第四話 ワイルドカード② ~王様~
バイクの後ろの座席に乗りながら、クリスは当然の疑問をショーコにぶつける。
「何で救急車が麻薬持ってんのよ」
「しゃーねぇだろ? 自殺もできねぇこんな地獄じゃ、それぐらいしか娯楽がねぇんだから」
諦めたようにショーコが答えれば、クリスの表情が少し険しくなる。
「……あんた達も?」
「フン、見損なわないで欲しいわね。麻薬なんてバナナ以下よ」
が、ゴリ美はサイドカーでバナナを食べながら答えた。ちなみに皮はその辺に捨てずゴミ袋に仕舞っていた。
「ま、あたしらは雇われの身ってとこかな。全員ヤク中じゃ流石に世の中回んねぇよ」
「タダ働き?」
「バナナ一生分」
「ハイオク一生分」
それぞれのらしい答えが返ってきて、クリスは胸を撫で下ろす。
「そ、なんだか俗っぽくて安心したわ」
「で、どーする? こっちか、そっちか。選ばなきゃならねぇんだよ、ここの王様のお達しで」
ショーコはこっちで自分を指さし、そっちで眠るローズを指さした。
だが今はそれに答えず、話題をそらす事にした。
「へぇ、そんな奴がいるの。会ってみたいわね」
「ああ、会ったら驚くぞ」
「なんで?」
「そりゃお前」
そう聞き返せばゴリ美がにやけた顔で首を振る。ショーコもそれに頷いて、出そうとした言葉を飲み込み。
「会ってのお楽しみって事で」
悪戯っぽくニヤッと笑った。
着いた先はまごう事無き病院だった。白く四角い建物に天辺には赤い十字架が掲げられている。だが誂えられた金網はその状況の悲壮さを語っていた。
「んじゃゴリ美、そいつ隔離病棟まで頼むわ。また脱走されたら敵わん……あたしはクリスを王様のとこまで連れてく」
「いいけど力仕事ばっかりよねワタクシ」
ローズをひょいと片手で掲げてため息をつくゴリ美。
「しゃあねぇだろ、適材適所なんだから」
「あーあ、ワタクシも目の保養に行きたかったわ」
「うぇ、お前あんなのがいいのか? 見てくれはアレだが中身サイコだろ」
「いやねそこがいいんじゃないの。ギャップ萌えよギャップ萌え……あらやだもう死語かしらこれ」
「サイコ?」
思わずクリスは聞き返す。あまり病院にはいて欲しくない三文字だった。
「そりゃそうだろ、ここに来た連中の8割を薬漬けにするような奴だぞ? まともじゃねぇよアレは」
首を左右に振りながらショーコは答える。正直な所ショーコはあの男が好きではなかった。
「ま、ここで話しても仕方ねぇな……さっさと行くか」
そのまま二人で病院の中へと歩いて行った。
クリスの予想以上に病院には多くの人がいた。台車に例の薬を乗せて歩く看護師や、白い服を着たうつろな目をした患者。そのどちらもクリスと同じような年頃だった。
「ここの人達みんな薬やってんの?」
「まーな。見覚えのある顔もあるだろ?」
「さぁ、友達少ないから」
行きかう人々の顔をクリスは眺める。見覚え、あるのだろうか。だがここにいるのは悪役令嬢だけではなく、男性もそれなりの数がいた。
「男も……いるわね」
「そりゃあな。没になったのは何も悪役令嬢だけじゃないって話さ」
「ふぅん、色々あるのね」
そのまま歩いていく。奥に進めば進むほど人の数は疎らになる。大部屋だった病室は個室になり、扉は重く硬く変わる。
「あ」
そこで思わず足を止める。一つの病室の前でそうせざるを得なかった。
「どうしたクリス?」
「何でもないわ」
その言葉が嘘だとショーコはすぐに気づいた。病室の扉に掲げられた名前が読めぬほど彼女は愚か者ではなかった。
「嘘つくなよ」
ウォルター・K・ダイヤモンド。彼の父の病室だった。
「ああ、クリスティア……私の可愛いクリスティア」
漏れるようなその声に思わずクリスは病室の扉に手をかける。
「よせ」
その手をショーコの腕を掴む。扉を開けたところで感動の再会にはならない事など彼女はもう知っていた。
「でも!」
「そうだ、やめておいた方がいい」
もう一つの手が重ねられた。甘く囁くような男の声と一緒に。
「彼は君の事に気付かない。彼が見てるのは都合のいい夢……なんだっけショーコ、彼に投与してる薬は」
「あー……田舎でスローライフとかじゃないっすか? オッサン向けだし」
「そういう事。彼の目に映るのは田舎で家族とのんびり暮らす楽しい夢さ。美しい妻に可愛い娘」
薬はそういう物だった。妄想や幻覚を誘発する薬。刻まれた紙切れをつなげ合わして、悪魔が作ったドラッグ。
「今ここにいる君じゃないんだよ、クリス」
「あんたは」
クリスは男の顔を見た。学園の制服の上に白衣を着た眼鏡の男。その顔を。
「話すのはこれで二度目、直接会うのはこれが初めて……でもないんだなこれが。覚えてるかい、僕のこと?」
覚えていない、だが知り合いによく似ていた。
「話したのは覚えてるわ、ジャングルの精霊さん」
「僕の名前はチャールズ・O・ネーハマジメ」
彼は笑う。
「ハリーの生き別れの双子の兄で」
いつか飛ばした冗談が、冗談じゃないという顔をして。
「世界の裏側の……王様だ」
ありもしない肩書を、吐き捨てるよう名乗りながら。
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