某日某所にて

@takamatsu_a

Icレコードの記録

某日某所にて



いやあ、君も好きだなあ。こんな奴の話をわざわざ聞きに来てくれたなんて。

いやいや、そんな怪訝な顔をしないで。そうだよね、聞きたくて聞きにきたわけじゃないんだもんね。そりゃそうか。訂正するよ、ごめんね。

まあ、なんだっけ、単位?課題?....あぁ、卒論、卒論ね。うーん、その辺の細々した事情はよくわからないけど、まあ、少しでもお役に立てれば良いなと思うよ。とかいって、こんな事を話している時間のぶん、なるべく早く終わらせたほうが君的にはよいのだろうね。あはは。おっと、そんな困った顔をしないでおくれ。困らせたいわけじゃないんだ、心配しないでね。もちろん怒ってもいないよ。本当だって。困ったなあ、コミュニケーションは苦手なんだ、許しておくれ。


さて。じゃあなんの話をしようか。

...うん、そうだね、やっぱり君くらいの子が興味があるのは恋愛についてになるのかな。

いや、歳なんて関係ないか。どんな歳の人だって、どんなカテゴリーに属する人だって、みんなみんな恋愛の話を毎日のようにするしね。それが「好き」だからなのかどうかは、私にはちょっとわからないけど。人の心が読める訳じゃなしね。でもどんな場でも盛り上がるネタなのは間違いないよね、君にも心当たりがあるでしょう?ねぇ、それってなんでだと思う?


私が思うに、多分、恋愛っていうのはアイデンティティが一番表現しやすい場だからなんじゃないかな。自己開示としても他人のことを知るのにも、個々を表明する場として最も適しているステージ、それが恋愛なんだと思うよ。恋愛がない人生は人生じゃないとかよく言うじゃない?恋愛至上主義な歌や創作物なんて、世の中に腐るほどあるよね?そりゃ、生物である以上生殖ってのは重要課題なのかもしれないけどさ、今の時代、それ以上にアイデンティティを証明したい、アイデンティティを誇示したいっていう欲求が、多分なによりも先に来てるんだと思うんだ。みんなみんな、自己表明や承認を得る場が無いと生きてはいけないからね、それが恋愛がないと生きていけないって思想にすり替わってるんだよ。...違う違う。結局自己愛じゃないか!とかいう、そういう批判じゃないよ。違うんだ。ていうか自己愛だって愛だしね...いやそういうことでもなくて。恋愛そのものというよりも、恋愛が支持される理由についての話で....あぁ....わかってもらえないかな。まあ別に君が解ろうと賛同しようと私の知ったところではないが。

でも考えてみると実に恐ろしい話じゃないか?恋愛するということが自己開示の場として使われる、ということの前提には恋愛をするということ=社会において承認されるという認識が根底にあるってことな気がしてならない、私には。そうだよ。愛はこの世の何よりも素晴らしいモノなんだよ!誰もそのことを疑わないし、おそらくそうなんだろうな。世の総意だし別にそこを疑いたい訳じゃないんだよ。でもさ、崇高な愛がそこにあるのか、愛が崇高であるべきなのか、本当のところは一体どちらが先なんだろうな?あぁ堪らなく怖くなってきた。恐ろしい。なあわかるだろ?わからなくてもいいよ。どうせ気狂いだ。ほっておいてくれよ。


えーっと、話を戻そうか。話したかったこととだいぶ脱線した気がする。なんでこうなっちゃうかな。本当に私はコミュニケーションが苦手なんだよ。全く嫌になる。


そうそう、恋愛について、恋愛についてだったよね。私が話したいのはさ、恋愛が何故支持されるかというよりむしろ、恋愛の定義についてだよ。まあ、何故支持されるかっていうのも前提条件として大事かもしれないけど。


さて。

君なら、恋愛って何ですか?っていう質問された時、何て答える?はいここからシンキングタイム。考えてね...考えた?

あぁ、いいよ、言わなくて。答えは別に聞いてないから。もうこの手の陶酔ポエムにはウンザリしているんだ...あぁいや、怒らせちゃったかな、ごめんね、悪気はないんだよ。ほら、私ってすこぶる頭が悪いから。気にしないで、ね?

えっと、何でこんなことを聞いたかというと、私この手の質問をして同じ答えが返ってきたこと一度もないんだよね。もちろん適当に数打ったわけじゃないよ?恋愛の研究してるお偉い先生や哲学家、社会学者なんかにも聞いたかな。でもみんな答えは見事に別々なの。笑っちゃうくらいにね。永遠性への期待とか存在の意義を見出すものとか、色々言われたけどさ。ソクラテスや太宰や、そういう人たちも、いうなればみんな持論の域を出ない。それで私、ようやく、ようやく気付いたんだ、「恋愛の定義って人によるんだ」ってことに。

あらまあ。何を当たり前なことをって顔してるね。つまんねえ、ありきたりなオチだなって思ってる?ねぇ、それは本当、本当にありきたりなオチなんだけどさ、本当に君は、社会は、恋愛を、愛を、個に委ねられた超絶不安定なものだと考えてるの?真実の愛とか、本当の愛とか、存在してるって考えているからこそ、恋愛=社会承認を得られるということになるなんじゃないのかな。恋愛の定義が人それぞれなのはあたりまえで、でもさ、真実の愛という言葉には一定の価値観があるはずでしょ、それって、それこそ、本当の大大大前提なんじゃないのかな。ねぇ、本当に恋愛って何なんだろうな?気持ち悪いと思わない?不確かなのがこんなにも当たり前なのに、共通認識がこんなにも大前提、こんなの気持ち悪いね。気持ち悪いよ。気持ち悪、吐きそう。死にたい。


うん。そうだよ、私は専門家でも何でもないからね。ぜんぶ戯言だね。知ってるよ?でも話したくて仕方ないんだ。え?なんでかって?不安で不安で死にそうになるからだよ。いちいちうるさいな。いいから最後までちゃんと聞けよ。君の卒論、社会不適合者についての調査なんだろ?だったら私の話を聞くべきだ。君だってそう考えたからここに来た、違うか?なら大人しく聞けよ。頼むから。


まあ薄々気付いてるかもしれないけど、私は恋愛って言葉が非常に嫌いだ。いや正確には恋愛って単語に対してあまり感情は無いんだけど...うん、嫌いって言葉は適切じゃないな、でも少なくともプラスの感情は抱いてないんだ。何故かって、いや知らねえよ。まあ多分そんなフワフワしたものを、みんながみんなある程度の共通項として意識していて、それを生まれ持った感覚や才能や常識でクリアしていく様がひたすらに怖くて怖くて不安で妬ましいって感じかな。だって名目は人それぞれのはずなのに、それができなければ私にだけ自己開示の場は与えられないし、アイデンティティは削がれるし、社会からの承認も受けられない。あぁ本当....どうにかして「恋愛」、手にしたいもんだな...。そんなのってもう何もかも気持ち悪いし、手になんてしてもきっと恋愛とは違うんだろうし、やっぱり気持ちわるいから吐き散らして死ぬしか無いかもだけど。...は??...「私の」愛の定義?は??知ったことじゃねえよ、そんなものがあったらとっくにアイデンティティ確立してるわ。恋愛っていうことばが、定義が、感覚が、人間が、全然全くこれっぽっちも好きじゃないのに、だからこそ誰よりも、誰よりも誰よりも恋愛について考えなくてはいけない、そうせざるを得ないこの皮肉が、お前にわかるかよ。どいつもこいつものうのうとしやがって。本当は思考もやめたい、考えたくもないんだよ一切!なんでこうなった。外見も内面も望んでこうなったわけじゃねえよ。そんな目で見るんじゃねえ。何が厨二病だ、何が社会不適合者だ、そう思うなら殺せば良いのだ。

モラトリアムに縋るのが苦しい。

モラトリアムに縋るのが苦しい。



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