現実 第六部

「健くんは友達と親友の違いってなんだと思う?」

「定義の話ですか?」

「定義……。まぁ、そんな感じかな。健くんが思う友達と親友の違い」


 突然そんな聞かれても、俺には親友どころかまともな友達とていない。

 その中でも綾さんは唯一俺の友達と呼べる存在だとは思ったが、言っても友達止まり。綾さんの求めている親友など想像したところで安直な考えばかりしか出てこない。

 友達の中でもより親しい人のことを親友というのではないか。

 そのままを伝えることは簡単だが、そんな答えを求めていないのは今の綾さんを見ていればわかる。

 俺よりも長年この問題に悩み、綾さんの頭脳を持ってもわからなかった答え。

 今綾さんが求めているのは新しい価値観、視点なのだろうが、俺の頭の中に出てくるものはいたって一般的なもののみ。

 そもそも、友達がいないような人間に聞く質問じゃないとさえ感じ始めていた。


「急に聞かれても困るよね。でも、文字にした時友達は友となる人々って書いてあるじゃない。でも、親友は親しい友って限定している風に感じない?」

「言われてみれば、そうですね」

「友達は仲がいい複数人をさすけど、親友は親しい人間の一人をさす。私は咄嗟にその一人が出てこないのよ」


 そんな考え方ができるのかと思いながら、悲しげに俯く綾さんの方へ視線を向ける。


「目が覚めてからずっと思っていたの。どうして、みんなは私と話すときはよそよそしいのかなって。そして、記憶とか色々思い出して、時間が経つにつれて周りに対する戸惑いは大きくなっていったわ」

「よそよそしいのは、綾さんの身を案じているからだと思いますよ」

「確かにね。でも、一人くらいいるとは思わない。なんのお構いもなく話しかけてくる人っていうのが──」

「……すみません。自分には友達がいないのでわかりません」

「そっか。ごめんね。変なこと聞いて」

「いえ……」

「でもね、私にはそういう人はいなかった。目が覚めてからずっと感じていたこと。そして、健くんにあのことを聞かれてなおのことそう思ったわ」


 俺が聞いたこととは十中八九なぜ死のうとしたのかについてだろう。

 今でも綾さんが死のうと思っていた理由は孤独だと思っていた。

 周りから画一されてしまう自分が嫌で自らのあの決断をしたのだと。

 綾さんのいまの言葉を聞いていればあながち間違えではないと思うけれど、全部一緒かと言われるとそうではないことははっきりとわかった。


 そして、彼女の口から漏れた一つの答えは親友が欲しいという言葉。

 友達があれほどいれば、一人くらいいるだろうとは不思議と思えなかった。

 俺に親友がいなかったことで、経験則から考えられないこともあるが、そんな問題ならここまで大ごとにはなっていない。

 ましてや、一人の人間が死ぬ決断をするほどに。

 さっきは言えなかった答えを俺は綾さんに告げる。

 本当に思ったことをそのままで。


「友達だとか、親友だとか意味あるんですかね」

「……どういうこと?」

「その、自分は友達と呼べる人もいないわけで、そもそも友達と親友の区分はわかりません。そして、友達と呼べる人がすでに親友ではないかと思うわけで……」


 友達のいない俺からすれば、何かがきっかけで心を通わせる相手というのはすでに親友と呼べるのではないかと思った。


「でも、それだとわざわざ友達と親友って言葉が二つある意味がわからないわ」

「えぇ、まあそうですが。改めて友達と親友を分けて考えるものでもないというか……」


 自分の友達だと言える存在がいるだけで、少なくともその人物と自分は親しいわけだ。ならば、その友達が親友であると言える。そんな風に俺は考えたが、結局この考えは友達のいない俺ならではの思考。

 真逆とも言える綾さんには到底分かり得ない思考かも知れない。


「……つまり、健くんは私の親友ってことだ」

「え?」

「そうでしょう。私は健くんのことを友達と思っている。だったら、健くんの理論で言えば、健くんは私の親友になるわけだ」

「まぁ、そうなりますね……。でも、それが?」

「親友ができたんだよ。あれだけ悩んでいたのに、今こうして親友ができたの。とても嬉しいわ」


 嘘かのように綾さんは蔓延の笑みをしていた。

 やっとできた親友への歓喜。そして、長年考えていた悩みが晴れたようなそんな表情をしていた。

 だが、そのあからさまな表情に俺は素直に喜べなかった。

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