失敗勇者と貴族

 いつまでも続く見ず知らずの貴族の人達との会話に飽き飽きしてると――小さな女性の悲鳴な様な声と何かが割れる様な音が聞こえた。

 この騒々しい音楽が奏でる中なぜそんな小さな声が聞こえたのかわからないけど、気になり視線をそちらの方へ向ける。


 そこには床に座り込んだアイリスちゃんと、それを取り囲むかのように数人の貴族の若者たちがいた。

 アイリスちゃんは俯いたまま座り込み、その様子をニヤニヤした顔で若者たちが何かを言っている――その時、一人の男の手に持ったグラスに入った液体を座り込むアイリスちゃんの頭にかけた。


「何をしている!!! 」


 その様子を見た瞬間、私は大声で叫び声を上げアイリスちゃんに目にも留まらぬ速さで駆け寄った。

 私が全力で駆け寄った影響で、風が巻き起こり私が居た辺りでは多少悲鳴が上がっていたが今はそんなことを気にする余裕はない。


「あ、アカリ様――」


「アイリスちゃん大丈夫? 誰か拭くものを持ってきて! 」


「アカリ様、とりあえずこれで」


 後を付いて来ていたクロエが私物と思われるハンカチを差し出し、私の声を聞いた給仕たちが集まってアイリスにかけられたお酒を拭いてくれる。

 そして、騒ぎを聞きつけたハンナ達側仕えの子達も手伝って、濡れたアリスの髪なども乾かしてくれた。


 私がアイリスちゃんの世話をしている間に逃げようとしていた貴族の達は、パーラー君達が囲んで逃がさない様にしていてくれたみたいで、何故か仕出かした本人たちの顔が真っ青になっていた。


「アイリスちゃん大丈夫だった? もう濡れている所はない? 」


「だ、大丈夫です。申し訳ございませんでした」


「アイリスちゃんなにが――」


「アカリ様――大体予想は出来るけど、アイリス何があったか教えなさい」


 私が優しく聞こうとするとそれをハンナさんが止めて、ちょっと強めの言葉遣いでアイリスに問いかける。

 

 始めは少しおっかなびっくりだったけど、少しずつ何があったか話してくれた。


 

 まず、アイリスちゃんを囲んでいた男たちは、一人は子爵家で残りは男爵家の息子らしい。

 一応アイリスちゃんとは面識があったらしいいんだけど、アイリスちゃんが私の侍女と言うかメイドみたいなことをしていたので、「なんだ、遂に騎士爵すらなくなって平民に落ちたのか」とか、「貧乏準貴族はドレスすら着ることが出来ない様だな」とか酷い事をいわれたそうだけど、アイリスちゃんは無視して私の世話をしてくれていたんだって。

 

 でも、何を言っても無視をされることに腹をたてたのか、私の飲み物を運んでいる時に背中を突き飛ばされ「おいおいどうしたんだ? 飲み物が台無しじゃないか。ほら、代わりに俺のをやろう」と言って、グラスに入っていた飲み物をかけられたということがわかった。


「っ! あなた達! 」


「っひ! な、なんだよ。準貴族をいじめてな、何が悪いんだよ! 」


 こいつらは自分のやったことについて反省するどころか、アイリスちゃんにしたことについて罪悪さんすら持っていない。

 その言葉を聞き、いつの間にか手に力が入り握りこぶしを作っていた。


(これで殴ったら少しは反省するかしら)


 そう思い立ち上がろうとすると、アイリスちゃんが服を掴み首をフルフルと振って私に止めるように言っているみたいだけど……


 どうしようかとハンナを見ると、小さく頷きその男どもの所へ何かつぶやきながら近づいて行き――全員を殴り飛ばした!

 

 えええええ!!!

  ハンナさんが大の大人を殴り飛ばし、背後に立っていたパーラー君たちが他の人達の迷惑にならない様に壁になって男たちを受け止めていた。


「さっさとこの場から去りなさい! 去らなければアカリ様の側仕えでもあり、私の部下でもあるアイリスの仕事の邪魔をしただけでは飽き足らず、手を出したことについて正式に私公爵家長女あるハンナ=ヴァイスが公爵家を通して正式に抗議します」


 それを聞いた青ざめた顔をしていた青年たちは、一目散に人垣を掻き分けて逃げ出していった。

 周りで見ていた貴族たちは、逃げ出した青年たちに向かい哀れみの視線を向け、一部の青年貴族たちはハンナ見て赤らめている者も多少いるみたい。

 そして、年頃の令嬢たちは小さな声で「キャーお姉様! 」「相変わらずハンナ様は凛々しいですわ! 」とか言いながら盛り上がっていた。


「ありがとうハンナ。すっきりしたわ。アイリスもあれでよかった? 」

  

 アイリスは首をコクコク縦に振って良いって言ってるみたいだから良いけど……あいつら今度見つけたら確実に絞めてやる。


 その様子を見ていたクラウディアとリリアンが近づいてきて、クラウディアはアイリスをぽかりと軽くたたいた。


「アイリス。あなたとあいつらの間に何があるかわ聞かないけど、あなたはアカリ様の従者なのだからもう少し強くなりなさい」


「ア、アイリスが私達と爵位の違いを気にしていることは知っているけど、今の私たちはアカリ様という勇者の従者と言う同じ立場なんだから、な、何かあったら相談しなさいよ」


「――はい! 」


「よろしい! 」


 クラウディアは大人らしく、少し厳しめにアイリスちゃんに諭して、リリアンは見た目に反してただのツンデレちゃんみたいね。

 んー私が勘違いしていただけで、ハンナ達は別にアイリスちゃんの事を嫌っていたわけではなくて、アイリスちゃんが壁を作っていたからどうしたら良いか困っていたみたい。


「皆様お騒がせして申し訳ございません。アカリ様の歓迎の晩餐会はまだ終わっておりません。アカリ様との面会を再開いたしますので、どうぞこちらへお並びください。」


 ハンナさんが大きな声で宣言したことで、周囲の人は少しざわめきならがらも気を取り直して晩餐会を続けていくみたい。


 ……でも、私絵の面会はまだまだ続くのね……晩餐会なのに食事が食べられないなんて――とほほ。


 その後は、ハンナが私への面会を取り仕切り私をサポート、クラウディアとリリアンが話し合って面会の順番を決め、クロエはアイリスに付いて一緒に雑用をしてくれた。


 そして、晩餐会はつつがなく終了し私達は別室へと移動することになった。




 このアイリス侮辱事件が合ったことでアイリスちゃんはハンナ達と仲良くできるようになったし、ハンナ達の事を少し見直した。


 因みに、側仕えの子達が皆家族を紹介してくれたので、大体の人物像が分かったのはよかったかな?

ハンナは公爵令嬢――とはいっても、成人が十五のこの世界では行き遅れの部類に入ってしまうのだけど、これだけ正義感が強くてかっこいいお姉さまと結婚するのはなかなかハードルが高いからしかたないのかな?

 

 クラウディアは伯爵令嬢次女なんだけど、元は婚約者が居たんだけど王国の仕事中に殉職してしまってから、他の誰かを婚約者も恋人もいないみたい――でも、狙っている人は多そうな感じもするし、本人さえ良ければ直ぐに相手は見つかりそう……私と違って美人だしね。


 リリアンは子爵令嬢の一人娘で、その顔つきから嫌厭されがちだったみたいだけど、さっきの言葉を聞いてちょっと気になっている人たちが居るみたい。


 クロエはその派手な見た目に違わず公爵令嬢の三女ではあるんだけど、アイリスの為に高価そうなハンカチを渡してくれたり、魔法でアイリスの髪を乾かしたりと優しい所がある子みたい。



 ……そして後日聞いた話で、あの馬鹿どもは……全員国外追放――とまではいかなかったけど次期当主の座からは全員落とされ、私の歓迎の晩餐会で私の従者をに迷惑をかけた――ハンナを筆頭に全員が抗議を入れたみたい――で、勘当の後平民として放り出されたみたい。








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