召喚失敗勇者 祝福と二倍の勇者パワーで異世界を楽しみます

転々

序章 召喚

 生温い風が通り抜けていく。

 曇天の空からは、今にでも雨が降るのではと思う程暗く、これから行われるモノに対して余り幸先が良いものではなさそう。


「アカリ様、全軍配置に付きました。」


 私に話しかけてきたのは、中学生位の見た目をした可愛らしい女の子だ。

 黒い髪を短く切りそろえ、小さな顔に大きな瞳、通った鼻筋に薄い唇、日本人の様な雰囲気はあるがどちらかと言えば白人とのハーフのように見える。

 このまま成長していけば、嫉妬してしまいそうな程の美人になるに違いない。

 ただこの娘は、この戦場には似つかわしくない侍女の様な服装でこの場に立っており場違い感がもの凄いが、本人も周りも特に気にした様子はない。


「ありがとう。アイリスもそろそろ準備した方が良いんじゃなくて。」


「私の役目はアカリ様の身の回りのお世話をさせて頂くことですので、これは私の戦闘服ですよ。」


 そう言いながら、アイリスはクスクスと笑う。

 このやり取りは既に何十回もやっているのだけど、あまりの場違いさについつい言ってしまうのだ。


「あなたは相変わらずね。ねぇ、アイリス……この戦いが終わったらあなたにお願いしたいことがるのだけど。」


 アイリスは一瞬悲しそうな顔をしたけど、直ぐに花が咲いたような笑顔を向け。


「はい。何なりとお申し付けください。」


 そう言うとわかっていて言っている自分に少し嫌悪感を感じてしまうが、これもすべてあの人の為に。


 そう、これはお願い。

 何年か先に起きる、私が関与することのできない事柄についてのお願い。

 私の力が見せてくれた、私ではない者の為に願い。

 ただあの人が、もし私のしたことを知ったら何ていうのだろう。

 文句を言われるか、感謝されるか……もしくは寂しがられるか。

 

 もう二度と会う事が叶わなくても、あの人の最良の未来はあちらではなくこちらにしかないのだから。





 時は遡る。


 王国歴685年

 

 世界中で悪魔達の活動が活発化し、それに呼応するように魔物達が狂暴化を始めた。

 過去の歴史より、これは新たな魔王が現れる前兆であり、世界を崩壊させる危機である。

 しかし、人々は魔王自体に恐れを持つものは少なかった。

 それは、過去に何度も魔王が現れ、そして滅びているのである。

 魔王を滅ぼす存在、それは……異界から召喚される勇者達。

 

 魔王現れる前兆を察したある国が、勇者の召喚を行う……そして……。



時は進み王国歴686年


 巨大なダンスホールを思わせる様な石畳敷かれた部屋に、大勢の人達が集まっていた。

 騎士のような鎧を着た人、位が高い人が着るような無駄に豪奢な服を着た人、様々な人がごった返し広いホールの中心付近以外は人で埋まっている。

 不思議なことにこの部屋の中は窓が一切見当たらず、明かりとなるものは蝋燭の明かりとキラキラと光る球の様なものがふよふよと浮かんでいる。

 その光に照らされて人がいないホールの中心付近には、石畳に白い線のようなものがひかれている。

 下から見ると変な模様のようなものがあるだけに見えるが、上からこの線を見ると巨大な魔法陣になっている事がわかる。

 よく見るとこの魔法陣は石畳の上に線が引かれているわけではなく、石畳の石を白色のものを使い描かれている事がわかる。

 これほど巨大な魔法陣を石で形作るなど、どれほどの労力がいったであろうか。


 今まで騒がしかった人々が急に静まり返り、人垣が割れて奥から王冠を被った一際豪華な服に身を包んだ四、五十代位の体格良い人が歩いてくる。

 その人が歩いていくと、周りの人たちは一同に膝をつき頭を下げる。

 後ろからも周りの人たちより豪華な服装をした男女数名が付いてきて、魔法陣の端にたどり着くと王冠を被った人以外は皆膝をつく。


「これより勇者召喚の儀を行う。司祭ゲルメヌト」


「はい」


 ゲルメヌトと呼ばれた司祭は、人垣からのそのそと歩き王冠の人の横まで歩いていく。

 でっぷりとした体型に、一見司祭に見えないような下卑た笑みを浮かべた中年のゲルメヌトは礼をしてから、周りを見渡し一瞬歪な笑みを浮かべた後表情を正して話し出す。


「魔王復活が騒がれている今、我がセクメトリー教は勇者召喚の儀式を執り行う。これは過去に何度もおこなれている儀式だ。この世界に魔王が復活する度、我々は異世界から勇者達を神々の力でこの世界に召喚してきた。そして、此度もセクメトリー様の神託にて勇者を召喚する事になった。皆、異世界から我らが世界をお救下さる勇者達を召喚する! 」


 長々と演説をしたゲルメヌトは恍惚とした表情を浮かべ満足そうな笑みを浮かべている。

 周りにいる者達の心の中では色々思っているだろうが、その事を顔に出す物は皆無だった。


「シュレル、魔法陣の中央にあれを」


 シュレルと呼ばれた男性はゲルメヌトとほぼ同じ格好をしているが、端正な顔立ちにすらりとした体系をしており、傍から見たらどちらが司祭なのかわからない。

 

 シュレルは小さな小箱の様な物を持って立ち上がり、魔法陣の中心へと歩いて行き、箱の中から金属で出来ていると思われる小さな剣と杖を模したものを中央へ置き元の位置に戻って行った。


 魔法陣の中央の金属に周りの者達の視線が集中している。

 それもそのはず、その金属はこの世には二つとない神々が作り出した特殊な金属。

 教会が火事になり炎であぶられても、倒壊した石材の下敷きになろうとも、変形はおろか傷一つ付かない神々の金属なのだ。


 しかもそれは普段は教会が保管しており、勇者召喚の際にしか持ち出すことも目にすることが出来ない物で、人々がそれに魅了されるのもわからなくもない。


「それでは召喚の議を始める! 」


 それだけ言うと、ゲルメヌトは魔法陣の端に手を触れ何やら呟きだす。すると次第に魔法陣が光りだし周りから小さく歓声上がった。

 

 ゲルメヌトが呟きによって次第に魔法陣の光が強くなると、魔法陣から幾重にも魔法陣が浮かび上がり部屋全体を激しく照らし出し……そして……。


 

 急激に光が収まり部屋は元の明るさに戻っていたが、皆先ほどの激しい光に目がくらみ何が起こったのか理解できずにいたが、どこかから声が聞こえた。


「ここが私が召喚された魔王に侵略されそうになっている世界なのね……って人多くない! あのー誰か事情が分かる方がいたら教えて欲しいんですけど」


 その声は若い女性の声、普段であればここに居る者達にこのような話し方をすれば処罰されるような話し方だが、誰もそこ事について言及するものは居らず、そしてその声にこたえる者も居なかった。


 皆の目が慣れ始め魔法陣の中央に目をやると、そこに立つのは少女と言っても良い年頃の女性がいた。


 それを目にした一同は盛大に歓声を上げ、近くの者と抱き合う者、彼女に対して祈りを捧げようとする者など様々な者がいたが、唯一国王だけはそのまま魔法陣の中に入って行き少女に声を掛ける。


「お初にお目にかかる勇者様。私はこの国の国王のアレクサンダー=イオリゲンと申すのだが……勇者様はだけですかな? 」


 国王のその言葉に皆が凍り付いた。

 勇者召喚は過去に何度も行われて居るが、勇者は召喚されるはずなのだ。

 そのことに多くの者が気が付き、ざわめきが起こるが直ぐにそのざわめきは驚愕に変わる。


「その事でしたら神様から聞きましたよ。だけど皆さん安心してください、私には二人分の勇者の力が宿ってますから!」


 そうなのだ、私は何故か一緒に召喚されれるはずだったもう一人が召喚できなかったので、もう一人の勇者の力まで授かった召喚失敗勇者なのだ。


 

 


  











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