満月の魔女は哭かない ――Hope of the lunatic witch――

東雲祐月

夢現

     ○


――Dream――


 満月の光が煌々と水面を照らす。湖の前に佇む少女は、月光を浴びて立ち尽くす私と相対している。私を眼差す瞳は炯々と輝き、その口許には微笑すら浮かんでいる。

 微かな夜風が白いワンピースの裾を弄ぶ。艶やかな黒髪が夜の息吹になびき、月の魔力に照らされる。しかし、夜風は決して小柄な少女のからだを何処かに連れ去ってしまいはしない。

 時は流れない。少女と私が見つめ合うこの時間は、一方で永遠であるとともに、また他方では一瞬でしかない。少女と私が立ち尽くすこの空間は、確かにここに在るのであり、あるいは確かに存在しないのかもしれない。それはまったく確かなことだった。

 私は動けない。目の前の無垢な少女に圧倒されて、脳がまるで化石してしまったかのように思考が働かない。寒くないはずなのに、手足の先が冷えきっている。決して目の前の少女を恐れているわけではないのに、まるで彼女が突然異次元の存在になってしまったかのように感じられる。

 少女は目を眇める。そうして私を見る。値踏みするかのように。心の奥底を見透かすかのように。

 あるいは、懸命に何かを伝えようとするかのように。

 やがて、彼女は口を開く。


「――――――――」


     ○


燈乃とうのの日記 二七二ページ


 狂ってしまったのは世界?

 それとも私?


 狂っているのは私か、世界か。

 月だけがすべてを知っている。


 ねえ、お月さま。

 知っているのなら私に教えて。


 もし、何も知らないのなら。

 私のことはもう放っておいて。


     ○


 ――跳ね起きた。

 それが夢だとわかるまで暫くかかった。すでに朝だった。心身ともに緊張していた。どうも寝酒が良くなかったか。私は痛みに疼く頭を押さえ、寝汗で湿った布団から這い出した。

 随分現実感のある夢だった。あの水のさざめき。柔らかな夜の匂い。遍く照らす月の光。少女の滑らかな黒い髪。白い服。透き通るような肌の色。整った面立ち。楚々として可憐な挙措。涼しげな微笑。まるで私を透視するかのような眼差し。宝石のような燦めきを帯びた瞳。その瞳に映る冷たい闇。苦痛。諦念。絶望。

 絶望?

 私は頭を振って眠気を振り払った。昔から朝は寝覚めの悪い方だった。もう慣れっこのはずだった。だが、いつまでも夢の内容を引きずっていては書ける原稿も書けなくなってしまう。

 しかし、洗顔中も、朝飯の準備中も、夢のことばかり思い出されて仕方がなかった。現実感だけでなく、妙に既視感のある夢だった。

 私は、あの夢の場面に居合わせたことがあるのだろうか。

 あの少女と、果たしてどこかで会ったことがあるのだろうか。


 少女の悟ったような微笑が脳裏にちらついて離れず、沸騰した薬罐やかんで指を火傷した。


     ○


燈乃の日記 一ページ


 日記なんて、どうせ照れくさくなってすぐに放り出してしまうに違いない。それに、今どきこんなアナログなものは流行らない。せいぜいブログくらいまでが関の山って感じがする。それでもだいぶ古いんじゃないかな。

 でも、診療所の先生がせっかく日記をつけることをすすめてくれたんだから、形だけでも続けようと思う。

 これはその第一歩。それにしては、随分寂しいけれど。


     ○


 数ヶ月前に英語教師の職を辞めた。

 東京にある私立中学高校の非常勤講師の職はお世辞にも良好な労働環境とは云い難く、私にとっては続ける理由が見当たらなかった。むしろ、辞める理由の方が多いくらいだった。

 とはいえ、慰留を勧めてくれ、それどころか常勤になるよう説得してくれた校長には随分と世話になった。まるでその恩に後ろ足で砂をかけるかのような此度の辞職には、私としても忸怩たるものがあった。

 だが、そんな仕事をしている場合ではないのだ。何より私には成さねばならぬ使命があるのだから。

 折しも、早くに逝った両親に代わって私の面倒を見てくれた従兄弟伯父から連絡があった。曰く、老いて娘夫婦と同居するにあたって故郷の古い住居を引き払わねばならないが、手放すにはあまりに忍びない。そこで、ちょうど仕事も辞したということだし、良ければぜひ、再び私に住んでほしいというのだ。両親を亡くしてから生まれ育った伯父の家は、幾分古いものの味のある日本家屋で、幼き日の私のお気に入りだった。さらに、書斎はそのままにしておいた、蔵書もすべて贈与するとのことだった。その日暮らしで毎月の家賃にも困っていた私にとっては、まさに渡りに船の申し出だった。

 独身男の引っ越しにおいて、運び込む荷物などなきに等しい。こうして、いくつかの蔵書とともに下宿先を引き払った私は、東京から少し離れた故郷に舞い戻り、伯父の遺してくれた屋敷に足を踏み入れた。

 それから数週間が経つ。


     ○


燈乃の日記 五ページ


 日記を書きながらあの日のことを思い出しちゃったって先生に云ったら、無理に日記をつけることはないよって言われた。

 なんだそれ、自分がすすめておいて。

 でも、そんな感じで無理につけなくてもいいって言われたから、逆にこれからは何が何でも日記をつけてやるって思っちゃった。だから続けようと思う。

 わたしって、つくづくあまのじゃくだ。自分でも呆れちゃう。


     ○


 朝飯を食らいつつぼんやりと辞書を繰る。新聞は取っていない。テレビもない。かろうじてラジオはあるが、動くかどうかわからない。世相は何も伝わらないが、私にとっては些末事である。

 朝飯を終えると、そのまま仕事にかかる。文机の前に座り、小型のノートパソコンを開く。前までは手書きだったが、少し前にこの機器を導入せざるを得ない状況に陥った。

 キーを叩き、どうにかこうにか文章をひねり出す。唸る。頭を抱える。今まで書いた文章をすべて消し、またキーを叩く。

窓の外では鳥がさえずっている。柔らかな朝日が庭の草木に降り注いでいる。今頃、近所の野良猫が縁側で暢気に丸まって眠っていることだろう。私はパソコンを閉じ、万年床の方向に放り投げた。それから伸びをした。

 一階に降り、そのまま縁側から庭に出る。果たして猫は丸まっていた。良い天気だった。

 突然胸に激震が走った。すわ心臓麻痺かと吃驚びっくりして懐をまさぐると、いつの間にそこに入れたのか、携帯電話が振動している。これも断じて私の趣味ではない。仕事用にと無理矢理持たされたものである。携帯電話をつかみ、どうにかこうにか液晶画面を操作して電話に出る。


「もしもし」


「あ、南雲なぐも先生。おはようございます」


 電話口から聞こえる若い男の快活な声。


「携帯電話にはもう慣れましたか?」


「危うく天に召されるところでした」


「は? いったい何言ってんですか」


 恩田おんだ氏はうぇひひと笑った。


「恩田さん、携帯なんて僕はいりませんってったはずですよ」


「いや、ぜったい持っておいてください。じゃないと原稿の催促ができないじゃないですか」


 そういうわけか。


「わかりました。この電話を終えたら即刻コイツを庭の池に放り込むとしようかな」


「うわーうわー、わかりましたよ! まったく、そう機嫌を悪くしないでくださいよ」


 この世に締め切りほど忌まわしき事象は存在しないのである。


「それにしても、原稿の進み具合はどうですか?」


「うむ、進捗は思わしくない。だが心配ご無用、じきに仕上が――」


「はいはい、まだぜんぜんなんですね。わかりました、お邪魔してどうもすみません。……南雲先生、ほんっとうに締め切り、守ってくださいね?」


 そうして電話は切れた。会話の最後の方になると、彼にも焦りが見えていたようだが……。はて、締め切りはいつだっただろうか?

 私は懐手をしてしばし思案に耽る。やがて思い出した。

 締め切りまで、もう数日もなかったかもしれない。


 先刻御承知のこととは思うが、私こと南雲恒陽こうようは物書きを生業としている。


     ○


――Dream――


 満月が雲間に隠れる。すべてを語り終えた少女は口を閉じる。微笑は、もう浮かんでいなかった。その顔には、ただ湖面のごとき無表情が浮かぶのみ。その眼差しは私をまっすぐに捉えて離さない。私は、なおもその場に立ち尽くす。


     ○


燈乃の日記 一三ページ


 今日、久しぶりに公園に散歩に行ったら何だか変な人がいた。着物姿の若い男の人。涼やかな感じの人で、着流し姿が良く似合っている。それで笑顔なんか浮かべていたり、どこか物憂げな表情だったり、そんな感じだったらもう百点満点だったのに。何が楽しくなかったのか、眉間にしわが寄ってた。何かぶつぶつ呟いてた。あーあ。せっかくの好青年が台無し。


 でも、どうしてだろう。初めて見たはずの人なのに、ぜんぜんそんな感じじゃなかった。絶対にどこかで会ったことがある。でも、どこで?


 わからない。


     ○


――Tips――


****クリニック 診療メモ ○月○日

 調子はまずまず。今のところ状態は落ち着いている。気持ちは以前よりも上向きで、緩やかに回復しているように見受けられる。しかし油断は禁物。フラッシュバックを警戒のこと。


     ○


 散歩がてら、近所の大きな公園に足を運ぶ。

 ありがちな遊具だけのようなちゃちな代物ではなく、緑豊かな市立総合公園である。この場所は何もかもが清々しい。小さな子どもを連れた母親同士が四方山話に興じ、近所の爺さんがベンチで呆けたように座っている。道では鳩がでかい顔をして人の間をのし歩き、湖の中では鯉が投げ込まれたパン屑にありつく。爽やかな風が吹き、水をすくい取ろうと湖面を撫でる。穏やかな陽の光が公園の木々に降り注ぎ、木漏れ日となって地面に転がっている。

 しかし、どれほどこの場所が清々しかろうと、私が置かれた状況が清々しいわけでは決してない。むしろ、今にも地の底から獄卒が私を捕らえに来るのではなかろうかという心持ちがするのである。今の私の表情は、リテラルなほどに渋面であるのに違いない。

 湖の畔まで歩み寄り、柵に手を掛ける。その時、ちょうど向こう岸の畔に佇む少女の存在に気がついた。

 白いワンピースを着たその少女を見て、なぜだか私はひどく心を掻き乱された。わけもなく郷愁に駆られたような、そんな感覚だった。そんな自分が無性に腹立たしかった。

 少女は長く伸びた黒髪をなびかせ、どこか物憂げに水面に視線を注いでいる。その姿は、まるで儚く揺れる一輪の白百合のようだった。麦わら帽子を被っていないのが悔やまれる。年のころ一二、三ほどに見える。ということは中学生だろうか。しかし今日は平日だ。学校はどうしたのだろう――。

 我に返り、私は額に手を当てる。名も知らぬ女性にょしょうの姿に心乱されるとは、文士南雲恒陽も落ちぶれたものだ。ましてや相手は年端もいかぬ少女である。だいたい、こんな妙な感覚が懸想けそうなんぞであってたまるものか。自分で自分を殴りつけたい気分だった。

 懐から煙草の箱とライターを取り出し、箱から一本取り出して火を点ける。少女がこちらを見ているような気がした。

 そのまま踵を返して歩き出した。


     ○


――Dream――


「怖がっているのね」


 月光の下で、少女は可笑しそうに笑った。


「君は、いったい――」


 喉の奥から絞り出した声がかすれる。それを聞いた少女は、ますます可笑しそうに笑う。


「くすくす。ええ、そうね。私は、あなたのよく知る望月燈乃という少女ではないわ」


 ふいに強い風が吹いた。少女が俯いて髪を押さえる。白いワンピースの裾が夜の吐息を孕んではためく。風は木々を揺らし、水面をさざめかせ、私の心をも掻き乱す。

 やがて少女は顔を上げる。月光に照らされたその顔には、もう微笑は浮かんでいない。穏やかな湖の水面のような、いかなる感情も宿さない静謐な表情。目だけが、まるで月のように――。


「私はすべてに満ち足りている。私は百年を生きてきた。すべては私の思うがまま」


 少女は歌うように云うと、その場でくるりと一回転した。長い髪がふわりと宙を舞う。

 少女はそのまま私に向き直り、優雅に一礼する。


「初めまして、ごきげんよう。私は、満月の魔女。以後お見知り置きを。……以後があればね、くすくすくすくす」


 その双眸は、月のように燦めいていた。


     ○


燈乃の日記 六ページ


 あの日からずっと、毎晩同じような夢を見る。

 わたしが今よりずっと酷い目に遭う世界。毎晩ちょっとずつ異なる、でも、どれも考え得る限り最悪の夢。

 だけど、どうしてもただの夢とは思えない。


 眠るのが、怖い。


     ○


 締め切りには、残り数日でどうにかこうにか間に合わせた。締め切りはただ締め切りであるが故に忌まわしい。しかし、締め切りがあってこそ初めて作品は完結する。締め切りがなければ世に問われるべき作品は生まれ得ない。もどかしいものである。

 散歩に出る。世界は以前よりひときわ輝いて見えた。特に素晴らしいのは、我が家の自然に任せたささやかな庭と、何より総合公園を措いて他にない。締め切り前も何回も現実逃避にこの場所に赴いた。だが、決定的に何かが異なるのである。今日も木々が陽光の下で輝き、木漏れ日は暖かく、涼やかな風が吹き、湖が穏やかにさざめきを立てる。公園を行く人々のざわめきも、今は実に耳に心地よい。

 売店で仕入れた食パンを頬張りながら、私は湖の畔に赴く。柵に手を掛けて食パンを食べていると、慣れたものだと言わんばかりに鯉たちが近寄ってきた。私は食パンを千切っては湖に投げ入れ始めた。そのうち面倒になり、食パンを塊ごと湖に放り込む。鯉どもの群れに呑み込まれ、哀れな小麦粉の塊はすぐに見えなくなった。

 相哀れむべき食パンくんの最期を見届けた私は、懐から煙草を取り出し、その内の一本を咥えて火を点けようとした。


「あの――」


 その時、背後から声がした。


     ○


燈乃の日記 一六ページ


 今日も、小説家の彼は公園にいた。池の鯉にエサをやりながら、またぶつぶつ言っていた。確か鯉にエサをあげるのって禁止じゃなかったっけ?

 なんて思って見ていたら、管理人らしきおじさんに怒られて頭を掻いてた。やっぱり。

 一瞬話しかけようかと思ったけれど、やめておいた。

 くふふっ、だって、「夢の中でお会いしましたよね」だなんて、言えるわけないものね。


     ○


――Dream――


「哀れなものね、人間って。くすくすくすくす」


 魔女はそう云うと、さも可笑しそうに笑った。

 魔女。目の前の少女は、本当に魔女だと云うのか。

 月の光に照らされた少女がわらう。


 ゆっくりと、少しずつ、だが確実に、世界が狂気に満ち満ちていく。


     ○


燈乃の日記 二一ページ


 違う、ぜったいに違うの。

 わたしはやってない。

 ねえどうして。どうしてみんな疑うの?

 どうして信じてくれないの?

 そんなことわたしはやってない!

 

 ああ。

 まるで、また戻ってしまったかのよう。

 あの日、あの時に。


     ○


 吃驚して振り返ると、少女が背後に立っていた。

 数日前に同じ場所で見た、あの少女だった。


「あ――」


 少女は何か云いかけたが、すぐに口を閉じる。そしてあらぬ方を指差した。つられて私もそちらを見やる。

『禁煙!』と書かれた看板が立っている。


「……この煙草は、健康に良い煙草なんだ。副流煙も健康に良い成分でいっぱい」


 少女は黙っている。


「あー、実は副流煙が出ない煙草なんだ、だから吸っても大丈夫」


 少女は応えない。


「ああ、わかった。すまない。実はこうだ。先生の煙草は煙草じゃなくて、レロレロキャンディーなんだ。煙が出るのは高速でレロレロしているからです」


 少女はくすりと笑った。


「――それ、どこかで聞いたことある」


 私もごく自然に笑った。それから柵に寄りかかって煙草に火を点けようとしたが、思い直してライターもろとも懐に突っ込んだ。少女は私の傍らに立つと、同じように柵に手を掛けて寄りかかり、湖をじっと見つめる。涼やかな風が湖を揺らし、私たちの間を通り抜けていった。


     ○


燈乃の日記 二二五ページ


 鈍い光を放つ包丁。荒い息をして薄暗いリビングに立ち尽くす燈乃。彼女は目の前の光景に見とれている。鮮烈な朱に染まる白無垢の壁紙。床の木目にしみ込む、偶然と作為による幾何学模様。醜く折り重なる何か。その圧倒的な美に、燈乃は見とれている。折り重なるナニカ。深まる闇。私は見とれている。折り重なる***。真っ赤な包丁。燈乃は見とれている。折り重なる――――


 くすくす。醜くて、とっても綺麗ね。


     ○


「先生って、どういうこと」


 少女がぽつりと云う。


「ああ、ついうっかりしていたよ。前の職業の癖が抜けないのかな。君くらいの年頃の子には、ついつい出てしまう」


「前の職業?」


「ああ、教師をしていた。非常勤でね」


「ふうん。今は何をしているの?」


「何をしていると思う?」


 少女はこちらを向いた。


「高等遊民?」


 近頃の若い子は難しいコトバを知っている。


「まあ、似たようなものだ」


 私は少々機嫌を損ねた。


「え、ごめんなさい。とりあえず受けた印象で云ってみただけだったのに……」


 少女は露骨に気遣うような表情をする。


「違う、僕は断じてニートではない!」


 私は思わず叫んだ。道行く人々がぎょっとしてこちらを見る。


「む、すまない。少々取り乱してしまった。とにかく、ちゃんと仕事はしているよ」


「そうですか」


 少女はにこにこしている。ええい、忌々しい。


「では、君はどうなんだい? よし、当ててみせようか。僕の見立てだと、学校をフケてきた不良少女、といったところかな」


 私は大人げなく反撃を試みる。


「くすくす。まあ、似たようなものかな」


 少女はさも可笑しそうに笑った。


 ――思うに、これが私と望月燈乃の初めての出逢いである。


     ○


燈乃の日記 二八ページ


 お父さんが仕事にも行かずに家の中にいることが多くなった。家にいてもいいことなんて何もないから、また公園に行くことが増えた。

 そうしたら、半ば予想していた通り、彼がいた。


 どうして話しかけようと思ったんだろう。

 どうせ彼に話しかけても、何も変わりはしないというのに。

 どれだけ言葉を交わしても。どれだけ時間を過ごしても。どれだけ希望を託しても。彼には何も変えられない。

 わたしには何も変えられない。


 どうしてわたしは、彼のことをここまでこいねがうのだろう。

 もう、誰も信じてなどいけないのに。


 ともあれ、これが南雲さんとわたしの初めての出逢い、ということになる。


     ○


――Tips――


****クリニック 診療メモ ○月×日

 しばらく検診に来ず。気がかり。様子見。来ないようであればこちらから連絡。


     ○


「望月燈乃っていいます。燈乃って呼んでください」


「燈乃さんか、よろしく。僕は南雲恒陽、小説家を生業なりわいとしています」


「なぐも、こうよう? 変わった名前だね」


「燈乃もあまり聞かない名前だと思うが……、いや、その、すごく素敵な名前だと思うよ。ええ、こほん。下の名前は本名を音読みしたものでね、いわゆるペンネームってやつだ」


「ふうん。くふふっ、そうなんだ」


「……どことなく含みのある笑いだな」


「そうかな? くすくす」


     ○


――Tips――


ヨシノ書店のポップ

   ―――南雲恒陽、鮮烈のデビュー短篇集

        『気球と微笑と月兎』近日発売!―――

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