終幕2017
結婚して、子供ができて、孫ができて。
夫が八〇歳でこの世を去ったので、そろそろ潮時だと思い、死のうと思ってこの小説をしたためていた。病床に就くふりをする中、何人ものの家族に見守られていた。この光景が幸せの象徴なのかはわからない。しかし、幸せか幸せじゃないかと言えば、幸せな人生だったと思う。
あの後、様々な所へ頭を下げて、何とか事態を鎮静化することができた。彼の殺人容疑も、皮膚の持ち主が生きていることに加え、警察内部に妖術への理解が深いものが多くいたこともあって、晴れて無罪となった。その後父母を説得し、結婚にこぎつけることとなった。
「で、どんな罰を受けるんだ?」
お師匠様は焼けた工房の前で聞いてきた。
「夫が死んだとき、数年後に消滅するというのは?」
「死んですぐじゃないのか?」
「確かにわたくしは他己的な評価のために人に化けています。しかし、自分が死ぬのに合わせて、わたくしが死ぬというのも、夫があまり喜ばないと思ったので。ただ期限がないと、何十年も現世にとどまるというのも飽きますしね」
「わかった」
わかったのか。自分で言っておいてかなり強引だと思ったが、相変わらず彼の考えていることはわからない。と思ったがやはり、納得してなかったようで、数年後皮膚が治って、離れたお姉さまを罰と称して、また修行させることにしたようだ。それを知ったのは、五〇歳を超えたころだった。
工房は建て直し――お姉さまが責任を感じてお金を送ってくれたりもした――脱皮する猫の量産にも成功したが、合成樹脂が台頭してきたことにより、あまり需要は増えなかった。ただやはり、天然物のほうが音はいいので、店を畳むことにはならなかったが。猫を拘束しないので、合成樹脂が広まるのは喜ばしいことのはずだが、あの痛みが無駄になると、やるせなさを感じるので、矛盾は感じるが、猫牧場は辞められなかった。牧場の猫も結構楽しそうに生活してはいるが。
そして今日わたくしはこの世を去る。
火葬所を化け猫たちでこっそりと乗っ取り、焼かれるふりをして、骨に化けた。これで家族たちを騙し、その後お師匠様に滅してもらうという手はずだ。
「あなた本当にこれでいいの? お師匠様を説得すれば、まだ生きられるかも」
しれっと家族に交じっている少女が言った。
「何度も言ったよね、お姉様。もう満足したって。もうあの子の家族はすべてできる限りは幸せにした。あの子自体以外はね。あとはあの世でわたくしが罰を受けるだけって」
それを聞くと、お姉さまは何も言わなくなった。わたくしの家族に交じって泣いている姿は、演技ではなかっただろう。
わたくしは化け猫。
わたくしは人間。
わたくしは悪人。
行く先は畜生道か、はたまた別の地獄か。
何人もの家族を騙してきた。罪悪感を感じることもあったが、幸せだった。
あんな罪を犯したのに、こんな幸せでいいのだろうか。
だから満足した。あとは地獄で罰を受けるだけ。この幸せを背負っていれば、罰も大したことないように感じられるかもしれない。
そう考えると、やはりわたくしは悪い化け猫だったのだなと思う
猫を被る猫 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます