奈津ヶ島の昔話:龍の盃(りゅうのさかづき)

 りゅうさかづき


 まだ日本ひんむつが海にしづんぢゅってくる、あるつくすけちゅうっけ海っが住んぢゅっけ。

 ある日、すけうめぇ行ってば、はまべたにさかづきっちゅってな。

「くりゃ、たれんざ?」

 江ん助はすんさかづきいえってけーり、大事でーじに隠してんざ。

 ちぃっつき経ってある日、江ん助がうなじ浜べたにやってっつ、今度くんだぁめぐってめんながずめずめ泣いちゅってな。

「づったすて? 何かかまっちゅりゃすけ?」

 江ん助が聞っつめんなはいらぁてな。

父様てさまつきっちゃがぁなってまぁて、見つけちゅんざす」

 江ん助はすぐなりひらぁてさかづきったうむい出し、めんなにすれぇけーしてな。すてばめんなはまっさはづんでんざ。

「ゆーすてくれられて、ありがたーありゃす。じんぎがすってげん、うれっしんざすが、いっちゅ目っちゃぢんせえ。うれがええてうまで、いかんぜん目ぇ開けんでくんせえ」

 めんなに言われるまんま江ん助は目ぇぢてな。さーすてまーいっちゅ目ぇひらっつめーにゃまっさいっぜえ御殿ぐてんが建っちゅってんざ。

此処くか何処づくざすか?」

 江ん助がたづねっつ、めんなはいらぁてな。

此処くか精霊殿しゅーりゅーでん、海ん下っちゃにある龍洞りゅうがなん中ざす。うれらは始終しじゅうさんがひかり浴びちゅってば死んでまぁげん、此処くくに住んぢゅんざす」

 すったん話すちゅってば、御殿ぐてんが中からいっぜぇ紫衣しぇー着てうっくが出ててな。海ん神様、龍王りゅうわーざっけ。

うり龍王りゅうわーざ。御前うめーうれつきっちゃちゃかってふーけっけ。教育きゅーいくすちゃる」

 龍王りゅうわーはせけり、江ん助んめーかんなりぃバリン、てたすてな。

「うぇあーっ!」

 江ん助はうったまげて、すん場で気ぃ失ぁてまぁてな。

 ざぜん、めんなわけぇ話してば、龍王りゅうわーん怒りはしづまってんざ。

 龍王りゅうわーうづるいて江ん助にかーうてな。

「いまはすまんげな。くんたびあんめ世話せわらってげん、じんぎにたー」

 龍王りゅうわーつすんあんめは江ん助ったいっぜぇんめがやら歌、うづりでってんざ。

 いっつき三月みつきが経ってな。江ん助つ龍王りゅうわーあんめ昵懇ぢっくんになり、いけーぶっ作って。ざぜん、江ん助は双親むるーやがつかえになって龍王りゅうわーあんめに、いえけーりたせ、て言うてな。

「分かりゃすて。すれぜぁまた目ぇぢんせえ」

 江ん助がまんぶたぢてまーいっちゅ開いてつき、また地上ちじゃーむづっちゅってな。

 ざぜん、辺り見渡して江ん助は自身が住んぢゅって家が無ぁなってまぁてがに気づいてな。

 江んすけはたまたま其処すくいらつーりかかってぢゃぢゃにくえかけてんざ。

「すみゃすんが、此処くくいらに江ん助ちゅういえがありゃすんでけ?」

 すてばぢゃぢゃは首傾げてな。

「知らんなぁ。此処くかぁまー五百年ぐひゃくねんめーからたれらんや」

五百年ぐひゃくねんめー?」

 江ん助はうったまげてな。

「なんぜん、此処くくに住んぢゅって海っうっくうめぇ行ってまんまけーってんらっさい。御前うめーむすったんつしなら、聞いてつきあるっぱ?」

つして、うりゃまだわかさすて」

 すてばぢゃぢゃはわれくるがってな。

御前うめーはづった見てんうれゆかつしぜぁらんけ」

 江ん助は青ざめてな。気づかん内に自身むぢゃぢゃになってまぁてんざ。

 途方つはーに暮れて浜べたにむづってて江ん助んめーに、また龍王りゅうわーあんめが現れてな。

 龍王りゅうわーあんめは江ん助にあるむん差し出してな。すりゃ、龍洞りゅうがなに行くめーに江ん助がひらぁてさかづきざってんざ。

「江ん助さん、くれみんせえ」

 龍王りゅうわーあんめはすんさかづきに酒ぇぎ、江ん助に渡してな。江ん助はう知れんてうむいながん、すん酒ぇんでな。すてば四体してー若返わかげーり、若者わかむんが姿にむづってんざ。

龍洞りゅうがなむん食えば、永遠えいえんに若っけまんまでらりゃす。くれからむ始終しじゅううれついっくに暮らしゃしゅう」

 龍王りゅうわーあんめ若返わかげーって江ん助連れて、龍洞りゅうがなけーって行っけ。まーすれっきり、しゃんしゃらりん。


●訳


 まだ日本ひのもとが海に沈んでいたころ、あるところに江の助という若い漁師が住んでいたそうな。

 ある日、江の助がいつものように海に行くと、浜辺に盃が落ちていた。

「これは、誰のだろう?」

 江の助はその盃を家に持って帰ると、大切に保管した。

 しばらく経ったある日、江の助が同じ浜辺にやって来ると、今度は美しい女がめそめそと泣いていた。

「どうしたのだ? 何か困っているのですか?」

 江の助が尋ねると女は答えた。

「父の盃がなくなってしまって、探しているのです」

 江の助はすぐさま先日拾った盃のことを思い出し、女にそれを返した。すると女はとても喜んだ。

「ありがとうございます。お礼がしたいので私の家に来てほしいのですが、一度目を閉じてください。私がいいと言うまで、決して目を開けないでくださいね」

 女に言われるまま江の助は目を閉じた。そして、もう一度目を開くと目の前には立派な宮殿が建っていた。

「ここはどこですか?」

 江の助が尋ねると、女は答えた。

「ここは精霊殿しょうりょうでん、海の底にある龍洞りゅうがなの中です。私たちはずっと日の光を浴びていると死んでしまうので、ここに住んでいます」

 そんな話をしていると、宮殿の中から立派な紫の着物を着た男が出て来た。海の神様、龍王だった。

「私は龍王だ。お前が私の盃を奪った不届き者か。懲らしめてやる」

 龍王は怒り、江の助の目の前で雷をどおん、と落とした。

「うわぁっ!」

 江の助はびっくり仰天して、その場で気を失ってしまった。

 しかし女が事情を説明すると、龍王の怒りは鎮まった。

 龍王は目が醒めた江の助にこう言った。

「先ほどはすまないことをした。この度は娘が世話になったことだし、お礼にもてなそう」

 龍王とその娘は江の助を大層なごちそうや歌、踊りでもてなした。

 瞬く間に三ヶ月が経った。江の助と龍王の娘はねんごろになり、たくさん子供をもうけた。しかし、江の助は両親が心配になって龍王の娘に、家に帰りたい、と言った。

「分かりました。それではまた目を閉じてください」

 江の助が瞼を閉じてもう一度開いたとき、彼は再び地上に戻っていた。

 しかし、辺りを見渡した江の助は自分の住んでいた家がなくなってしまっていたことに気づいた。

 江の助はたまたま近くを通りかかった老人を呼び止めた。

「すみませんが、ここに江の助というものの家がありませんでしたか?」

 すると老人は首を傾げた。

「知らんなぁ。ここはもう五百年前から誰もおらんよ」

「五百年前?」

 江の助はびっくり仰天した。

「なんでも、ここに住んでいた漁師の男が海へ行ったきり帰ってこないそうだ。お前もそんな年なら、聞いたことあるだろう?」

「年って、私はまだ若いですよ」

 すると老人は笑い転げた。

「お前はどう見てもわしよりも年じゃないか」

 江の助は青ざめた。彼は自分でも気がつかない内に老人になってしまっていたのだった。

 途方に暮れて浜辺に戻ってきた江の助の前に、再び龍王の娘が現れた。

 龍王の娘は江の助にある物を差し出した。それは、龍洞りゅうがなへ行く前に江の助が拾った盃だった。

「江の助さん、これを飲んで下さい」

 龍王の娘はその盃に酒を注ぎ、江の助に渡した。江の助は不審に思いながらも、その酒を飲んだ。すると体が若返り、若者の姿に戻った。

龍洞りゅうがなのものを口にすれば、永遠に若いままでいられます。これからもずっと、私と一緒に暮らしましょうね」

 龍王の娘は若返った江の助を連れて、龍洞りゅうがなへと帰っていったそうな。もうおしまい、ちゃんちゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る