現実 第九部
病院に着くと、入り口のところに友継さんが待ってくれていた。
俺が友継さんのことを気づくのとほぼ同じタイミングで友継さんも俺のことに気がつき、俺の元へと近づいてくる。
「すまないね、急に呼び出すような真似をして」
「いえ、それは全然大丈夫です。それより……」
「あぁ、こっちだ……」
俺と友継さんは最低限の会話をしてから、歩き出した。
先ほどから真子さんの姿が見えなかったが、色々とあるのだろう。綾さんが使っていた病室の片付けであったり、真子さん自身の心の整理であったり。
真子さんは俺からみても決して精神的に強い人ではなかった。
そんな人が自分の娘をなくしてしまったと考えるとそのあとどんなことになるかくらい容易に想像がつく。
だが、それは真子さんに限った話ではない。友継さんとて今こうして俺と一緒に歩いているのも少し不思議なくらいだ。
二人にとって綾さんは一人娘にして、最高の子供であった。成績優秀で、人間関係にも恵まれ、多種多様な才覚を持ち合わせていた子供を失った痛みなど俺には到底理解できる範疇を超えていた。
いつものように遅くなることも、歩く速さにばらつきが生まれることもなく、一定の速さで歩く友継さんに「悲しくないのですか」などと聞けるはずもないが、そのくらいに今の友継さんは冷静に見えた。
まもなくして、霊安室と書かれた部屋の前へとついた。
この扉の向こうに綾さんがいるのかと考えるが、いまだに信じられない自分がいた。
この先にいるということは、完全に綾さんが死んだことを意味している。
しばらく、扉の前で友継さんと二人してじっとしてから、動き出そうとしない友継さんの方へ視線を向けた。
「……すまない、健君。ここからは一人で行ってくれるかな」
ここへ来るまで、病院の入り口で顔を見てから、友継さんの歩く後ろを歩いていたため、友継さんの顔を見ることができなかった。
そして、ようやく今その表情を見た時、友継さんは悲痛に満ちた表情をしていた。
眉にシワは寄り、細くなった瞳からは今にも涙が溢れてきそうに震えていた。
強く噛み締められた唇は今にも血を垂れてきそうなほどに。
「わかりました」
「念のため言っておくが、体には触らないようにしてくれ。あくまで顔を見るだけ。いいかい?」
「はい」
友継さんの言葉を聞き入れてから、目の前の扉を開いた。
その部屋に入るときはなるべく前を見ないように床を見ながら入り、扉の方へ向き直って、ゆっくりと扉を閉じた。
部屋の中はうっすらと明かりが灯っており、薄暗いながらにもしっかりと状況を把握することができた。
そして、ゆっくりと自分の背にいる、人物へと視線を移す。
そこには、白いシーツのようなものを被せられた人間のようなシルエットがあった。
全身を白いシーツで覆われており、その下にいるであろう人物はまだ誰かわからない。いや、わかっているのだが、この目ではまだ確認できていない。
一歩、また一歩とその横たわる人間の元へと歩み寄り、頭付近の位置まで近く。
顔の部分だけ、全てを覆い尽くせないほどの頼りない白い布で覆われており、すでに見覚えのある髪が見えていた。
その体に触れないように、ゆっくりと静かに白い布だけを掴み、その顔を見た。
「何してるんですか。綾さん……」
紛れもなく、そこに静かに眠っていたのは園田綾その人であった。
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