冠詞とは何か 2.不定冠詞など

 ●不定冠詞


 定冠詞は一つしかないもの、特定されているもの、文中で既に言及されたものについて使われるが、不定冠詞および名詞の複数形はその逆で、つまり特に何の指定もない場合は不定冠詞がつくことになる。

 日本語では「さっきバナナ食ったわ」とか言ったとして、そのバナナの本数を気にする奇特な輩は中々いないが、英語をはじめとするヨーロッパの言語の母語話者は話し手も話しを聞いている方もバナナの本数を気にしないと生きていけない人たちなのである。というか言語自体がそういう仕組みになってしまっているので、名詞、特に可算名詞を使うときに個数を気にしない話し方ができないのである。

 つまり、


 ・私は猫を飼っている。

 ・お前の部屋に時計ある?

 ・コップを割ってしまった。

 

 とか言う文を作るには「猫」「時計」「コップ」がいくつであるかを限定しないといけないのである。これらの場合は文脈的にいずれもおそらく一つで、そこで登場するのが不定冠詞なわけだ。

 不定冠詞は英語でいうaとかanであるが、発音的にoneが語源であることは言うまでもない。ほかのヨーロッパの言語でも一を表す単語と発音が似ている場合が多い。フランス語ならuneはunとune、ドイツ語ならEinsとeinとeine、スペイン語ならunoに対してunとunaという感じである。つまり不定冠詞とは、もともとは「一つの」という意味である。

 ゲルマン語派とロマンス語派の言語では大体定冠詞も不定冠詞もあることが多いのだが、スラヴ語派のロシア語やポーランド語といった言語では冠詞はなく、名詞を辞書に載っているような形でそのまま用いると単数形になる。例えば学生はロシア語ではстудент、ポーランド語ではstudentだが、このままの状態で一人の学生という意味になる。(ついでに言うと格変化する言語なので、これらは主格で『一人の学生が』というような感じである)そんなわけでロシア語ではЯ студент.と「私」、「学生」を並べれば「私は(一人の)学生です」という文が作れる。そもそもラテン語には不定冠詞も定冠詞もなかったので、同じような感じで名詞を裸の状態で使えば単数形であった。

 しかし英語ではstudentをそのままの形で用いることはできず、I'm a student.という感じでaをつけないで使うことはできない。冠詞のある言語はある意味名詞に冠詞がついている状態が普通なのである。

(じゃあ、ドイツ語やスペイン語でもIch bin ein StudentとかSoy un estudianteなのかというと、これまた興味深い現象で職業など一部の名詞は冠詞を使わないというルールがあるおかげでIch bin Student.とかSoy estudiante.と不定冠詞なしでも使うことができる。非母語話者の我々から見るとなんじゃそりゃ、ルールもへったくれもねえぜ! という感じだが、冠詞が省かれるパターンは他にも色々ある)


 英語の不定冠詞は実は二つあって、一つはa、もう一つはsomeである。そしてsomeには二種類ある、につくものとにつくものである。

 まず前者のsomeだが、これはつけてもつけなくてもいい。例えばI bought some books.という文をI bought booksと言ったところで意味は多少変わるものの非文になったりはしない。

 しかしフランス語では、desというこれと似た働きをする不定冠詞があるのだが英語と違って省略しづらいようである。

 フランス語には部分冠詞なんてものもある。男性名詞ならdu、女性名詞ならde laになる。


 ・du pain パン

 ・de la bière ビール


 これらも不定冠詞の一種だが、不可算名詞について「いくらかの」みたいな意味を表す。つまりこれは英語でいう後者のsome(可算名詞の単数形につくsome)だ。そしてこれもつけてもつけなくても言い場合が多く、英語やスペイン語ではI'm eating breadとかEstoy comiendo panとか言っても特に問題はないのだが、フランス語では常にsomeにあたるduをつけないといけないようだ。水を頼むときも、De l'eau, s'il te plaîtと言い、「eau(水)」だけで用いない。 こうなってくると、冠詞は名詞についているというよりは名詞の一部である。


(補足 以前紹介したアラビア語もこの辺が面倒な言語で、魚 samakaという名詞はこういう文法上の数によって五種類もの形になる。


 ・samaka 魚一匹 アラビア語には単数の不定冠詞はなく、この形がそのまま単数形になる。

 ・samakataani 魚二匹

 ・samakaat 魚三匹以上

 ・'asmaak 魚十匹以上

 ・samak いくらかの魚


 最後のsamakはフランス語でいうdu poisson(=部分冠詞のついた名詞)のような状態で、食材としての魚・一匹としての形のない肉の塊みたいな意味になる)


 さて、定冠詞と不定冠詞を見てきたわけだが、アジア人にとってはこの辺の使い分けは難しい。アジアの言語では、冠詞がないことが多いからだ。

 実は中国語には不定冠詞と似たようなものがあって、完了の「了」がついたときにだけつけないといけないというルールがある。

 例えば、


 ・吃苹果 リンゴを食べる ⇔ 吃了(一)个苹果 リンゴを食べた


 この二つの文で、後ろは「一個」を意味する个を抜かすとなんと非文になってしまう。これだけ見ると英語の不定冠詞のようだ。しかし「了」のつかない文ではつけようがつけまいが関係ない。そんなわけで、ヨーロッパの言語を習得しようとすると中国人もやはり冠詞の言い間違いをしてしまうことも多い。

 

 そもそもほとんどの人は英単語を覚えるときに辞書に載っている形で覚えていると思うが、そうすることによってある意味こういう間違いが産出されやすいとも言える。

 つまりこんな感じである。


「『ワニ』って英語でなんていうんだろう」

 ↓

 辞書で調べる

 ↓

「alligatorか。じゃあ、I like alligator」


「『辞書』って英語でなんていうんだろう」

 ↓

 辞書で調べる

 ↓

「dictionaryか、じゃあ、I bought dictionary」


 alligatorは複数形、dictionaryはa dictionaryにしないといけないのだが、辞書には大体冠詞なし・単数形で載っているため、それに加えてアジアの言語には冠詞や複数形がないことが多いため、辞書に載っているそのままの形で使ってしまい間違ってしまうわけだ。


 ○おまけ


 印欧語族の言語ではないが、ハンガリー語にも定冠詞・不定冠詞がある。


 egy könyv "a book"

 a könyv "the book"


 さらにハンガリー語には動詞に定冠詞・不定冠詞のような区別があり、目的語になる名詞に英語でいうtheがつくかaがつくかどうかで活用形が違う形になる。

 例えばolvas「読む」を「一人称単数(=私)」で活用するとolvasokとolvasomになるのだが、前者は不定冠詞、後者は定冠詞のついた名詞が目的語の際に使われる。


 Olvasok egy könyvet. "I'm reading a book."

 Én nem olvasom. "I'm reading it."

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