第9話 ジャージと洋服

 車を走らせる事、約三十分。

 まさか、と思ったが、車は真っ直ぐその店の駐車場に止まった。


「服って……ここで買うんですか?」


「そうだよ。どこを想像してたのさ」


「どこって……いや、大丈夫です」


 星斗は不思議そうな顔でドアをばたんと閉めた。

 服っていうからちょっとお洒落な洋服屋さんを想像していたのに……。

 ここは服屋では無い。

紛れもなくスポーツ用品店だ。

服など、あってもジャージくらいのものだろう。


「訓練用に動きやすい服は持っておかないとね」


 だから服って言うな。

あくまでジャージ。

ちょっとがっかりだけど、訓練用なら仕方ないか。

 舞い上がってた自分がなんだか恥ずかしい。


「これとかどう?」


「あー、いいんじゃないですか?」


「でも白は汚れとか目立つかな。こっちの赤のは?」


「あー、派手なんじゃないですか?」


「派手かー。つみきは緑って感じじゃ無いし、青のは?」


「あー、青いんじゃないですか?」


「青も無し、と。結構迷うなぁ」


 勝手に緑が似合わない人に認定されている。

 ジャージなんてどれでも一緒なんじゃないだろうか。

というか多分この人、単にジャージが好きなだけだ。

家に居る時はジャージだし。


「そういや、つみきは髪の毛、ずっとショートなの?」


「そうですよ。なんでですか?」


「や、似合ってるなって思って。あと喧嘩の時に髪を掴まれにくいからいいよね」


 喧嘩の為では無いが、近しい理由ではある。

いつだったかの下校途中で背後から急に髪を切られた。

あっと言う間に囲まれて、何本ものハサミが無造作に私の髪を奪っていった。

 それ以来、私はショートカットにしたままだった。


「よし、この黒にしよう。つみきの髪の白い部分が強調されて可愛くなる」


「えっ。私、この白い所凄く嫌なの知ってますよね?」


 ちょっとカチンときた。

これは虐待の遺物だ。

ある時を境に、ここだけ黒い髪が生えなくなった。

一刻も早く黒に染めてしまいたい。

その話はしたはずなのに。


「分かってる。でも残しておくのには理由があるんだ。だけど今のは軽率だったね。すまない」


「いえ、分かってくれてるなら大丈夫ですけど……」


 それにしても可愛いって平気な顔で言うんだ。

親戚の姪っ子に買い与えている感覚なのかな。


「あ、店員さん。これの男性用ってありますか?」


 お揃いで買うつもりか。

店員さんも微笑ましい顔で案内するな。

おっ、ちょっと試着いいですか、じゃないよ、まったく。

 結局お揃いのジャージを購入し、店を後にした。


「良い買い物したな。同じジャージの方が師弟関係っぽくていい」


「そうなんですか?よく分かりませんけど」


「本当はカンフー映画みたいなやつが良かったんだけど、それじゃセクハラになるからなぁ」


 星斗は笑いながらハンドルを切っている。

 どこまで本気で言ってるのか分からない。

きっと感性が中二で止まってるんだ、この人は。


「もう一軒寄るけど、帰ったらオススメのカンフー映画を見せるよ」


「カンフー映画はいいとして、どこに寄るんですか?」


「ちょっと食料を買い溜めしておこうと思ってね」


「お金、余分にかかっちゃって、すみません」


「お金の事は気にしないでくれ。始めからそのつもりだったんだ」


 そう言われても気になるのはしょうがない。

星斗に貰った恩は出来るだけ返したいな。

色んな事に決着がついて、働けるようになったら返そう。

それまでは少しだけ甘えさせてもらうのだ。


 着いた先は大型のショッピングモールだった。

てっきりスーパーにでも行くのかと思ったのだけど。

看板を見ると、大きめのスーパーも入ってるらしいからそこで買うのかな。


 星斗は私の手を取ると、そのまま歩き出した。

一瞬、振り払おうと思ったが、やめておく事にした。

公衆の面前で気まずくなるのは避けたい。

何より、初めて男の人に手を握られたのだが思った程嫌な気分ではない。

 少しだけ私の胸は高鳴っていた。


「ここの店とか良いんじゃないかな?あんまり分かんないけど」


「ここって……」


 目の前には、今時の女の子が来そうな洋服屋があった。


「何か着たい服があれば買っていこう。外出用にさ」


「いいんですか?」


「勿論だよ。俺は服のセンスとか無いから自分で決めてほしいけどね」


「ちょっと見てきます」


 私は駆け出していた。

ずっと憧れていたんだ。

可愛い服なんて自分には似合わないって分かってる。

着たい服があっても買えない事も分かってる。

だからずっと興味無い振りをしてた。

制服と学校のジャージがあれば充分って顔をしてた。

でも、本当はずっと着てみたかったんだ。


「星斗さん……このカーディガンと、あとこのロングスカートが欲しいです」


「可愛いんじゃないかな。じゃ、こっちのパーカーもついでに買っておこう。そうなると、靴も必要だな」


「靴もですか?」


 私は、家を飛び出した時に履いていたままのローファーを見た。

中学に入学した時から履いているそのローファーは、改めて見ると損傷が激しい。

 急に恥ずかしくなり、足元を隠したくてしょうがなかった。


「学校用の新しいローファーと、その服に合う靴を買っておこう」


「いえ、新しいローファーだけで大丈夫です」


「そうかい?その割にはちらちら見てるみたいだけど」


 しまった、バレていた。

ピンクと水色のチェック柄のスニーカーがあまりにも可愛くて目が離せなかった。


「いや、その、あんな可愛いのは私には似合わないかなって……」


「そんな事は無いよ。じゃ、このスニーカーと一緒に全部試着してみなよ」


 服屋さんで試着……。

 

「うん、どれも似合ってる。理想の文学少女だね」


 嬉しいのだが、かつてない恥ずかしさが私を襲う。

早くこの場から離れたいと祈った。

今まで経験した事の無い感覚だ。

こういうのって慣れれば平気なのだろうか。


 その後も手を繋いだまま食べ物を買い、家路に着いた。

私にとっては、もはやデートだったと言っていい。

 でも星斗にとってはどうだっただろう。

はぐれない為に手を繋ぎ、お世辞で可愛いなどとのたまっただけだろうか。


 喧嘩の勉強になるらしいカンフー映画は確かに面白かったが、ストーリーは頭に入って来なかった。

 ベッドに入るも、大きな心臓の音で眠れる気がしない。

明日、星斗とどんな顔で朝食を食べればいいのだろう。

そんな事ばかりが頭の中をぐるぐると回っていた。

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