第5話
「それで、久瀬君は何を捜していたの?」
雨はまだ降り続き、とても帰ることは出来そうにない。スマホを取り出し時間を確認するとまだ昼には時間はある……が、いつ止むのかもわからないのと、突然の雨で俺のことを心配しているかも知れない妹達の事を思い、とりあえず雨宿りをしていることをメッセージで送る。
そんな事をしていたら不意に
「ん? あぁ……白い子猫だよ」
一瞬、何のことを言っているのかわからなかったが、さっき動いているものが何かを確認した時の事を言っているのだろう。
「子猫? 久瀬君の家で飼っていたの? 居なくなっちゃったんだ」
「いや、昨日この川で流されそうになっていたのを助けたんだけど、今朝起きたら居なくなっていてね」
「なるほど……私は久瀬君に声をかけられる少し前から居たけれど、子猫は見かけなかったかな」
そう言えば、俺が人の姿に気が付いた時にはもう広場に立っていたっけ。
「
誰かと待ち合わせていたとか……でもそれなら、こうして雨宿りの為に場所を移動してことを伝えていてもおかしくはない……でも、さっきからスマホを取り出そうともしていない。
何か特別な場所だったとか? それなら邪魔をしてしまったのが非常に心苦しいのだが……。
「えっ、それは……聞いても笑わない?」
「え? 面白い話なら笑うかも知れないけど……」
「もぅ、そういう意味じゃないよ……」
ぷくっと頬を膨らませる
「あのね……夢を見たの」
「夢? もしかして、あそこに立っている夢だったとか?」
「そう、気が付いたらあの広場に立っていて……そうしたら急に回りが暗くなって」
もしかして……怖い夢だったんだろうか? ゴクリと唾を飲み込む……。
「とにかくその場から逃げようと足を踏み出したところで……ガシッと!」
「うぉっ!?」
声と共に俺の腕を掴む
「ふふふ、素敵な反応だね? こうやって腕を掴まれたら周りがぱぁっと明るくなったの」
目を細め、口角を上げるその顔はどこか妖艶で背筋がぞくっとする。
「驚かさないでよ……でも、それってさっきの俺達とよく似てるね? 雨が降り始めて暗くもなったし……まさか予知夢的な物だったり?」
「どうかな? でも確かに夢のままかも知れない……でもね、夢にはまだ続きがあるの」
「続きが? 明るくなって何かが見えたとかかな?」
「その人は男の人だったんだけれど……そのまま私の手を引いて、歩きはじめるの」
俺の腕を掴んだままの黒葛さんは……そう言いながら少し俺の方へ近づいてくる。
「そこは綺麗な花が咲いている小さな広場になっていてね? ふふ、ここにお花なんて咲いてはいないけれど」
言われて周りをちらりと見まわす……高架下は確かに広場のようにはなっているが、むき出しの地面が見えるだけで花は咲いていない……。
俺が一瞬目を離した隙に……
「その広場で彼は私を抱きしめて……」
グイっと強く手が引っ張られる……抵抗するだなんて考える事すら出来ず、2人の顔が触れるほどに近付いた……。
そんな俺の頬にそっと手を添えた
『キスをするの……ふふふ、久瀬君もしてくれるのかな?』
そう呟いた。
「なっ!?」
慌てて顔を上げ
「あら、残念。私の初めて……欲しくない?」
俺が顔を上げたせいで見上げるような形になった黒葛さんは、離れてしまった手を俺の胸へと当て、瞳を潤ませている……なんだこの状況は!? もしかして口説かれてるのか……はは、まさかな。産まれてこの方動物にしか好かれたことなんて無かったのに。
その時、突然――ゴゥッと突風が吹き抜ける。降りしきる雨が横殴りとなって高架下まで降り注いできた。
「うおっ!? ……何だいきなり……大丈夫だった?
俺の腕の中にすっぽりと納まっている彼女へ声をかける、幸い、風は立っていた俺の背後から吹き抜けたので
「うん、大丈夫……久瀬君が庇ってくれたから」
その言葉に、ようやく俺は自分が何をしているのか気が付いた……。
少しでも風や雨が当たらないようにしようととっさに身体が動いたのだろう、両手で
「ふふふ、やっぱり正夢なのかな? それとも……正夢にしたい、とか?」
すりすりと俺の胸で頬ずりをする
「い……いや、そうじゃなくって……身体が勝手に動いたというか、そ、それだけだから……」
「もぅ……そんなに私のことが嫌いなの……?」
「そ、そうじゃないけど、ほら! まだ知り合って間もないわけだし、こういうのはもっとお互いをよく知ってからに……」
「ふぅん? じゃあ……もっと私の事を知ってよ……」
ままま、待って! いやこれ、どうしろって言うんだ!?
そりゃ確かに
「わ、わかった! わかったからとりあえず離れて! ほら、折角拭いたコートも濡れちゃうし! 風邪ひいちゃうから、ねっ?」
何とか離れて貰おうとする俺の言葉に、渋々……本当に渋々といった表情で
さっきまでピンと立っていたしっぽは垂れ、左右にぴったんぴったんと振られている……これ、不機嫌って事だっけか……。
心臓をバクバクとさせながら、ようやくふぅっと安堵の息を吐く……この世界の女の子はこんなに積極的なんだろうか……悠璃や萌花はそんな感じがしなかったのは、妹だからなのだろうか。
それにしたって、男性に嫌われている女性が、男である俺に対してここまで積極的になるものなのか?
普通ならもっと警戒したって良いはずだ……じゃあ何で……?
「あ、いつの間にか雨が止んでいるみたいね」
答えの出ない問いに頭を悩ませていたが、顔を上げて高架下の外を見てみる。
さっきまでの激しい雨脚は消え、薄っすらと日がさしているようだ。
「わぁ、ねぇ久瀬君、虹が出てるよ」
たたっと高架下から飛び出した
後を追うようにして
しばらくそのまま2人並んで虹を見ていると、黒葛さんが突然俺の横から1歩……2歩と離れていく。そのまま数歩離れた所でくるりと振り返り、手を後ろで組みながら軽く腰を曲げて上目遣いで俺を見てきた。
「そ、それじゃ、私はそろそろ帰るね? また明日学校で」
「うん? あぁクラスは違うけどよろしくね……送ろうか?」
「大丈夫だよ、また雨が降らないうちに走って帰るから……それじゃ、またね」
そう言い残し、
俺も手を振り返すと、そのまま数歩後ずさりをした後……今度は振り返ることなく走っていってしまった。
「やれやれ……なんだか不思議な子だったな……
はぁっと溜息を吐き、明日からの学校生活に一抹の不安を抱えながらも……抱き締めた時の胸の感触や、甘い香りを思い出してしまう頭をブンブンと振りながら……俺も家へと足を向けた。
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