「完全な四母音体系」は成立するか?

 伝統的な奈津崎弁には母音が「ア」「イ」「ウ」「エ」の四つしかない。まるで北米先住民の言語のようだ。


 実際のところ、日本の方言で四母音(もしくはそれに近い)の方言は東北弁である。かつて侮蔑的にズーズー弁と呼ばれていたが、それは東北弁が母音のイ、ウを区別せず、四つ仮名をすべて「ズー」と発音することなどに由来しているのだろう。

 「イ」と「ウ」がどのような母音に合併(merge)するかは方言によって異なり、北奥羽と南奥羽では同じ「乳」でもtsɪ̈tsɪ̈とチチとtsɯ̈tsɯ̈とツツという違いがあるが(NHK日本語発音アクセント辞典より)、いずれにせよこうなってしまうと母音が「ア」「イ」「エ」「オ」ないし、「ア」「ウ」「エ」「オ」の四つしかないように見える。

 (北の青森市の方言では逆に「見えた」と「蒔いた」をmeːta「メータ」とmɛːta「メァータ」と区別していたりもするのでその分標準語より母音が、青森市方言の母音は六つらしい)


 よくウチナーグチ(沖縄方言)は母音が「ア」「イ」「ウ」の三つしかないと言われる。


 船 フニ

 言葉 クトゥバ


 だがこれは短母音の話で、長母音の「エー」「オー」はある。(例 「買ってください」は「こーみそーれー」)

 なので、奈津崎弁が長母音の「オー」も含めて完全に母音の「オ」を失ってしまったというのは現実的にはありえないことである。


例 

 結婚(けっくん)

 重陽節(ちゅーやーせつ)

 下津しもづ弁(※架空の方言です、念のため)


 ……と、思っていたのだが、先ほど挙げた九州の方言のように「一升」が「いっしゅー」になるような方言もあるので微妙な気がしてきた。


 私が奈津崎弁を作ろうと思ったきっかけの一つは、新潟弁について学んだことだった。

 新潟県や日本海側の方言では「エ」と「イ」の区別が弱い。「鉛筆」を「ンピツ」と読んだり、逆に「色鉛筆」を「ンピツ(!)」と読むなどというのがよく笑い話としてあげられるのだが、「オ」と「ウ」の区別方言というのは聞いたことがないなと思って作ってみようと考えたのであった。

 しかし、実際の色々な方言について調べていくうちに、古い茨城弁では「おっちょこちょい」を「ウッチュグチュイ」のように読んだらしいとか、佐賀県の方言で「嘘」を「空言(すらごつ)」と言うらしいとか、いろいろなことが判明してきた。全国各地に「オ」と「ウ」の区別がないわけではないが曖昧な方言は割とあるようだ。


 この辺の情報を総合するに、奈津崎弁の「完全な四母音」はありえるかありえないかの微妙なラインにある感じがする。


追記:沖縄の一部の方言(与那国方言)では長母音を含め母音がア、イ、ウの三つしかない完全三母音方言もあるらしい。さらに母音の「エ」が「イ」と合流した「ア、イ、ウ、オ」という完全四母音方言(三宅島坪田方言)はあるようである。


 まとめると、完全四母音方言は全国各地にあるものの、その内訳がア、イ、ウ、エというのは比較的珍しいようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る