第17話 放課後、場所は教室で
涙がぽたりと手紙に落ちる。
文字が少し滲んでしまった。
私は丁寧に手紙を封筒に戻し、星斗のパソコンに刺さっていたUSBメモリを抜き取ると、
キャリーケースを持って漫画部屋に行った。
メモリと鍵は財布の小銭入れに入れておこう。
ネックレスは……二つしててもいいか。
キャリーケースに服を詰め込み、帰る準備を整える。
漫画部屋は、初めて入った時と同じようになった。
ただ、私がここに居た証として、家を出る時に持ってきた本をベッドの上に置いた。
必ず取りに戻って来なくちゃ。
まだ読んでない漫画も沢山あるし、この本も星斗に読ませたい。
私は泣かないように下唇を噛んで、車に揺られながらあの街へ連れられて行った。
私の家の最寄にある警察署で待たされていると、うんざりという顔をした母が来た。
その後ろには酔っぱらっている父もいる。
初老の刑事が事情を説明していた。
「もうすぐ家に帰れるからね。もうちょっと待っててね」
女性刑事が猫撫で声で話しかけてくる。
帰ったらまた殴られる事を知っていてもそんな事が言えるだろうか。
「んだよ!犯人から金取れねぇの!?なんの為の捜索願いだよ!」
「ちょっと、こんな所で止めなさいよ」
「るっせぇ!あーぁ、金入ると思ったのによぉ!」
「すみません、すぐ帰りますので」
心底馬鹿な親だと思う。
ただ無駄に歳をとっただけのクソガキだ。
「つみき、帰るよ」
「はい……」
帰りは知らない人の車だった。
母は職場の部下と言っていたが、多分不倫相手だろう。
父が何やら喚いていたが、うっとおしいので無視しておいた。
「じゃ、私は仕事残ってるから」
家に着くと母はさっさと車でどこかに行ってしまった。
心配してたの一言も無く。
まぁ私としては踏ん切りがついて良い。
久しぶりに入る自分の家は相変わらずゴミ溜めだった。
すぐに自分の部屋に入り、鍵を掛ける。
「呼び出されんの面倒くせぇから学校行けよコラ!」
ドアを叩きながら父がまた喚く。
面倒なのはこっちだ。
明日の為に寝ておきたいのに。
「ったく見舞金もねぇしよぉ!クソが!」
ようやく静かになった。
スマホのアラームをかけ、少し埃っぽい布団にくるまってぐっすり寝た。
_________________________
起きてすぐに軽くシャワーを浴びる。
カバンの中身をチェックして、早めに家を出た。
お腹が空いていたのでコンビニに寄る事にした。
そこで私はお金が無い事に気が付いた。
いつもコンビニに行く時は星斗からお金を預かっていたのだ。
その癖が抜けていなかった。
仕方なくATMで下ろそうと思い、残高を確認して驚いた。
「増えてる……こんなに……」
残高は元々あった二十万円に加え、三百万円ほど増えていた。
恐らく当面の生活資金にと、星斗が入れてくれたのだろう。
「ありがとう星斗さん。絶対にこの恩は返すからね……」
コーヒー牛乳とサンドウィッチを買って学校に向かった。
教室に入ると全員が私を好奇の目で見てくる。
そりゃそうだよね。
三ヶ月も登校拒否してた人が急に来たら誰だって驚く。
私の席は……すぐに分かった。
机の上に花瓶が置いてあり、菊の花が活けてあった。
私はその花瓶をスマホで撮影し、教室の後ろにあるロッカーの上に置いた。
あの三人が近づいてくる。
私はスマホをいじる振りをした。
「あれぇ、織原久しぶりじゃーん」
「死んだかと思って花瓶置いちゃったよぉ。菊の花を入れてさぁ」
「何の花がいいですかって先生に聞いたら、菊がいいって言うからさぁ」
無防備に顔を近づけてくる。
まったくの隙だらけだ。
私はこんな奴らに怯えていたのか。
「で?何の用ですか?私は朝食が食べたいんだけど」
現に私は早くサンドウィッチが食べたくて仕方なかった。
「はぁ?なんだお前?」
「何、調子に乗ってんだよコラァ!」
「てめぇ殺すぞ!」
机の足を蹴られ、コーヒー牛乳が床に落ちた。
星斗に貰ったお金で買ったコーヒー牛乳が。
私はサンドウィッチを諦めて立ち上がり、顔を近づけて小声で言った。
「放課後相手してやるから慌てんなよ」
コーヒー牛乳を拾い、ノートを出して授業を待った。
よし、コーヒー牛乳は無傷。
蓋が開いてなくて本当に良かった。
「んだこいつ?今日は泣いても許さねぇわ」
「絶対殺す」
「放課後、逃げんなよ」
その日は、数人から常に睨まれながら過ごす事になってしまった。
でもそれでいい。
私の思惑通りだ。
ついでにもう一つ仕掛けておこう。
私は授業中にも関わらず、サンドウィッチを食べ、コーヒー牛乳を飲んだ。
「織原さん?あなた何考えてるの?今は授業中なんですけど」
「今朝、邪魔されたので。何か問題でも?」
問題があるのは自分でも分かってるが、仕方ない。
「問題大ありです!廊下に立ってなさい!」
「先生、廊下に立たせる事が体罰だって知ってて言ってます?」
「はぁ?関係ありません!とにかく廊下にいなさい!」
先生の顔がみるみる赤くなっていく。
それと同時にこめかみ付近の青筋がピクピクと動いているのが見えた。
もういい歳なんだから落ち着けばいいのに。
そんなんだから未だに独身なんだよ。
教師なんて聖職者とか言って偉ぶっているが、所詮は人間だ。
特にこいつはただのヒステリックババアだった訳だ。
「それより先生、私の机にあった花瓶に菊の花を活けろって言ったの本当ですか?」
「今それ関係ありますか!?なんなのあなた!」
「授業で質問には答えるようにって言ってますよね。答えてください」
「関係ないでしょ!!」
「いいから答えなよ」
「言いました!!これで満足!?早く廊下に出なさい!!」
よし、言質を取った。
ヒスババアは扱いが簡単だ。
私はサンドウィッチを口に詰め込み、コーヒー牛乳を持った。
そのまま素直に廊下に出て、屋上へ向かった。
ごろんと横になり、冬の真っ白で綺麗な空を眺めた。
星斗、私頑張ってるよ。
先生の怒鳴り声にも負けなかったよ。
以前の私は高圧的な罵声に震え上がるばかりだった。
でも今は違う。
星斗から貰った勇気は、ちゃんと私の中にある。
今日が私の生まれ変わる日だ。
罪を背負った鬼の子から、断罪の復讐鬼に。
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