黒板の文字の謎とふたつの恋模様

陸 なるみ

第1話 黒板に現れた四文字

 

 圭子けいこが中一だったのだから、学校にコンピューターは一台も無く、まだ誰もケータイを持っていなかった頃だ。図書館の蔵書目録でさえカード方式だった。

 先生は毎日、前の黒板にチョークで説明を書き、生徒はノートに板書する。教室の後ろにも黒板があって、そこにはその月の行事や連絡事項が書いてあったと思う。

 

 文化祭の前だったから二学期だったんだろう。ある朝、後ろの黒板の片隅に


  相反志有


と書かれていた。

「何だ、これ?」

 男子も女子も教室の後ろでワイワイと謎の四文字を眺めた。登校してくる生徒が次々とその輪に加わり、朝の学活ホームルームが始まる時間にはクラス中騒然としていた。担任の倉本先生が入ってきて、お決まりの「起立・礼・おはようございます」をしても空気は落ち着かない。


「どうした、何かあったかー?」

 社会科担当で、三十才過ぎていても兄のように話しやすいと人気の先生は、クラスを見廻した。前日の学級会で文化祭の出し物を話し合ったが案は三つ、賛否両論紛糾し、結論は出なかった。のん気そうに見せてはいても、クラモトも内心気にしていると圭子には感じられた。

 

 提案のあった出し物のそれぞれは


 反町澄香そりまちすみか案: 馬場君のピアノ伴奏で合唱

 富田誠一とみたせいいち案: クラス全員でディスコダンスを踊る

 植村健史うえむらたけし案: ひとりひとつずつ短歌を作り、大きな紙に墨で書いて展示


というものだ。

 反町案にある馬場君とは、馬場玲治ばばれいじという名で帰国子女、皆より一つ年上で背が高く、ハーフかクォーターかと言われるほどの茶髪。どこか小学生っぽさが抜けきらない他の男子の中でひとりぐっと大人に見える。ピアノもかなりの腕前だが他の勉強もできるという点で女子の憧れの的だ。合唱案に女子の殆どが賛成したが、男子が大反対だった。

「声変わりに歌なんかうたえるかよ」というのが大半の理由だ。


 富田誠一は子供っぽくはないが、急いで大人になりたがっているようで不良っぽく、暴走族の先輩に憧れているとのウワサだ。何でもカッコ良く決めたい、らしい。


 植村健史は優等生を絵に描いたような男子で、秀才だから一応彼の意見は聞いておいたほうがいいかなという雰囲気がクラス中にある。

「教室発表にしようよ、書いて張っとけばいいんだからさ。歌や踊りの練習したくない人多いんじゃない?」

 と無気力発言だ。家庭教師か塾にでも行っているのか、忙しいのだろうと圭子は危ぶんでしまう。


 クラモトが後ろの黒板の四文字を見つけ近づいて行った。

相原珠代あいはらたまよ、反町澄香、志村圭子しむらけいこ有本輝美ありもとてるみ

 先生がふと四人の女子の名を呼んだ。

「うーん、みんな可愛いよな。うちのクラスは美人揃いだ」

「何それ?」

「ダセェ、オヤジ発言」

 教室のあちこちに声がする。

 名前を呼ばれた女子は圭子も含めて真っ赤になった。


「何だ、クラスの女子の人気投票でもしたんじゃないのか? その頭文字だろ」

「バカー!」

 女子が騒ぐ中、植村が

「うわぁ、それ問題発言。教師がそんなこと言っちゃあ」

 と突っ込んだ。

「そうか? みんな美人だと言って悪いか? じゃあ植村はこの四文字、何だと思うんだ?」

相反あいはんするこころざし有り、『論語』か何か、そんなものだと思ったんだけど?」

「おう、それはカッコいいな、取りあえずそういうことにしとくか」

 皆は

「てきとー」

 と笑いながら植村の説明に「さすがだな」と頷いたりしていた。

「消しとくぞー」

 四文字を黒板消しがぬぐった。

 

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