか。あの時の姫野さんとの話がきっかけで俺なりの答えが導き出せ、その後綾さんの想いについても聞くことができた。

 俺の活動はあの時初めて進展したと言ってもいいのかもしれない。


「えぇ、解決しましたよ」


 姫野さんの言葉になるべく素早く返答すると、彼女からはうんともすんとも返事がこない。

 そして、妙な間が空いてから返答がくる。


「そう、それはよかった。ちなみにどんな真相だったのかしら」

「姫野さんに言うほどのことじゃありません」

「私はそう思わないわ」

「そうですか。でも、言うほどのことじゃないですから」

「つまり、言いたくない。ということね」

「まぁ、そうとも言います」


 かつて、姫野さんにはこちらの思惑を見抜かれ、事細かく説明させられた。それゆえに、綾さんの裏の一部を知る一人になっていた。

 俺としても一つの後悔ではあるものの、今更どうすることもできない。

 今できることはこれ以上綾さんの内面を姫野さんにさらけ出さないことだ。そうでなければ、亡くなってしまった綾さんに立つ瀬がない。


「わかったわ。あなたの中でそっとしまっておきなさい」

「そうします」

「じゃあ、私はそろそろ失礼するわ」

「最後、見送っていかないんですか?」

「言ったでしょう。私はあなたと話すために来たと。それじゃあ」


 姫野さんは言葉通り、一人式場入り口へと向かい、ほかの人がこれから運ばれる綾さんに対して両側で列を作っている中、その真ん中を歩いて外へと出て行ってしまった。

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