うそつきマカロン 3
翌日の日曜日、あたしは実家に帰るナナちゃんと、駅に向かって歩いていた。
ゲンちゃんは朝早くからバイトに出かけてしまって、もういなかった。
「この家出るって言ったって、永遠に会えなくなるわけじゃないんだから。実家のお店はここからたった駅三つだもん。いろちゃん今度、和菓子食べにおいでよ」
「うん」
そのくらいの距離なら、あたしひとりでも行ける。
よく晴れた冬空の下、こぢんまりとした駅舎が見えてきた。そばにある大きな桜の木も、なんだか寒くて震えているように見える。
あたしは息を整えてから、隣を歩くナナちゃんに思い切って言う。
「ねぇ、ナナちゃん……最後にひとつだけ聞いてもいい?」
「うん? なあに?」
昨日の夜、なんとなく気になりだしたら妄想が止まらなくなって、よく眠れなかった。
「ナナちゃんって、ゲンちゃんのこと……えっと……男として、好きだったの?」
あたしの声が白い息と一緒に、冷たい空気に溶ける。ナナちゃんは前を向いたままふっと口元だけ笑って、そして答えた。
「悪いけどあたしの理想って、ものすごく高いのよ」
あたしは首をかしげて、背の高いナナちゃんを見上げる。
「あたしは、イケメンでお金持ちで、才能豊かな男しか好きにならないわ」
「ふうん……」
つぶやきながら頭の中をフル回転させ、いろんなことを思い出した。
「でも風花はいつもゲンちゃんのこと、カッコいいって言ってるよ。あたしを大学まで行かせるお金だってあるって、ゲンちゃん自分で言ってたし。それに湊斗はゲンちゃんを師匠って呼んで尊敬してる」
「あははっ」
ナナちゃんが空を見上げて鮮やかに笑った。そして足を止め、同じく立ち止まったあたしをまっすぐ見て言う。
「いろちゃん。もしも……もしもだよ? ゲンちゃんがあたしのタイプだったとしても……あたしは誰かを想ってる人を好きになったりしないのよ」
「えっ、てことは……ゲンちゃんには好きな人がいるってこと?」
「まぁね。女の勘だけど」
ナナちゃんがいたずらっぽく舌を出し、また歩き出す。あたしはそのあとを追いかけながら考える。
ちょっと待って。ゲンちゃんに「好きな人」がいるなんて初耳だよ。てか、想像したこともなかった。
でもゲンちゃんだって、アラサーの男だし。好きな人どころか彼女がいたっておかしくないのに、そんな気配も感じられない。少なくとも、あたしと暮らしている六年間は。
え、じゃあゲンちゃんは六年間も彼女なしってこと? それってちょっとかわいそうな人じゃない?
「ていうか!」
あたしが立ち止まって声を上げたから、ナナちゃんが驚いて振り向いた。
「ゲンちゃんもしかして……あたしがいたから彼女作れなかったとか?」
あたしは金銭面だけじゃなく、恋愛面でもゲンちゃんのお荷物だったとか?
「うーん……」
ナナちゃんが首をひねって、くすっと笑う。
「それは当たってるけど、当たってないね」
「なにそれ! 意味不明! わかんないんですけど!」
「そのうちわかるよ。いろちゃんが大人になるころ」
あたしはぶうっとほっぺをふくらませた。ナナちゃんはそれを見て、またくすくす笑う。
大人って……いったいいつになったらなれるんだろう。
なにができるようになったら、大人になれるんだろう。
ホームまで行って、ナナちゃんを見送った。ナナちゃんは最後までにこにこしていた。
ここから三つ先の駅にある和菓子屋さん。
あたしひとりでも行けるけど、行くときはゲンちゃんとふたりで行こうって思った。
「今度の日曜日、いろちゃんちに遊びに行ってもいい?」
ナナちゃんがいなくなって一週間が過ぎた。困った出来事はいっぱいあったけど、なんとかあたしとゲンちゃんのふたりで乗り越えている。
「ねぇ、いろちゃん、聞いてる?」
「え、ああ、聞いてるよ」
あたしの隣を歩く風花は、チェックのブランド物のマフラーをしていた。誕生日にお父さんが買ってくれたんだそうだ。
「日曜日は……ゲンちゃんいる?」
「さぁ……どうかなぁ」
風花のゲンちゃん好きはあいかわらずだ。
「わたしお菓子作っていこうかな。ね、ゲンちゃんはどんなお菓子が好き? やっぱり洋菓子系? それとも和菓子系?」
あたしは空を見上げてから答えた。
「洋菓子が……いいんじゃないかな……」
「洋菓子ね! なに作ろうかなぁ……」
風花がピンク色のリップをつけた唇に指を当て、考えている。
スニーカーを履いた足元を、枯葉がかさかさと通り過ぎた。冷たい風が頬に当たり、あたしもマフラーが欲しいなぁって思う。
ウソをついたあたしの隣で、風花は幸せそうに笑っていた。
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