七番目の影語り

蒼樹里緒

 今年度になって初めて開催された、御影みかげ中学校旧校舎での百物語は終わった。

 百本の蝋燭の火が消えても、結局何も起こらなかった。期待しすぎるのもアレだけど、三度の飯より怪異が好きなオレは、やっぱちょっと物足りない。

 先生たちにバレるとまずいから、溶けた蝋燭は各自で持ち帰って、家のゴミとして処分する決まりになっていた。

 怖かった、楽しかった、と思い思いに感想を語りながら、参加者たちは解散して旧校舎の教室を出ていく。

 中学生活最後だからってのもあるけど、何となく名残惜しくて、オレはほかの全員が去るまで教室に留まろうとした。残り火の温度が、煙や木の匂いの濃い空気にまじって生ぬるさを増す。

 昼のうちに終業式も済んで、明日からは夏休み。マジで怪談を百本語るなら、たった数時間限りなんてもったいない。

 夜の蒼と黒が塗り込められた室内で、影がゆらりと動いた気がした。


「――は、こレでおシまい」


 どっからともなく囁く、微かにひずんだ女子の声が、鐘の音みてえに響いてオレの目を覚まさせる。

 口から自然と笑みがこぼれた。

「ああ……そうだったな」

 そういうだった。

「■■ー、何してんだよ」

「わりぃ、用事思い出した。先帰っていいぜ」

「マジか」

「じゃ、また明日なー」

「ああ、お疲れ」

 笑って帰っていく元同級生クラスメイトたちの背中を見送る。

 また明日、なんてない。

 そもそも、■■なんて名前の生徒も最初はなから存在しない。

 ゆらゆらとうごめいた影は、教室の中央で、御影中の女子のを形作っていく。黒いセーラー服から雪よりも白い手足が伸びて、真っ青な唇と闇色の両目がオレに微笑む。

「おカえリ」

「ただいま」

 彼女に一歩ずつ近づくたびに、足元から影が這い上がる。オレの着ていた夏服やスニーカーは、黒い浴衣と下駄に取って代わられた。ついでに、体格もほんの少しでかくなって元に戻る。今のオレは、人間でいうところの高校二、三年生くらいには見えるだろう。

 前髪を押しのけて、漆黒の一本角が額から生える。自分が〈人ならざるもの〉である証の。

 もう血の通っていないひんやりとした頬を撫でてやれば、彼女はうっとりと目を細める。

「楽シかっタ?」

「そりゃあもう。おまえのおかげでな」

 百物語をしようと提案して、生徒たちに噂を広めた張本人は、満足気にオレの背に腕を回す。

 小柄な体を抱き返して、オレは相手のおかっぱの黒髪も繰り返し撫でた。

「人間が語る怪異ってのは、ほんと面白くて飽きねえな。正解や真実なんてお構いなしで、好きなだけ枝分かれして。昔、おまえが言ってた通りだ」

 生前の彼女は、オレに怪談を語り聴かせるときは特に輝いていた。蝋燭の火よりも、夜空に散らばる星の光よりも、ずっと眩しく。

 怪異が好きなのに怪奇現象に遭わなかったのは、オレ自身が怪異だからだ。


 オレが人間を知って怪談を楽しむためには、御影中ここじゃなきゃいけなかった。

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