奥くんと得留さんのメリークリスマス

もりくぼの小隊

1話


「ただいま」


 誰もいない部屋の電気を着けて、私は鞄をソファーに放り投げコンビニの袋をテーブルに置いた。堅苦しいネクタイを緩めながら暖房を着ける。


「ハアァ」


 溜め息が溢れる。仕事疲れというのもあるがという行為は思いの外ストレスを感じてしまう。今日は風呂に入るのもやめてスーツは脱いで部屋着に着替えてしまおう。どうせ独りやもめのおっさんだ、誰に迷惑をかけるものではない。


 私は人間のスーツを脱いでを露にした。まだ部屋は暖まってはいないようで、肌は寒さを訴えるが逆に心地好いと感じる。本来、私のような「オーク」は半裸で過ごす事が自然なのだ。


 そう、私は「オーク」こちらの世界で言うところの「異世界」から来たオークだ。人間から見れば禍々しい怪物だろう。だが、私は人間に危害をくわえる気は無い。私はただのサラリーマンだからな。




「くっ、はぁ……美味い」


 オークの正装たる腰布一枚となり、喉を鳴らして缶ビールを一本飲みほし、二本目を開けた。様々な疲労にアルコールは静かに身体中に染み渡る。コンビニで買ったつまみのトンテキも舌を満足させる。腹を満足させると、疲れてるのかふと思い出す。私が「こちら」に来た時の事を。


(もう、30年は経つのか)


 ある日、どことも知れない女神がうっかりと異界に続く扉を開けてしまい二つの異世界が簡単に行き来できるようになってしまった。当時、若かった私は仲間と共に若さに任せて欲望のままに扉を潜ったのだ。私達は待ち構えていた女神と人間に返り討ちに会ってしまい仲間と構成施設へと送られてしまった。送られた先は「日本」いま私が住む国の名前だ。


 私達は半ば強制的にこの国のルールと簡単な言葉を覚えさせられ、服を着せられ人間のふりを強いられた。我々の姿は人間には空想上の怪物と変わらない緑の皮膚を晒すのは似ての外だという。もちろん、過剰な性的欲望を押さえる事も強いられる。こんな拷問のような日々に最初は抵抗こそもしたが、段々と知識と軽作業を覚え、人間と同じ食事をして僅かばかりの稼いだ給金で売店で買い物をしていくうちにこの生活が悪くないと思えるようになって自然と受け入れていた。

 

時に、オークということで差別される厳しい現実を突きつけられながらも私は異世界研修を受けてがむしゃらに頑張った。仲間がひとりまたひとりとルールを犯し送還されるなか私は研修を終え、企業バイトに採用された。そこから重要な仕事を任せられるようになり正社員へと推薦されいまや背広を着て本社勤務だ。自分の事ながらずいぶんと偉くなったものだと思う。昔の私ではあり得ないことだ。


「皆は元気にしているだろうか?」


 ビールをチビりと舐めながら実家の母や兄弟を思い出す。こちらに来て一度もあちらには帰っていない。施設で世話になった女神にお願いして稼ぎの一部は実家に仕送りさせてもらっている。久しぶりに会いたいという気持ちもあり、許しがあれば土産を持って帰るのも悪くは無いと思う。恐らく許可も降りると思う。

 だが、いざ帰ると自分がオークとして産まれた現実を突きつけられるという恐怖がある。

 私はもう、こちらでの生活の方が遥かに長い。実家に戻ると親兄弟に嫌悪感を持ってしまうかもしれない。そして、一度でも実家の空気に染まってしまえば人間社会でのルールを破ってしまいそで、この生活が壊れそうで怖いのだ。いまさら強制送還など、受け入れられぬものではない。もはや私に狩りなどは無理だろう、ビール腹な私の筋力は弟達よりも華奢にちがいない。やはりあちらでは生きていけようはずがない。せっかく、模範住民として永住権も与えられたのだ。やはりあちらに戻ろうなどとは思うまい、一生をここで埋めるのだ。歳も40半ばだ。もはや親兄弟も私の顔も覚えていまい。


「クッ!」


 私は何故だか妙な苛立ちを覚えて二本目の缶ビールを飲みほしグシャグシャと力任せに缶を潰し身体をブルブルと震わせた。酷く寂しい孤独感が私を支配する。


「ん?」


 そんな時だった。インターホンの音が鳴ったのは。こんな時間に誰だろうか? 私はインターホンカメラから客人を確認した。


「え?」


 そこに映っていたのは真っ白な肌に寒さで頬を朱色に染め、青色の大きな瞳になだらかなストレートロングの綺麗な金髪が見目麗しき女性だった。


得留えるさん?」


 私はポカンと呆けた口で彼女の名を呼んだ。

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