第7話
夜、俺は自分の部屋でPCを使い調べ物をしていた。もちろん、この世界の事に関してだ。
歴史や時事など……細かいところまでは覚えていないけれども俺の記憶と大きく違うところはなさそうだ。
これならば高校の授業で全く分からないことも無いだろう、ほっと肩の力を抜くが改めて調べ物を再開する……。
――――
色々と調べては見たが、一応『男女のカップル』というものは存在するらしい……とはいうものの、空想の中であったり都市伝説的な類であったりだが。
おそらくは今日の
結婚についても、同居と言った方がわかりやすいかもしれない。
こちらでは『同性が資産などを共有することにより互いに生活の基盤を支える』あるいは『女性が子供を育てる際に同性同士で寄り合い生活を送る』ための手続きというものらしい……。
その性質上……複数人の届け出も受理されるんだとか……。
そして驚くべきは子供に関してだった。
まず子供は女性が産む、これは当然なんだろう……耳が付いていてもしっぽがあったとしても『母親は女性』ここに違いはない……が、基本は人工授精によるものだとか。
成人した女性は子供が欲しい場合、それを届け出ていくつもの審査を受けた後に妊娠、出産へと至るわけだ。
男性は満16歳になると『献精』をすることが出来るようになる……つまりは、血の代わりに精子を提供するわけだ。
このような事情は男女による自然妊娠が絶望的な場合には有効なのだろう……謝礼金も出るって書いてあるし小遣い稼ぎに使っているやつもいそうだな。
基本的に母親やその子共には父親は明かされないが、生まれた子供が男の子だった場合には父親が親権を持つらしい。
例外として、父親がそれを拒否した場合、または引き取った後に死別した場合などにより適切な養育がされないと判断されたときは母親が引き取ることが出来る……父方の親類なども同様に引き取ることが無かった場合は、だが。
「ふぅ……と言う事は、俺は父親が居ない可能性が高いのか……」
そう、俺は母親と妹2人の4人暮らし……今日一日、そしてこの時間になっても父親を見てはいない。
玄関のシューズラックにも俺のものしか男物の靴は無かったし、この家に男性は俺だけだと言えるんだろう。
元の世界では俺を育ててくれた父親がいたんだが……こちらではその存在を確認することが出来てはいなかった。
母親の遺影はあるが、父のは無い。そう考えるとどこかで生きている可能性もあるが俺の養育を放棄したと言う事は間違いがなさそうだ……。
「まぁ、居ないものは仕方が無いか、今はまだどうしようもないからな」
暗い話は苦手だ。母さんも、悠璃も、萌花も俺を家族として接してくれているはず。それに応えるのが最優先だ。
さて、もう少し調べてみるか……。
――――
『……殿』
―― ん?
『慎哉殿』
―― この声、あの時の……?
『左様、
―― やっぱりお前の仕業か!? 一体ここはどこなんだ!
『
―― 起きたら姿が見えないし、妹たちには耳が付いてるし……少しは説明してくれたっていいんじゃないのか?
『そのような世界なのじゃ。なに心配はいらぬ、慎哉殿らしく過ごしていただければそれで良い』
―― 俺らしくって言われてもな……元に戻してもらうことは出来るのか?
『それに関しては申し訳なく……こちらにお越しいただくだけで精いっぱいでな。再び慎哉殿が界を跨ぐには長い年月が必要となる』
―― 長いって……?
『ざっと200年は』
―― 200年!? それまで俺は生きていないな……もう戻れないって事か。
『申し訳ない……』
―― 1つ聞かせてくれ、向こうの家族……妹たちや父さん、母さんは大丈夫なのか?
『それに関していえば何も心配はいらぬ、ちゃんと幸せに過ごせるようにしておるよ』
―― そうか……。
『慎哉殿の半身を置いてきたからの』
ん? んん? 俺の半身……だと? どういう意味だ!?
―― おい、半身ってなんだよ……?
『うむ? 慎哉殿と同じ記憶や感情を持ち、魂の半分を分け与えられた者、と言う事じゃ……こぴぃ? と言えばわかりやすいのかの』
―― はぁぁ!? え、じゃあ全く同じ俺がもう1人いるって事か!?
『うむ、こぴぃ? じゃからの。まったく便利な世の中になったものよのぅ』
なんだろうこの複雑な気持ちは……たしかに俺自身が傍にいるなら何も心配はいらないのだが……。
―― はぁ……まぁいいや……。もうここで生きていくしかないのがわかっただけでもまだましだ。
『ふむ、そろそろ時間のようじゃ。それでは慎哉殿、また伺いますゆえに』
―― あ、おい! まだ聞きたいことは山ほど……。
――――
ガバッと身体を起こす感覚……どうやら調べ物をしている最中にそのまま寝てしまっていたらしい。
時計を見ると……夜の11時を回っていた。
身体を解すように動かすと、かけられていたのであろう毛布が床に落ちた……誰かが寝ている間に部屋へと来てかけてくれたらしい……萌花だろうか?
そう言えばまだ風呂に入っていなかったな、そう思い部屋から出て風呂場へと向かう……リビングの電気も消えているし、皆もう其々の部屋に戻っているんだろう。
廊下を通り、ガチャリとノブを回して脱衣場のドアを開ける。
「へ?」
そんな声が聞こえたので、視線を上げて脱衣所の中を見ると……ちょうど風呂から上がり、バスタオルを身体に巻き洗面台に向かってたのか、そこから顔だけをこちらに向けて目を見開いている……悠璃がいた。
濡れたしっぽを拭いていたのだろうか、両手で持ち上げていた為に身体に巻いたバスタオルが捲れ上がっていて、そこから悠璃のお尻がちらりと見え……ているどころじゃない、丸見えだ。
「な、ななな、なにいつまでも見てるのよー!」
次の瞬間、俺の顔にものすごい勢いでバスタオルが投げつけられた。しっとりと湿り気を帯びたそれは今しがたしっぽを拭いていたバスタオルだろう……。
「す、すまん! まだ入っていただなんて思わなくて!」
頭からバスタオルを被ったまま慌ててドアを閉める……やっちまった、完全に眼を奪われていた……。
今見た悠璃のおし……姿に、とりあえず落ち着こうとリビングへ戻り冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ぎゴクゴクと一気に飲み干す。
……まだ心臓がバクバクといっているけれど、強引に気持ちを落ち着かせようとする……が、どうしても今の光景が頭から離れない。
悠璃や萌花の風呂上りを見たのは小学生以来か……やっぱり成長してるんだよなぁ……って違う、何を考えているんだ!? そうじゃないだろ!
あぁそれに、しっぽはちゃんと生えているものだったな……お尻も見えてたし……って、いかんいかん、思い出している場合じゃないよな! ……絶対怒っているぞ……どうしようか。
そんな事が頭の中をぐるぐると巡り、落ち着くことも出来ないうちにリビングのドアが開いて悠璃が入ってきた。
「お風呂……入るんでしょ、もういいよ」
「あ、あぁ悪かったな……もう皆入ったもんだとばかり……」
ん? あれ、思ったほど怒っていない……のか?
悠璃の頬は赤く染まっているが、それがお風呂上りだからなのか、それとも先ほどの事が原因なのかはよくわからない……。
「お兄ちゃん、机で寝てたもんね。お風呂入るからって起こさなかったあたしも悪かったし、もういいよ」
「じゃあ、毛布は悠璃がかけてくれたんだな……ありがとう」
俺がそう言うと、悠璃はハッとした顔をしてから……顔を真っ赤に染め上げていく。
「べ、別に……寒そうかなって思っただけだし。風邪ひかれても困るし……もぅ! そんなことはいいから早くお風呂入っちゃってよね!」
そう言い捨てると、パタパタとリビングから出ていく悠璃は……やっぱりしっぽを大きく振っていた。やれやれ、素直じゃないな……。
悠璃を見送って入れ替わりで脱衣所に入った俺は、服を脱いで洗濯籠に放り込む。
ふと、何気なく洗面台に目をやると……湯気で曇ったのであろう鏡に
―― お兄ちゃんの H
と書かれていた……。
すぐにタオルを手に取り鏡を拭う……悠璃のやつ、もし他の誰かに見られてたらどうするつもりだったんだろうか……。
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