第二話 ボロボロマシン猛レース⑥ ~その名は~
クリスはまたボロボロのスクーターを引いて歩いていた。今度はタイヤがパンクしたのだ、こればかりは不可抗力だと自分に言い聞かせながら進む。
自分が今どの辺にいるのかクリスは理解していなかったが、ゴールが近い事は歓声の大きさで実感できた。そして混じって聞こえるのはけたたましいエンジン音。
「あ、ショーコ」
やばい、追い抜かれそう。思わず小走りになったクリスだったが、ショーコの様子が少しおかしい。
「ちょっ、ちょちょちょちょっと」
急なヘアピンカーブだというのに、ひたすら加速してくるショーコ。曲がる様子などどこにもない。
「スト―――――――ップ!」
大声で叫ぶクリス。それでようやく気付いたショーコ、だがブレーキは間に合わない。
ショーコに迷う暇は無かった。
そのままハンドルを離し転げ落ちる。残されたバイクは慣性に従いガードレールに衝突する。
「ちょ、あんた大丈夫!?」
道路に打ちひしがれていたショーコに駆け寄るクリス。ヘルメットを外せば額から血を流していた。
「よぉ貧乳……何だよ随分早いじゃないか。どんな、手品だ……」
「喋らない方が良いわよ」
「バイク……もうだめだな」
ショーコがバイクに目をやれば、燃料に引火し火が上がり始めた。
「奇遇ね、私のも何もしてないけど壊れたわ」
ついでにパンクしたスクーターを指さすスクーター。
「そりゃ、お前……まぁいいや」
言い淀むショーコの腕をつかみ、体を起こすクリス。が、ショーコは首を横に振った。
「先に行けよ、アンタの勝ちだ」
「まぁそうだろうけど」
クリスはそのまま起こし、肩を組んで歩き始める。
「ま、ゴール近いみたいだし送ってくわ。直前で下ろすけど」
「乗り心地……悪そうだな」
「ったく、世の中は一言多い連中ばっかりね……後で覚えてなさいよ」
炎上するバイクを背に、ゆっくりと歩き始める二人。たどたどしいショーコに合わせて、クリスが歩幅を小さくする。
「バチがあたったのかな……正々堂々なんて言って、大金を積んだバチが」
「そう思いたいならそうしたら? それはそれとしてガチャに一億ってのは……相当無駄遣いだと思うけど」
「そうだな、後悔しかねぇや……」
それから二人で最後のカーブをゆっくり曲がる。待っていたのはどこに隠していたか大勢の観客とゴールライン。
「なぁ貧乳……お前は何のために戦ってるんだ?」
ショーコは呟く。小さくか細く、呼吸でもするかのように。
「金よ」
「単純でうらやましいな……」
「そう言うあんたは大層立派なもののために戦ってるんでしょうね」
「そうだと……思ってたんだけどな」
ショーコは思っていた、優勝のために戦っていたと。昨日は変わった、彼女のために戦うんだと。
結果はどうだ。こうして啖呵を切った相手に助けられた。無様で、惨めで、虚しい。敗者にはふさわしい姿だった。
「おっと……ここで下ろしてくれ。勝ったのはアンタだ」
ゴールラインの少し手前で、ショーコは手を離しそのままその場に座り込んだ。
「なぁクリス、姉御に会ったら伝えといてくれないか?」
「何をよ」
振り返らずにクリスは尋ねる。一歩づつゴールラインに近づきながら。
「ありがとう……ってさ」
「覚えとくわ」
一歩。
ゴールラインを踏みしめれば、会場が一気に沸いた。
『勝者、クリスティア・R・ダイヤモンドォオオオオオオオオオオオオッ!』
響き渡る歓声に思わず顔をしかめるクリス。振り返ればショーコの姿はもうなく、意味深な穴だけが開いていた。
「勝った気しないわ」
本心が漏れる。訳の分からない猿に誘われ、訳の分からない場所を通り、気が付けば相手が自爆した。意味が分からない上に後味の悪い勝負。
それでも勝った。
結果として立っていたのは、クリスだけだった。
「おめでとうございますクリス様! いやぁいい勝ちっぷりでしたね!」
どこからか駆け寄ってきたメリルが、そのままクリスに抱き着いた。
「メリル、あんた本当に試合見てた?」
「そりゃあもう、バッチリです!」
本当か、という言葉は出さない。一体どこが良い勝ちっぷりだったのか、そもそもここの観客は試合が見れていたのか等山程疑問が頭を過る。
が、今やるべきことは違った。
「ま、別にそれはいいわ……それより姉御いるかしら?」
約束があった。たった一言を伝えるための小さな約束。
せめてこの後味の悪い勝利を、少しはまともにするために。
言いたかった、ありがとうと。
けれど。
「誰の事ですか?」
答えは帰って来なかった。
きょとんとした目でメリルが答える。思わず大きなため息をついてから聞き直す。
「誰って、ショーコと一緒にいた人よ」
「……いましたっけそんな人、なんて名前ですか?」
頭を掻くクリス。そして思い出そうにも聞いていなかったことに気づく。
「あー……聞きそびれてたわね」
「さぁさぁクリス様、今日は祝勝会です! 今日も飲むぞー……うぇええええええええええええーーーーーーーーーい!」
「はいはい」
肩を絡めてくるメリルにため息を返すメリル。少なくとも、今日も。
騒いで気を紛らわしたい気分だった。
古く高価な調度品に囲まれた一室で、彼女は紅茶を啜っていた。そしてノックの後に扉を開くのは一人のメイド。
「お嬢様、Aブロック第五試合ですが……クリスティア・R・ダイヤモンドが勝利しました」
「そうか、いや……そうだろうさ。当て馬に一億乗せて走らせたって、勝てるとは思えなかったよ」
アスカ・P・ヒューマンは涼しい顔でそう言った。この試合の結果など彼女にはわかっていたのだ。
「予想通りでしたか?」
「当然さ、私は完璧らしいからね」
皮肉のように彼女は言う。その肩書の意味と重さを、彼女だけは理解していた。
「ところでどうやって勝ったんですかクリスティアは? 勝ち目何て無かったと思いますが」
「ああ見えて彼女はファンが多いのさ。そしてそいつらが……私の敵だ」
険しい目つきをするアスカ。メイドは彼女のサイドテーブルに近づき厚い封筒を見せた。
「お嬢様、クリスティアについて情報をまとめていますがご覧になりますか?」
「愚問だね、そんな物を見なくたって勝てるよ」
完璧だから。そう決定づけられた彼女に、負ける道理はどこにもない。そう二人は信じていた。
「そうでしたね、失礼しました」
「下がっていいよ、今日は休むさ」
「すみません出すぎた真似を」
「いや、いいんだ」
部屋を出ようとするメイド。その少し寂しそうな背中を見て、思わずアスカは謝辞を述べる。
普段は言葉にしない、彼女の名前をそっと添えて。
「ありがとう、メリル」
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